文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2015.6.30 「特定の論理に基づいた社会」

2015/07/01

何が具体的な行動に結びつかないとしても、
それで何か不具合はないだろうか。
言葉を記すのが自由であるはずがなく、
周りの環境からもたらされる困難や制限の中で考え、
その考えがそのまま言葉の連なりとなるわけでもなく、
言語表現自体が思考の不自由を反映しているような文章となるしかない。
世の中には美的な感性を超えて、
倫理や道徳や功利などの論理が張り巡らされていて、
思考の自由を空想するのは簡単だが、
周りの人たちや各種団体を利用するには、
やはりなんらかの論理に基づく行動や言動の正当性が問われてくる。
そこに不自由があり困難や制約がある。
そしてさらにそれらの論理に基づいた人間や組織の思惑を超えて、
自然からの作用があり、
偶然の巡り合わせとしか思えないような成り行きに翻弄されて、
場合によっては各種の論理も人々の想像も思いも、
自然からの作用の前に打ち砕かれたりするが、
その逆に人々の行動や言動がうまく機能して、
思惑通りの展開や成り行きになることもあるのだろうか。
人はそうなるように策を弄して、
行動や言動によって人や組織を操ろうとするのではないか。
特にそう意識しなくても、
自身が有利になるような環境や人間関係を築きたいわけだ。
そしてそのような努力がうまくいく時もあれば、
必ずしも思い通りに事が運ばない時もある。
多くの場合は思い通りに行くように、
関係する方面へ力を及ぼそうとするわけで、
便宜供与や贈収賄などによって連携や共犯関係を築き、
確実に思い通りに事が運ぶように仕掛ける場合もある。
そういう意味では倫理や道徳よりは功利の方が、
実利という面で魅力的な論理なのかもしれないが、
そういう論理ばかりが世の中にはびこると、
社会を構成する様々な制度やシステムが腐敗して
有効に機能しなくなるだろうか。
倫理的あるいは道徳的な観点からは確かにそうだが、
社会の中で特定の支配勢力を築くには、
そしてその勢力が思いのままにやりたいことができるようになるには、
そうなった方が都合が良かったりするだろうか。
だがそういうことをやりすぎると、
支配勢力に属していない人々や勢力から不満や批判が噴出して、
そのような腐敗体制が崩壊するわけか。
もちろん簡単には崩壊しないように圧政を行い、
批判勢力を弾圧して武力によって封じ込めようとするわけだが、
長続きはしない場合が多いだろうか。
やはり民を支配するには、
支配される側が納得するような倫理観や道徳観に基づいた法律を制定し、
支配する側が率先してその法律を守っているように見せかけないと、
そのような支配体制を長続きさせることは難しいだろうか。
現状では民が国家を支配しているように見せかける制度として、
デモクラシーが世界的に流行っているわけだが、
形式としてはそうであっても、
依然として特定の支配勢力が社会に影響を及ぼして民を制御しながら、
自分たちの利益を確保しようとする傾向にあるわけか。

しかし支配勢力が確保しようとする利益とはなんなのだろうか。
企業が確保しようとする利益と同じようなものだろうか。
というか企業の利益が確保されるように、
それらの政治的な支配勢力が社会を制御しているわけか。
それと同時に民の利益も確保されれば、
反発も出てこないはずだが、
実際に民の利益が損なわれているから、
損なわれているように感じられるから、
政府や議会の与党勢力に対する不満が噴出して、
そのやっていることに対する反対運動が盛り上がっているわけか。
政治的な問題とはそのようなレベルで考えればいいような話だろうか。
しかしそうだとしても民の利益が確保されるにはどうしたらいいのか。
その問いに対する明確な答えがあるとすれば話は簡単で、
政府や議会の与党勢力が
それをやればいいだけのことでしかないわけだが、
それがないから、
あるいはあるとしても諸般の事情でそれができないから、
話がこじれているのではないか。
世界的にここ数十年は北欧など一部の国を除いて、
揺り籠から墓場までの福祉国家構想が破綻して、
自国の産業を守るために
企業に対する便宜供与と税率の引き下げ競争をやっているが、
果たしてそれがどこまで続けられるのか。
そのような行為が破綻せずに、
うまい具合いにほどほどのところで安定して、
企業活動と民の暮らしがうまく調和すればしめたものだろうが、
それを推し進めるにつれて普通の人々が貧困化して、
その生活が立ち行かなくなれば、
やはり現行の制度やシステムではうまくいかないことが証明されるだろう。
そして実際にそうなってからでないと社会の変革は実行に移されず、
今のところはどう変革したらいいのかも、
よくわかっていない状況なのではないか。
ではこのまま答えが見つからなければどうなってしまうのだろうか。
企業活動が衰退してそこから糧を得ていた国家も衰退して、
諦念にとらわれて政治活動も下火となり、
国家を司る官僚機構も解体されてゆくだろうか。
それが自然の成り行きならそうなるかもしれないが、
もちろん人々はそういう成り行きに逆らって、
これまで通りの社会構造を維持しようとするだろうか。
とりあえず生きるために
衣食住に関係する物を生産しようとするだろうし、
その材料となる資源があればそれを活用して、
それを生産し流通し交換し消費しようとするのではないか。
そのような物質のサイクルを維持する限り人間は生きていけるだろう。
そしてそのような過程の中で人々は相変わらず働いているだろうか。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。