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彼の声 2015.7.25 「国粋主義と新自由主義の矛盾」

2015/07/26

国粋主義とは何か。
どうも愛国心が郷土愛から生じているのに対して、
それと重なる部分があるにしても、
少しずれていることは確かで、
全体主義やファシズムなどとも混同されていて、
意味的によくわらない部分がありそうだ。
自民族自文化中心主義的な要素もあるのだろうが、
ネット右翼などはそれらを全てひっくるめて、
わけのわからない主張を繰り返しているのかもしれず、
ともかく国粋主義の実態はよくわからない。
ネット右翼を国粋主義と同じと見なすのも勘違いなのだろうか。
それからどうも日本という国を愛するのは、
本来の愛国心とは違うらしく、
本来の愛国心とは京都の文化を愛するとか大阪の文化を愛するとか、
もっと狭い地域を愛することを愛国心というらしく、
日本という国家全体を愛するのは
ナショナリズムからきているのだろうが、
ナショナリズムの語源となっているネーションというのは、
固有の言語や歴史を共有する民族共同体という概念になるわけで、
固有の言語も歴史も
人為的に後から作られたものであることは確実で、
例えばアメリカ合衆国のナショナリズムというのは、
せいぜい二百数十年の歴史しかないわけで、
日本でナショナリズムが流行り出したのも明治維新以後だとすれば、
その歴史はせいぜい百数十年だということになるわけだが、
ナショナリストはそれを古代まで引き伸ばしたいわけで、
中には神話の代まで引き延ばして、
日本の歴史は二千数百年もあると豪語したりするわけだが、
それでもいいとしても、
例えばネット右翼が
奈良時代の万葉集の心を受け継いでいるわけでもないし、
古事記や日本書記の中で述べられていることと、
現代の政治的な諸問題がリンクしているとは言い難いし、
ただ自分の国の歴史の長さを自慢したいだけのことに、
天皇や皇室や神社などを持ち出しているだけなのではないか。
それをバカにしてはいけないだろうか。
彼らに反日と呼ばれないためには、
それでもいいと肯定しておいたほうがいいのだろうか。
現状では似たような意味を持つ言葉が多数あり、
それを否定的に使って該当する勢力を批判したいのだろうが、
愛国心を強要する国粋主義者でナショナリストでファシストで
民族主義者で右翼でとか批判し始めると、
本当にわけが分からなくなり、
彼らの主張はいったい何なのか、
果たしてはっきりした主張というものが本当にあるのだろうか。
批判している人たちもされている人たちも、
本当のところはよくわかっていないのかもしれない。
しかも現状ではそれらを総称して保守主義と呼ぶなら、
それに新自由主義という要素も加わっているのであり、
さらにややこしい事態になってしまい、
うまく定義するのは至難の技となっているのではないか。

新自由主義にはニューリベラリズムとネオリベラリズムとがあり、
一般に保守と結びついているのはネオリベラリズムのほうであり、
それを現在では新自由主義と呼んでいるのだろうが、
個人とは共同体の一員で、
歴史・伝統・慣習に束縛された存在と捉えるなら、
市場原理を重視する新自由主義は
そのような束縛から個人を解き放つことになるわけだが、
なぜかネット右翼はそのような主張も支持しているわけで、
一方では愛国心とか天皇とか皇族とか神社とかの、
国家の歴史・伝統・慣習などを重視しているのに、
そのような束縛から切り離して、
市場原理に個人を委ねようとする新自由主義を唱える人たちにも
取り込まれているわけで、
単にそのような矛盾に気づいていないだけとしか
言いようがないのかもしれず、
その結果としてネット右翼は、
新自由主義的なTPPを推進している現政権を支持しているわけだが、
しかも首相をはじめとする現政権の閣僚たちのほとんどは、
日本会議と言われる
国家の歴史・伝統・慣習に束縛された勢力に属していて、
ますますその主義主張に整合性がない矛盾した事態となっている。
これをどう説明すればいいのだろうか。
人を自分たちの勢力にとって都合の良い、
自画自賛的かつ画一的な歴史・伝統・慣習に拘束させておいて、
そのような価値観に洗脳された人たちを
同質な集団として国家や企業に帰属させ、
グローバルに展開する経済競争に勝ち抜こうとしているわけか。
だが果たしてそのような人たちで経済競争に勝ち抜けるのだろうか。
単純作業だけなら偏向した思想などいらないし、
将来的には人よりも自動化されたロボットなどが
活躍する部門となるのではないか。
画一的な考えの人間がいくら集まっても画一的なやり方しかできず、
多種多様な考えや技能を有する人たちを抱えていないと、
グローバル化した市場経済の中では
生き残れないような気がするのだが、
実際に世界中で今そういう政策を積極的に行っているのは、
ほとんど北朝鮮ぐらいなものかもしれず、
北朝鮮経済の実情がどんなものかは誰もが知っているわけで、
そういう面から捉えても、
どう考えても国粋主義と新自由主義は相容れないもので、
それを平然と繋ぎ合わせるのはまともなやり方とは思えないのだが、
どう見ても現政権にはそういう傾向があり、
しかもそういう政策を担っている
人たちはどんな考え方をしているのか、
その点に関してはどうもメディアから伝わってくる情報では、
自閉的で国粋主義的なイデオロギーに染まった人しか
見えてこないわけで、
そういう人たちが一方では開放的で新自由主義的な
TPPを推進しているのは滑稽としか見えない。
というかなぜこの矛盾に気づかないのだろうか。
それとも誰もが気付いているが、
あえて指摘しないのがメディア的なルールなのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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