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彼の声

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彼の声 2015.7.6 「国家と政治の問題」

2015/07/07

物事の捉え方には様々なやり方があり、
一つのやり方が現象の全てを物語ることはできず、
ただその一側面を説明するにすぎないのかもしれない。
でも説明しようとすれば
そうなることを承知で説明を試みなければならないだろうか。
しかし何を説明しようとしているのか。
それは容易く説明し得ない現象だろうか。
簡単に説明しようとすれば簡単になり、
複雑に入り組んだ事情を説明しようとすれば説明が難しくなる。
説明の対象と説明の関係も、
それを説明している言葉によって対象が歪み、
説明が陥りがちな定型の物語の中に対象を押し込め、
対象の本質を見失ってしまう場合もあり、
本当にその対象について語っているのか、
それとも誰もが安心する紋切り型の物語を語っているのか、
そのどちらでもあるのかもしれず、
どちらでもないのかもしれない。
しかしどちらでもなければそれらの説明は何を物語っているのか。
それは言葉が連なって文章を構成する成り行きを
見せているだけだろうか。
どう考えるにしても、
事物それ自体を説明が完全に捉え切るのは不可能なのかもしれない。
それでも人は興味を抱いた現象について説明したいのだろう。
そしてその説明に共感したり賛同したりする人もいて、
それの何に感動しようと、
それによって説明している現象を理解したつもりになるとしても、
それが現象の全てでないことは、
考慮に入れておかなければならないだろうか。
そこには気づき得ない何かがあり、
それが未だ解き明かされていない謎なのか、
あるいは誰もが知っている当たり前のことなのか、
どちらであるにしてもどちらでもないにしても、
それについて語る余地が残されていると思えば、
それを試みるのは当然のことだろうか。
そう思われるから
それらの現象に対する説明がやむことはないのだろう。
今も誰かが何かを語ろうとして、
実際に語っているわけだが、
その説明に納得がいかないなら、
自分で考えてみるしかなさそうだ。

それらの現象の何がいいとも思えず、
しかし何が悪いとも思えず、
良し悪しは別として
そういう成り行きになっているとしか思えないのだが、
そう思っておいて構わないとも思えるわけで、
実際に批判されていることが、
批判されて当然のようなことをやって、
批判されるべくして批判されているわけで、
それが良くも悪く思えないことの原因なのかもしれないが、
構造としてはそうなって当然の構造なのだろうか。
現行の憲法や政治制度に不具合があるとすれば、
それはどのようなものだろうか。
それは国家そのもの存在から生じる不具合で、
国家が存在する限り取り除きようのない不具合であり、
しかも国家がなくなればいいというわけでもなく、
国家から生じる不具合とともに
社会が成り立っている現実があるわけか。
その不具合とはなんなのか。
必ずしも民意を反映しない政治が行われていることだろうか。
しかし民意といっても、
果たして総体として特定の民意を導き出せるのか。
それは常に総論賛成各論反対と言ったものでしかなく、
そこに暮らしている人の立場によって違ってくるわけで、
世論調査から導かれるのとは異なって当然であり、
しかも民意の通りに政治を行う必然性が
あるのかどうかもわからない。
結局は何が良くて何が悪いかという判断基準が、
その場その時でメディアを通じて様々な意見とともに示されるが、
それらのどれを信じてどれに賛同しても構わないのであり、
別に何か特定の意見や見解に惑わされて、
政治の進め方の何が良くて何が悪いかを判断して、
誰もが選挙の時の投票に活かそうとするかもしれないが、
たぶんそのような行為や行動の結果が、
現状をもたらしていることは確かなのだろうが、
果たしてそれが
憲法や政治制度の不具合を浮き彫りにしているのだろうか。

それは日本だけの問題ではなく、
世界的に見ても様々な国で
国家と政治制度がうまく機能している
とは言いがたい状況があるのではないか。
例えば中国のような多民族国家では、
欧米流の政治制度ではうまくいかないのかもしれず、
現状では民主的な制度からは程遠い独裁体制を維持しているわけだが、
果たしてそれを単純に批判できるだろうか。
現にイラクでは独裁者が取り払われたら、
各宗派や民族の間で対立が起こって未だに内戦状態であるし、
アメリカは確かに
多民族国家としてうまくいっている部類に入るだろうが、
それはアングロサクソン系のヨーロッパからの移民が
支配勢力として長年君臨してきたからかもしれず、
しかももとからいた先住民はほとんどが根絶やしにされて、
奴隷としてアフリカから連れ来られた人々の子孫は、
未だに執拗に残る人種差別と戦っている最中なのだから、
表面的には安定しているように見えるが、
内情は問題だらけの国家なのだろう。
そして日本の場合も過去の歴史的経緯から生じる問題があり、
日本という国家から妄想される独自の観念に囚われた人々が、
制度を過去のしきたりに引き戻そうとして、
しかもその勢力が政権を握っている現状があるわけで、
そのような世界の現状から遊離した妄想を、
憲法の改正によって実現させようとする懸念がある一方で、
周辺諸国との対立を煽り、
それをアメリカとの軍事同盟の強化に結び付けようとする思惑も
見え隠れしていて、
そういうやり方に危機感を抱いた人々が、
政府のやり方に対して平和を求める各種の市民運動を通じて、
批判を強めている現状があるわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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