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彼の声

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彼の声 2015.8.6 「政治的な成果」

2015/08/06

別にそんなことはどうでも良かったはずだ。
特に平和が長続きしているわけではなく、
戦争が別の場所で続けられているだけかもしれない。
では何に興味があったのだろうか。
人がうごめいている範囲は地表面上で繋がっていて、
武器を用いた争い事はそこかしこで継続的に行われてきたはずで、
今もそれが絶えない状態が続いている。
それでも一時に比べるとだいぶ下火になってきたと言えるだろうか。
最終兵器があるにはあるが、
二回実戦で使って破壊力が大きすぎるので、
三度目の実戦投入はためらわれているようだが、
要するに兵器としては使い道がないということだろうか。
抑止力という大義名分で配備はされているようだが、
一般市民を大量に殺害してしまうので、
使うと各国から非難されるのは必至な状況なのかもしれず、
そういう面では使うメリットがないということか。
破壊兵器としてではなく、
世界中で発電に利用されている現状もあるのだが、
事故を起こすとまた厄介なことが証明済で、
しかも放射性廃棄物が絶え間なく出て、
人体に有害なその貯蔵場所を確保するのもままならない状況がある。
そんなわけで人は人を滅ぼす技術を手に入れたわけで、
平和を願う人々はそれを廃棄すべきと主張しているのだが、
一度手に入れたものをそう簡単に手放す気にはなれないわけで、
結局それ以上の技術が発明されるまでは、
多くの国がそれを手放そうとはしないだろうから、
大量破壊兵器として使われる危険性と、
発電所の事故が起こる危険性の両方の不安に怯えながら、
これからも暮らしていくことになるわけか。
他にも命の危険にさらさられる可能性などいくらでもあるだろうから、
気にしない人は気にならないのかもしれないが、
気になる人は気にしているわけで、
数年前の原発事故の影響で、
放射能の汚染地帯に多くの人たちが住んでいることに、
警鐘を鳴らしているわけだが、
実際に住んでいる人たちは、
色々な事情で住んでいるわけだから、
たとえ放射能の影響で病気になっても、
自業自得といえばその通りなのかもしれず、
実際に病気になったり死んだりして、
それはそれでそういうことでしかないのだろうし、
どうでもいいわけではないのだろうが、
要するにそういう宿命を背負いながら生きているわけだろう。
そしてこれから原発が再稼動される地域でも、
事故が起これば同じようなことがいえるのかもしれないが、
起こらなければ平然としていられるわけで、
どれほどの確率で事故が起こる危険性があるとしても、
起こってみないことには騒がないわけで、
放射能汚染を危惧している人たちが警告しているように、
これから汚染地帯で目立って人が死に始めれば、
世論も原発廃止の声が強くなるのかもしれない。
果たして本当にそうなるのか、
そうなったとしても
政府とメディアの連携によって隠蔽されてしまうのか、
それはこれからわかる人にはわかるかもしれないし、
わからない人にはわからないままとなるかもしれず、
わかっていても隠そうとする人たちも出てくるのかもしれない。

政府や政権与党も、
今の政権に負の遺産を全部押し付けて、
やれるところまでやってもらって、
様々なことが一段落つくまでは、
本音を言えば誰も新たに政権を担当したくないのではないか。
だから安保法案だろうとTPPだろうと
派遣法改正だろうと憲法改正だろうと、
騒ぐだけ騒いでもらって白黒はっきりつけてもらってから、
何も懸念がない状態で、
次の政権へバトンタッチという手はずなのかもしれず、
ともかく今の政権はボロボロになるまでやらせたいというのが、
次の政権を狙っている人たちの思惑なのだろうか。
どうなるにしろ政治とはそんなことの繰り返しなのだろうし、
これまでもうまくいかないことばかりだったような
記憶しか残っていないが、
それを肯定的に捉えたい人は、
これまでも何かしら成果があったという見解を示したいのであって、
たぶん今の政権でさえ
やっていることが正しいと主張したい人もいるわけだから、
どこまでやれば成果が上がっているとみなすかなんて、
それを評価する人の立場や政治信条からいっても、
どのような肯定的あるいは否定的な評価も出せるのだろうし、
そのような評価を真に受ける気にはなれず、
それを語るには自分で判断するしかないわけだが、
取り立ててうまくいっていたり
いなかったりするとは言えないのかもしれず、
結局今彼らがやっていることが精一杯の対応なのであり、
それ以上のことはできないだろうし、
期待する気も起こらないのが、
現状での政治なのではないか。
現状でやっていること以外で何ができるわけでもないはずで、
それ以外のことをやらせてもらえないわけだ。
しかもやっているつもりの人たちは
自分の意志でやっていると思っているわけで、
彼らは実際にやっているつもりのことや、
やろうとしているつもりのことは、
彼ら自身が信じているつもりの主義主張がやらせているわけで、
その主義主張こそが彼らが属する政党や勢力が、
以前からやろうとしていたことであり、
また以前はやりたくてもやれなかったことかもしれず、
今に至ってようやくやれる機会が巡ってきたから、
この機会を逃さずに強引にでもやろうとしていることなのではないか。
現にそのようなことをやろうとしている人材を、
それらの政党や勢力が育んできたわけで、
そのような人材を育て上げてきた成果が、
今ここに至って花開いたわけなのではないか。
そしてそのような人材とは
政治家の子供達の世襲議員であったり元官僚であって、
要するに特権階級と見なされるような人たちであり、
図らずも戦後民主主義の成果がこういう形で示されているわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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