文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.7.1 「戦争と経済の関係」

2015/07/02

しかし現状の何を肯定できるだろうか。
世界的な富の争奪戦がまだ続いている段階で、
そのような行為を肯定することができるだろうか。
ほとんどすべての人や国や企業がやっていることを
肯定して何になるというのか。
誰もがやって当たり前のことをやっているわけで、
それを改めて肯定するも否定するも意味がないだろうか。
ではどうしたらいいのだろう。
それはそれでそのような行為として説明すればいいだけだろうか。
だが説明にも肯定や否定という評価が伴うはずで、
そうでないと何を説明していることにもならないのではないか。
では説明にならない説明とはいかなる説明なのだろうか。
それを富の争奪戦と捉えるのがそもそも間違っているのだろうか。
人々はただ全世界を覆う資本主義市場経済の中で生きているに過ぎず、
生きている以上は仕事をしなければならないだろうし、
その仕事の内容が結果的に
富の争奪戦のように見えるだけなのではないか。
ではそれ以外には捉えようのない現象なのだろうか。
そのような思考が世界中に蔓延していて、
それ以外の捉え方など
思いつけないような環境の中で生きているということか。
たぶんそうではないと思う。
それ以外の現象を考慮を入れておらず、
実際には富の争奪戦どころか、
富などに手が届きようがない状況で、
その日その日を生きていくのに
精一杯の人たちがほとんどなのかもしれない。
富の争奪戦に加われるのはほんの一握りの成功者に限られ、
その他大勢の人たちはそこに行き着くはるか手前で、
富にありつく道から締め出されているのではないか。
ではなぜそうなってしまうのか。
富が限られていて、
とてもすべての人に行き渡るほどの量ではないということだろうか。
それともごく一握りの人たちによって富が独占されていて、
競争に勝ち抜き
選ばれた少数の人たちだけに大量に分け与えられるからこそ、
富が価値を持つのであって、
誰もが簡単に手に入れることができるようになってしまえば、
そんなものは無価値で魅力のない代物となってしまうだろうか。
ようするにそうなってしまえば、
富の争奪戦など起こり得なくなってしまうわけか。
ならば今世界中で富の不均衡の是正を訴えている人たちは、
暗黙のうちに富の争奪戦を巻き起こしている資本主義市場経済を
否定しているのだろうか。
それをはっきりと意識している人は数少ないかもしれないが、
多くの人はそれと意識せずに
資本主義をやめさせようとしているのかもしれず、
もちろんどうやればやめさせられるのかなんて
分かりようがないのだろうが、
ともかく富を独占しようとする行為に
反対していることは確かなようで、
しかもそのような利益を追求する行為に
正当性が認められている状況の中で生きているわけだから、
それに反対すれば自動的に反体制勢力とみなされる状況の中で
反対しているわけか。
そんなはずがないだろうか。
利益を追求するのは当たり前のことで、
しかも追求しすぎると富の独占をもたらすと批判され、
ではどうすればいいかといえば、
貧富の格差が広がらない程度に利益を追求すればいいわけだが、
それはありえないことだろうか。

今までの歴史的な経緯からすると、
要するに国家が貧富の格差が広がらないような
政策を行えばいいわけだが、
国家と国家が対立している現状ではそれができない。
国家同士が富の争奪戦を繰り広げている現状がある限りは、
富をもたらす人や企業を優遇しなければならず、
それらを積極的に活用しなければならないだろうか。
そうやって国内の産業を育成していって、
企業の国際競争力を高めれば、
利益がもたらされて国が豊かになり、
国中の人々がもたらされた利益の恩恵を受けられるだろうか。
人々がそのようなやり方を信じていれば、
政府に対する反発も反対運動も起こらないわけだが、
実際にはそれらが起こっている現状があるわけで、
そのような政策が信用されていないわけだ。
実際にどうなるかはまだはっきりしないのかもしれないが、
はっきりしてしまったらもう遅いから、
このままでは多くの人たちが不幸になってしまうことを
危惧しているのであり、
そうなる前に多くの人たちが
そのような政策をやめさせようとしているわけで、
もちろん議会で多数派を構成している政権与党のやり方が
まかり通る可能性は高く、
遠からずそのような結果が明らかとなるのかもしれず、
かえって明らかとなった方が、
それを推進している側にとっても反対している側にとっても、
事の白黒がはっきりしていいのかもしれないが、
もし否定的な結果になったらもはや手遅れだろうか。
手遅れというわけでもないだろうが、
手遅れにならないうちに今から反対運動をしているわけか。
それもあるかもしれないが、
やはり人々はそれと意識しないが、
利益がもたらされなくても生きていけるようになりたいのではないか。
今まで通りのやり方に固執した利益の追求や富の争奪戦に、
それほど魅力を感じられなくなっていて、
そのような際限のない競争に敗れた人たちの惨めな境遇を、
メディアを通じて知っているから、
自身がそんな境遇に陥ったときのことを思えば、
少なくとも今までのやり方では、
恐ろしい結果を招くような気がするのではないか。
そしてその恐ろしい結果が
漠然と戦争のイメージに重なるのかもしれず、
それが若者達による戦争反対のデモとなって現れてきたのだろうか。
国家と国家の対立は政治経済の対立とともに
その延長上に戦争があり、
それを招かないためには平和外交とともに、
他国との経済的な結びつきも不可欠で、
国と国との間で人が平和的に行き来して、
友好的に交易が行われていれば、
少なくとも戦争になる可能性が低くなることは、
誰もがわかっていることかもしれないが、
国内の景気が悪くなると、
その原因を外国に求めざるを得ず、
我が国から特定の国家が利益を奪っているという話になって、
その外国との対立を煽って国民の目をそちらに向けさせ、
政治家や官僚の経済的な失策をごまかすというか、
本当に経済的な失策で景気が悪くなったのかどうかも、
はっきりしない面もあり、
たぶんよくわからないまま戦争に突入して、
破壊行為によって財産や人命を失って、
全てがリセットして
そのままうやむやになってしまった歴史的経緯があるわけだが、
デモ行進をしている若者達が危惧しているように、
今後またそういうことが繰り返されるとすれば、
やはり同じように原因がはっきりしないまま、
また一から出直しとなるのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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