文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.7.22 「政治の本質」

2015/07/23

この時代に生きる人たちは、
荒波に翻弄される無数の飛沫のうちの
一つにすぎないような存在でしかなく、
自分たちの力で世界を変えられると信じているわけでもないのに、
メディアを通じて伝わってくる政治的な主義主張に踊らされながら、
誰が主役にもなり得ない空疎な物語へと誘われ、
そこで敵とみなした人物や勢力に対して、
苛烈な非難の言葉を投げかけ、
そうすることでようやく
自分がのめり込んでいる物語の登場人物になり得たと確信するわけか。
ではそんなふうにして多くの人が心を奪われている行為が、
果たして現状を変革する原動力となっているのだろうか。
それはもう少し時が経ってみないことにはわからないか。
時が経ってもはっきりした結果が得られるとは限らず、
ただ批判している対象を打ち倒せばそれでいいのかもしれないが、
それで何が変わるわけでもないのかもしれず、
そうなればまた新たに批判する対象が現れるだけだろうか。
少なくとも今批判している対象を倒さないと、
そのあとはやってこないのではないか。
だから必死になって批判している最中なのだろう。
それ以外に何ができるわけでもなく、
今はただ批判を繰り返すしかない現状なのではないか。
ところで彼らは何を求めているのだろうか。
それはただ漠然と平和な世の中が維持されることを願っているわけか。
それ以上に何を求めているとも思えないのだが、
その程度のことしか主張できないのだとすると、
他に何が主張できるのかわからない現状なのかもしれず、
政治的には何をどうすることもできないような現状なのではないか。
手詰まり状態が延々と続いているのであって、
当初は景気を良くするのが目的だった
今の政権がやってきた景気刺激策というのが、
多くの人にとっては
取り立てて景気が良くなったという実感をもたらし得ないまま、
途中から将来の平和を脅かすような政策へと変わってきたので、
多くの人が不安に駆られて、
反戦平和運動のような様相を呈してきたわけだ。
そしてそれは現状で政治に何ができるわけでもない
という状況を一時的に忘れさせる効果があるのかもしれず、
それどころか政治がひどいことをやっているから
それを批判しなければならない、
という姿勢を多くの人が取ることを可能としているわけで、
それをやるために多くの人が結集して、
連日非難の大合唱をやっているわけで、
それをやる機会を政治が与えることで、
なんとか政治的な手詰まり状態をごまかそうとしているのではないか。
要するにそれは政治を延命させるために
必要な一種の時間稼ぎなのだろうか。
確かに日本ではそうかもしれないが、
例えばそれが中東などの紛争地帯だと、
平和からかけ離れた戦争状態となっていて、
そこでは政治的な手詰まりが武力衝突へと発展しているわけだ。

日本でもいずれはそうなるのだろうか。
それともかつてはそうなったが、
もうそれは二度と繰り返されることはなく、
今度はそれとは別の事態へと発展してゆくだろうか。
では別の事態とはなんなのか。
それを予想するのは現時点では無理だろうか。
とにかく反戦平和運動をしている人たちの願いが叶うとすれば、
要するに平和な状態がこれから先も延々と続いてゆき、
それ以外では取り立てて何も起こらないかもしれず、
要するに政治的にはどうすることもできず、
手詰まり状態が延々と続いて行くことになるのかもしれない。
実際に政府がいくら景気刺激策をやってもご覧の通りの状態で、
中にはその恩恵を受けている人や企業があるのかもしれないが、
一方でなんの恩恵も感じない人たちがいるわけで、
そういう人たちが政府や為政者に対する批判を強めている現状があり、
そういう批判がある限りは景気刺激策もうまくいっているとは言えず、
そういう人たちを黙らせることもできないようで、
それどころか別の方面で別の政策が仇となって、
かえって批判を勢いづかせる結果となり、
それが反戦平和運動と連動して顕在化しているわけだ。
この先に何が待っているのだろうか。
何も待っていないとしたらどうにもならないだけか。
どうにもならなければ
このままの現状が延々と続いて行く以外はあり得ず、
人々が望むような変革など永遠に訪れはしないということか。
というか平和な状態が延々と続いて行くことを願っているわけだから、
少なくとも戦争にならなければ願いが叶ったことになるのではないか。
要するに変革とは平和な世の中が続いて行くことであり、
戦争のない世界の到来なのではないか。
そして平和なままだと政治には何もできないのかもしれず、
結局政治とは他の国と対立を煽って、
対立しあう国同士で何か交渉しているように装うのが政治であり、
そこで何らかの交渉が妥結すればそれが政治的な成果であって、
それがなければ政治などそもそも不要なのではないか。
そんなわけで世の中が平和になってしまうと
政治などいらないのであって、
政治家も不要となって国家さえも形骸化してしまうのかもしれず、
そうならないためには外国との敵対関係を保持し、
必要に応じて他国の脅威を喧伝して対立を煽り、
場合によっては軍事衝突なども起こさなければ、
国民の団結を保てないのではないのか。
事実ネットなどで見かけるタカ派の論者などは、
事ある度にアメリカとの同盟関係を強調し、
韓国や中国が日本を批判しようものなら、
そら見たことかと嬉々としてそれらの国を罵倒しまくり、
明日にでも韓国経済が崩壊するだの中国のバブルがはじけるだの、
中国政府がウイグル人やチベット人を弾圧して、
残虐な拷問なども繰り返していて、
日本も中国に占領されれば同じ目に遭うだのと、
本当に水を得た魚のように煽りまくっている。
そういう意味では戦争法案だなんだのと
人々の不安を煽って対立を演出している現状こそが、
政治的には好ましいのであって、
何もなくなってしまうと途端にやることがなくなって、
手詰まりとなってしまうのが政治の本質なのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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