文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.6.27 「新たな時代へ」

2015/06/28

この世界は誰の思惑通りにも回っていないはずだが、
やはりそこに人の意識や意志を想定してしまいがちになるのは、
人がそう考えているからであって、
古来から人格神の存在を信じてしまうのと
似たような作用なのではないか。
そういう意味で世界の影の支配者や勢力は、
人の思考作用から導き出された偶像みたいなものだろうし、
しばしば神とは正反対の悪魔として、
人々の不安を煽る対象となるのかもしれず、
よく言われるユダヤ金融資本などは、
貪欲な金儲け至上主義者として
嫌悪感を抱かせるように性格設定がなされているわけだ。
もちろん特定の誰がそんな設定を施したわけでもなく、
そのような民族の存在が人々の間で知れ渡るにつれて、
金貸し業を営んでいることから悪役のイメージが定着したのだろうし、
実際に国を持たない流浪の民が成功を収めるには、
都市に住んで国から国へと渡り歩いて商売するしかなく、
それに適した商売として、
一族で金貸し金融業に従事する場合があり、
民族全体から見ればほんの一握りに過ぎないだろうが、
ユダヤ人の金持ちといえば銀行家というイメージなのだろう。
実際に銀行業では国家相手に金を貸す場合もあり、
日本も日露戦争の時には多額の金を借りたそうだし、
他にも石油やダイヤモンドなどの
資源関連の産業でもユダヤ資本が絡んでいる場合があり、
巨大産業資本には必ずユダヤ系資本との関連が取りざたされていて、
まるで世界の資本主義市場経済を
ユダヤ系資本が支配しているようなイメージが
広まっていることは確かなのだが、
ここ二百年の間に資本主義的な覇権国が
オランダからイギリスを経てアメリカへと移り、
さらにこの次にアジアの中国やインドへと覇権国の座が移っていくと、
ユダヤ系資本の影響力も低下していくのかもしれず、
ユダヤ金融資本による世界支配のイメージもだいぶ薄らいでいくだろうか。
もちろん今後そうなればの話で、
まだアメリカが経済的にも軍事的にも
世界の超大国として君臨しているというのが、
世界の共通認識なのだろうから、
そうである限りにおいて、
各業界の最大手の巨大企業などをユダヤ金融資本が傘下に従えている、
という印象が根強く世の中に広まっている状況は変わらず、
そこからユダヤ金融資本による世界支配を唱える人たちも
少なからず出てくるわけだが、
本当に各種産業にまたがっている複数のユダヤ資本が、
全体として一枚岩でまとまっていると考えていいものなのか。
その辺に疑念を抱かざるを得ず、
それに銀行業を含む各業界には、
ユダヤ系以外の巨大資本もいくつもありそうで、
必ずしも巨大産業資本を一つの民族で括れるものでもないのではないか。

それは国家と民族を結びつける
悪しき風習の延長上にある思考なのかもしれず、
国家と民族と資本を一つに結びつける上で、
世界経済の中で一定の勢力を維持している
ユダヤの名を冠した資本の存在が邪魔なのかもしれず、
陰謀論者はそれらを悪者扱いすることで、
それと意識せずに自分が所属する国家や民族に媚を売っているわけで、
そういう意味では陰謀論者も国家主義者の亜流なのかもしれず、
必ずしも考えが一致しないにしても、
国家や民族に囚われた思考の持ち主であることは確かなようで、
別に保守主義者と比べて斬新な思考を持ち合わせているわけではない。
国家や民族の変化や流動性を考慮せず、
国家が民族からはみ出ていて、
民族も国家からはみ出ている事実を見落としていて、
国家が別の国家に変わり得ることも、
民族も別の民族に変わり得ることも考慮されておらず、
資本もユダヤ民族の手に永遠にとどまれるわけがなく、
企業の創業者一族が経営から排除される例もあるわけで、
その辺の国家や民族や資本の栄枯盛衰を考慮すれば、
何か特定の勢力が世界を永久に支配し続けるなど
不可能であることに気づくはずだ。
だから特定の勢力を絶対悪として敵視していると、
考慮に入れてないところで足元をすくわれるのであり、
その代表的な例としては、
ユダヤ金融資本を悪者扱いしながら、
ドイツ民族の団結を呼び掛けた
ヒトラーと国家社会主義運動があるわけで、
大衆市民社会ではそういう安易に対立を煽るやり方は受け入れやすく、
日本でも今まさに大衆の批判をかわすために、
隣国の中国や韓国を憎しみの対象へと仕立て上げて、
それらの国に対抗するために
国民の団結を呼び掛けている人たちもいるわけで、
また現政権を批判する側は政権与党の政治家や官僚たちを、
アメリカやネオコンを支配するユダヤ金融資本の手先として
憎悪の対象に見立て、
政府のやり方に反対する運動に利用している向きもあるわけだ。
在日米軍やTPPなどに関する
アメリカの意向を反映した政府のやり方では、
多くの人が不利益を被ると考えているわけだから、
しかも実際に政府のやり方が拙劣でしかも強引に感じられ、
それと原発事故の後始末もうまくいっていないのに
再稼動を推し進める姿勢も、
またテレビや新聞などの主要メディアが、
政府に協力的な姿勢を示しているのも反感を呼んでいるわけで、
反対運動が盛り上がるのも無理はないわけだが、
彼らが思わぬところから足元をすくわれるとしたら、
それはどの方面からなのか。
今反対運動に賛意を示しその中心に祭り上げられ、
スター扱いされている人たちが、
果たしてかつてのヒトラーやムッソリーニのように、
体制を掌握することができるだろうか。
彼らがヒトラーやムッソリーニと違うのは、
軍隊とは無縁だということだろうか。
無縁どころか全く正反対の平和主義なのだから、
その辺が昔とは全く違う状況なのだろう。
そういう意味ではかつての繰り返しとはならないだろうが、
たぶん対立から憎しみを排除していかないと、
将来に禍根を残すだろうし、
それを笑いやユーモアに転化していけば、
なんとか理性的な建前を堅持できるのではないか。
そしてそれらの運動がかつての全共闘的な暴力とは無縁でいられたら、
たとえヒトラーやムッソリーニのように体制を掌握できなくても、
将来に向けての世の中の肯定的な変化に貢献できるのではないか。
具体的には国家と民族と資本の形骸化に貢献するのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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