文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.7.8 「支配と統治」

2015/07/09

政治は人々の生活に支障がなければいらないものなのかもしれない。
もちろん政治を担う側が
民を支配したり統治するために必要なのだろうが、
民の側からすれば支配されたり統治される上で、
見返りが欲しいわけで、
為政者の政治力によって、
民の生活や商売がうまく営まれるようにしてほしいわけだ。
そのための支配や統治なのだろうか。
たぶんはっきりとそうだとは言えないのであり、
民のほうで勝手にそう思い込んでいるだけかもしれず、
為政者の側では民を支配したり統治することが、
何よりも自分や自分が属する勢力の利益となることを
望んでいるとすれば、
自分たちの陣営と敵対する勢力を、
叩き潰さなければならないと本気で思うこともあるわけか。
そう思うこと自体が本末転倒なのだろうか。
国内外に敵がいてそれを叩き潰すことが
政治権力を振るうことだとすれば、
そう思うのは当然のことだろうか。
それが権力闘争と呼ばれる行為なのだろうが、
果たして政治に権力闘争は必要なのだろうか。
対立する勢力があればそうなって当然なのだろうが、
それが支配されたり統治される民にとって
必要なのかどうかはわからないが、
選挙などでは対立しているどちらかの候補者に
投票することになるわけだ。
そしてそのどちらに投票しても、
民はどちらかの勢力に支配されたり統治されるわけで、
もちろんそのどちらも
民を代表している勢力ということになっているわけだから、
民による国家の支配であるデモクラシーが成り立っているわけで、
そのような制度を受け入れる限りは、
民も選挙で勝った勢力による支配や統治を受け入れるしかない。
そしてその勢力がどことつながっているのかといえば、
それは政府と呼ばれる行政を担う官僚機構であり、
その官僚機構で働いている人々も公務員と呼ばれる国民であり、
そこでも形の上では
国民による国民への支配と統治であるデモクラシーが
体現されているわけか。
しかしその支配とか統治といった意味や概念がどういうことなのか、
はっきりとはわからない面もあり、
実際に支配され統治されていると感じるのは、
国民が行政からどのような作用を及ぼされた時なのだろうか。
それは法律を守らされた時や税金を払わされた時なのであり、
逆らって処罰される時なのだろうが、
自分を国家の一員の国民と認める限りは、
それを不当な行為だとは言えないわけで、
国民である限りは
法律を破らずに合法的に生きてゆかなければならず、
それが法の支配を受け入れ国家に統治されていることを示すわけだが、
人々は実際にそれらの支配や統治を受け入れているのだろうか。

もちろん支配とか統治といってもそれは建前上のことで、
例えば自動車を運転する時に
制限速度などを厳密に守っていたら周りから迷惑がられるし、
実際に多くの人たちが日常の様々な場面で、
法律を破りながら生きている実態もあり、
また所得の多い人は多額の税金を払わされて腹が立つわけで、
中には脱税すれすれの節税対策を試みて、
税金の額をなるべく少なく申告しようとする人もいるわけだが、
逆に収入の少ない賃金労働者などは、
真面目に法律に従わざる得ない弱い立場となることが多く、
そうなるとまともに国家の支配と統治を受けるわけで、
しかもそういう人たちは政治的な権力とは無縁である場合が多く、
国家と資本主義が結びついている以上は、
金がものを言う世の中となっていて、
政治家の資質としては演説などで必要な言葉を操る能力とともに、
その人のもとに集まる金の量が人や組織を動かす原動力となっていて、
それが政治的な権力を掌握する条件ともなっているわけで、
そこで支配的な制度となっているデモクラシーも、
単純に人民による国家の支配というわけにはいかないわけだ。
人民にも他の人たちに権力を及ぼせる人とそうではない人がいて、
また政治家が所属する議会も
単純に議員一人ひとりと直接結びついているわけではなく、
議員と議会の間に政党が挟まっているわけで、
それぞれの議員は政党の意向に逆らえず、
政治家と選挙でその人に投票した有権者の関係も、
議員が所属する政党の意向が優先され、
有権者の意志が投票した政治家の主張や行動に反映されないこともあり、
有権者は政党を支持するか否かの選択を迫られるわけだが、
政党は政党で一人ひとりの有権者ではなく、
産業界や宗教団体や労働組合などの各種団体と連携していたりするわけで、
それらの団体の組織票が選挙の時にものを言うわけで、
そのような団体とは無縁の一市民の意見が
政党に聞き入れられるわけがなく、
一般市民はただ政党の主張に自分の主張を合わせることしかできず、
それが自分の主張だと思い込めなければ、
政治参加など
する意味も意義もないような状況となっているのではないか。
そんなわけで民主主義の制度が一般市民の意向を反映させるには、
議会の多数を握った政党や会派の善意に期待するしかなく、
そしてそれはマスメディアが実施する世論調査の結果を尊重するか否か、
というこれまた一般市民と議会や政府の間にマスメディアが挟まって、
それらのマスメディアが世論調査の結果を根拠に
議会や政府に権力を及ぼそうとするのであり、
結局一般市民はどこまでも
政治的な権力からは遠ざけられる構造となっている。

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創刊日:2001-03-26  
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