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彼の声

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彼の声 2015.7.31 「不平不満の声」

2015/08/01

何も語っていないわけではないが、
それでは何も語っていないのと同じだろうか。
何を批判しているわけではない。
ただ何かが批判されているわけか。
では何かとは具体的になんなのだろうか。
世界中がもはや後戻りできないような政治状況なのではないか。
メディアを介して世界中で情報を伝え合うことによってそうなっている。
国家がむやみやたらと人を殺傷できないような方向へと、
ニュースを伝える人々が持って行こうとしている。
未だに強権政治が行われている中国やロシアでも、
前世紀の大量粛清が行われた毛沢東やスターリンの頃から比べると、
だいぶマシになってきたのではないか。
果たしてその頃へと時代が逆戻りすることがあるだろうか。
人権を蹂躙されたとして抗議する人々がいて、
それを伝えるメディアがあると、
独裁体制による圧政というのが、
だんだん起こりづらくなってくるのかもしれず、
結局人々がやらなければならないのは、
どう見てもおかしなことをやっている行政や企業などに対する
抗議活動となるのだろうか。
そしてその抗議活動をメディアが伝えれば伝えるほど、
行政も企業も人権を気にするようになり、
人々に危害をもたらすようなことは慎むようになるわけか。
世界全体がそのような方向へ向かっているとすれば、
向かわせているのは人々の抗議活動と、
それを伝えるメディアということになりそうだ。
そのような方向性が世界を変えるとすれば、
世界は次第に民主化されつつあると言えるのではないか。
そしてそのような民主化を阻害する要因としてあげられるのが、
人々がそれに依存している資本主義市場経済なのだろうか。
だがそれを克服する手立ては今のところなく、
経済的に搾取されて不利益を被っている人たちが確実に存在していて、
今もその数が増加中だろうか。
増加中かどうかははっきりとは分からないが、
まだ世界の人口が増加傾向にあるので、
たぶん人口の増加とともに増えているのかもしれないが、
ともかく現実にそれらの人たちが生きているわけだから、
要するに経済的に搾取されつつも生きているということだろうか。
それも搾取されていることに抗議する人の数が増えてくれば、
改善に向かうのだろうか。
しかし搾取とは具体的にどのようなことなのか。
例えば奴隷的な労働を強いられていると分かれば、
それははっきりと搾取されていることになるのだろうが、
そのような自覚を持っている人は少数派で、
たぶん多くの人たちは意識していないだろうし、
しているとしても仕方ないと思えば、
抗議の声をあげたりしないのかもしれないが、
日本ではブラック企業や派遣業者の中間搾取などが話題となっていて、
その方面でも徐々に抗議の声が上がり始め、
それをメディアが取り上げることによって、
事態が改善へと向かうのだろうか。

未だに世界的に人口が増加し続けているとすれば、
それは人と人の間だけではなく、
自然からの搾取が多くなったから、
人がそれだけ余分に生きられるようになったと言えるだろうか。
それともただ搾取するだけではなく、
効率的に物資を生産できるようになったから、
それだけ多くの人が生きていられるようになったのだろうか。
そして今後もただ生産するだけではなく、
資源を再利用してリサイクルの割合が増えれば、
さらに多くの人間を養うことができるようになるだろうか。
そうなるとやはり人は殺傷するのではなく、
できるだけ生かすような方向へと
世界的に歩んでいることになるのだろうか。
そして人間同士で奪い合い搾取し合うのではなく、
協力して物資を必要なだけ配分し合うような方向へと
向かっているわけか。
そうなると人間は他者に向かう攻撃本能が
徐々に弱まっていることになるのかもしれないが、
果たしてそれが人類全体の目指すべき方向なのだろうか。
きれいごとを言うならそういうことになりそうだ。
人は人を活用しないと生きて行けないとすれば、
なるべく殺傷しないで生かす方向へと向かうのかもしれず、
そのような方向での人材活用が図られるのだろう。
そして世の中に不平不満が蔓延すれば
人材活用もうまくいかないだろうから、
なるべく人々の不平不満をなくす方向での努力も
図られるのではないか。
だから不平不満のある人たちは抗議の声を上げて、
それをメディアが伝えることによって、
その不平不満がなくなるような方向での努力が図られるように、
世の中の潮流を持っていかなければならないわけか。
おおよその傾向としてはそういうことであり、
世界はそのような方向へと向かっているわけで、
それに逆らうような行為が批判されているのだろうか。
具体的には特定の人や勢力が
利益を独占するような行為が批判されているわけで、
抗議の声を上げている人たちが糾弾しているのも、
概ねそのような行為なのだろうが、
そのような抗議をやめさせようとする人や勢力がやっているのが、
論理のすり替えや揚げ足取りなのかもしれず、
そうやってなんとか批判の矛先をかわそうとしているのかもしれないが、
果たしてそれが功を奏していたりうまく行っているのかといえば、
現状では必ずしもうまく行っているとは言えないのかもしれず、
その論理のすり替えや揚げ足取りが見え透いていて、
逆に反感を買っていると言ったところだろうか。
たぶんそのような傾向が今後とも世界的に続いてゆくのではないか。
要するに人々の間で不平不満が渦巻いているなら、
抗議の声が上がって当然なのであり、
それを一時的に行政などが押さえ込んでも、
人が実際にそこで生きて存在している限りは、
不平不満が鳴り止むことはないだろうし、
それをメディアが拡散することで世界中に広まってゆくわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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