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彼の声

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彼の声 2015.7.19 「フィクションとしての未来」

2015/07/20

たぶんそこに現実があり、
それを現実だと信じている人がいて、
現実について何か語ろうとしている人がいて、
実際に何か語っているのだが、
どうも語っている内容に現実感が伴っていないように思われる。
では何を語っているのかといえばそれはフィクションだろうか。
現実と思って語っている対象が、
気付かない間に虚構となっているわけか。
虚構も現実の一部だろうから、
それも含めて現実と捉えればいいのかもしれず、
たとえリアリティを感じられなくても、
あえてフィクションについて語っている現実こそが、
人が現実について語っていることの全てなのかもしれず、
虚構と現実とを区別すること自体が無理なのかもしれないが、
やはり言葉では現実を捉えにくいのだろうか。
たぶん現実感を伴わないなりにも、
それでも現実について語ろうとしていることは確かなようで、
それが現実だと思っている限りでの現実であるわけなのだが、
別にそれをフィクションと呼んでも差し支えないような
現実があるのかもしれず、
実際にどのようなフィクションが世の中を動かしているのかといえば、
例えば人々が取り扱う物や情報や人間自身に何やら価値があり、
価値があるからこそ同じ価値がある事物と
交換ができるという思い込みなのかもしれない。
具体的にはそれは貨幣価値となって、
万物の尺度のような役割を担っているのかもしれないが、
もちろんそれは人間社会の中だけで通用する尺度であって、
貨幣価値を信じることによって
現代文明そのものが成り立っていると言っても過言ではない。
実際には信じる信じないに関わらず、
物や情報と貨幣を交換することでしか
成り立たないような文明の仕組みになっているわけだが、
現状でそれなしに済ますには不可能なくらいに
世界は貨幣経済に浸されていて、
そこで暮らすほとんどの人が、
貨幣と物や情報を交換するのが当たり前だと信じ込んでいるわけだ。
そしてほぼ全ての人がそれを信じているとすれば、
やはりそれはフィクションではなく
現実と見なしてもかまわないのかもしれず、
かまわないどころか現実そのものだと信じない限りは、
まともには生きていけないし、
文明的な暮らしが成り立たないだろう。
それが物や情報と貨幣を交換できる
というフィクションによって成り立っている現実そのものだろうか。
だからそれは実際に交換しているのだから、
フィクションではなく現実なのだが、
ほとんどの人がそのような決まりごとを守ることによって、
そこになんらかの秩序や仕組みが出来上がっているわけで、
実際に決まりごとを守ることを強制する力が働いている。
そしてそれを強制しているのが、
国家という仕組みであり秩序であるわけで、
国家がそこに存在していることも
フィクションではなく現実と見なさなければならず、
たぶんほとんどの人が国家の存在が虚構だなんて
夢にも思っていないだろう。
もちろん虚構ではないわけだが、
要するにそれも誰もが信じている決まりごとの総体であり、
決まりごとを守るように強制する力が働いているわけだ。

たぶん物や情報を貨幣と交換する決まりを単に破ったところで、
それはただの詐欺や盗みとして国家機構によって罰せられるだけで、
そこから解放されるわけではなく、
ほとんど全ての文明人が守っている決まりを
やめさせることはできない。
結局それとは別の決まりを全世界的に普及させる以外に、
そのような決まりごとから抜け出る方法はなさそうに思われ、
しかもそんなことが簡単にできるとも思えず、
人と人あるは共同体と共同体の間で自然に始まった決まりごとを、
凌駕するような便利で信用できる決まりごとを、
人為的に編み出して全世界に普及させることなど、
ほとんど不可能かもしれないが、
そのような交換の決まりごとから生じている経済格差が、
今や全世界的に問題となっている現状があるわけで、
そこに貧富の格差という不具合が生じている限り、
そのような交換形態が自然に全世界へと広まったように、
またその不具合を是正するような決まりごとも、
いつの間にか自然に編み出されて、
それが全世界へと広まってゆくことになるのだろうか。
そしてそれが人為的な発明や発見ではないとすると、
ではいったいどういう経緯で自然にそこへと至るのだろうか。
やはりそれが人為的な試みではないのなら、
それを現時点で人為的に予想するは不可能だろうか。
そうだとするとそれについて語ろうとすれば、
それはフィクションとなるしかないか。
それも現状ではありえないようなことを
空想するしかないのだから、
何か現実離れした妄想となるしかなく、
そんなことを語ったところで意味がないかもしれないが、
現状での交換形態が崩れ去るきっかけとしては、
やはりその交換を保証している国家の崩壊が
その引き金となるだろうか。
貨幣が現実に紙切れの紙幣や金属の硬貨でできていて、
しかも紙幣や硬貨の材料価格や製造コストと、
それが示している金銭的な価値がかけ離れている現状があり、
昔は貴金属の金との交換を保証していたのが、
たぶん今までに採掘された金の量とその市場価格では、
実際に流通している紙幣や硬貨の総額として
あるいは単に銀行の預金高として、
または世界各国の国債の総額や企業の株価の総額として、
単なる数字として記録されているにすぎない額を、
すべて交換することはできないだろうし、
結局それらは全て信用で成り立っているようなものだから、
突然その信用が崩れ去ることなど想像できないだろうが、
これも現時点では想像できないことだが、
世界中の国家がなんらかの原因で機能不全に陥った時が、
国家が保証し支えている物や情報と貨幣との交換形態も
崩壊する時なのではないか。
それが突然にやってくるのか、
あるいは人々の間に生じる経済格差によって、
徐々に国家そのものが信用されなくなるとともに、
何かそれとは別の交換形態がじわじわと広まっていくのか、
やはり現時点でそれを予想するのは不可能だろうか。

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創刊日:2001-03-26  
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