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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.7.24 「矛盾の自覚」

2015/07/25

特にどのような見解を有しているわけではないが、
何を否定しているのでも肯定しているのでもない
と思っているつもりで、
気づかないところで何かしら批判しているのかもしれないが、
少なくとも取り立てて何が悪いとも思えないのはどうしたわけなのか。
それでも現状を肯定しているつもりではないらしい。
しかし現状が最悪だとも思えない。
別に安保法案の反対運動に加わっているわけでもなく、
デモ行進や集会に参加しているわけでもないが、
政府に対する反対派が抱いている危機感とは無縁なのかもしれず、
この先何がどうなろうと
大したことにはならないとさえ思っているわけだ。
なぜ世の中の空気に逆らいつつそう思ってしまうのか。
はっきりと思い当たるような理由などなく、
ただ漠然とそう思っているだけだろうか。
その程度の認識でも構わないと思っているのではないか。
とりあえずこの国が世界の中心ではなく、
世界を動かす原動力となっているのが
この国でないことははっきりしている。
ではどこが世界の中心であり、
どの国が世界を動かす原動力となっているのか。
世界に中心はなく、
中心となる国家が世界を動かす原動力となっているのでもない。
ある特定の国ではなく世界そのものなのではないか。
世界全体で人類の社会を築いていて、
すべての国は横につながっていて、
決してどの国が
世界的な覇権を確立しているのでもない状況なのではないか。
そんなわけで世界は混沌としていて、
しかもそこには秩序さえあるのかもしれない。
そこでは様々な国家や企業や各種団体などが連携しながら、
それらの営みを滞りなく動いていくようなやり方が
絶えず試みられている。
そのような無数の試行錯誤の総体が
世界そのものを表しているわけだ。
そしてそんな世界の捉え方は人畜無害であり、
何の用も為さず、
人が世界の中で何をやるべきかの答えを与えてくれない。
ただあるがままの現状を認めるだけでは、
ではどうしたらいいのかという方針を示せないわけだ。
実際に人々はどうしたらいいのだろうか。
それは人の立場や取り巻く環境によって違い、
一概にどうすればいいかなんて言えないことなのだろうか。
簡単に言うなら人々は幸福に暮らしたいのだろうが、
人によって利害が異なるから、
誰かが利益を得れば他の誰かが損害を被り、
結局は誰もが利益を奪い合う
生存競争を繰り広げている現状があるわけか。
そう捉えても現状を認めることにしか行き着かないだろうか。
では現状での世界の仕組みは何が問題となっているのだろうか。
人や地域や国ごとの経済格差を是正しなければならないだろうか。
だが果たしてそれだけが問題なのだろうか。
政治的な領域では
自由と平等と民主主義を実現する制度が求められているのだろうか。
世界全体でそのような政治的で経済的な価値観を実現すべく、
様々な試みがなされているのだろうし、
これからもなされていくだろう。

果たしてそれでいいのだろうか。
わからないがそうした方向で努力することが、
世界各国や各国の国民の間では大筋で合意しているはずで、
各国が制定している法律なども
それに沿ったものとなっているはずだ。
では何がそれの実現を阻んでいるのだろうか。
それは経済的な利益の追求から生じる
特定の集団や階層への富の集中と、
行政の腐敗や汚職がさらにそれを助長している現状があるわけで、
経済格差を是正するには累進課税の強化と、
行政の腐敗や汚職には
警察権力による取り締まりの強化で対応する以外にはないのだろうが、
そんなことはわかりきっているにもかかわらず、
国家間の経済競争が邪魔をして累進的な課税強化が進まず、
富裕層を優遇する国家が目立って多くなり、
しかも富裕層が政治的な実験を握っているわけで、
それを圧倒的な多数派を占める富裕層ではない人たちが、
民主的な手段で政権を握って、
政治経済の理想を実現しようとすればいいわけだが、
なかなかそれが実現しない現状があり、
なぜ実現しないかといえば、
誰もが利益を奪い合う競争に勝利して、
いつかは富裕層になりたいわけで、
自由と平等と民主主義の実現よりも、
金持ちになることのほうに魅力があり、
多くの人たちがそちらに心を奪われていて、
要するに公共の利益よりも利己心が優っている。
それを助長しているのがメディアであり、
物や情報などの商品を買わせるための洪水的な広告宣伝攻勢によって、
公共の利益を優先させる感覚を麻痺させているわけだ。
そのような利己心と公共の利益を同時に求めるのは無理なのだろうか。
建前上はそれらを両立させるのが市民としての心構えであるような
良識が推奨されているのだろうが、
まずは金持ちになって経済的に豊かになってからでないと、
公共の利益に気をくばる余裕など生じないのであって、
それではすでに経済格差が人々の間に生じてしまうから、
矛盾しているわけだが、
その矛盾をチャリティーなどの慈善事業で補おうとするのが、
富裕層などによく見られる習性なのだろうが、
もちろんそれでは焼け石に水程度のことで、
貧困層の全てを救うには至らないわけで、
結局は富裕層がいること自体が経済格差を招いているわけで、
では富裕層をなくせばいいということになると、
人々が目指しているのが富裕層なのだから、
夢をなくすわけにはいかないわけで、
人々の間で金銭を介した経済活動がある限りは、
金銭を貯めて資産を増やして富裕層になる、
という願望をなくすことはできないわけだ。
結局そこに矛盾があることを誰もが自覚していながら、
それがわかりきっているのにやめようとしないし、
実際にやめられないわけで、
それは何をどうやっても解決不可能な問題なのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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