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彼の声

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彼の声 2015.6.23 「画期的な見解」

2015/06/24

たぶん馬鹿げていることは確からしい。
ありふれたことの中から
構造と法則を導き出そうとしているのだろうか。
言葉を連ねてこの世界の何を解き明かそうとしているのか。
そのままの解釈でもかまわないのではないか。
多くの批判者はそこで不当なことが行われているのを
告発したいのだろう。
だが不当なことを行わないとうまくいかない。
もちろん行っている勢力は
それが不当だとは思っていないのかもしれない。
やっていることの合法性を問うならば、
もちろん不法なことをやってはいけないわけだが、
不当だと思われることが不法行為だとしても、
やることが可能だと見なせばやろうとするわけか。
そして実際にそれをやろうとしているから、
これから不当なことが行われようとしていると批判するわけだ。
それがありふれた成り行きであり、
そこから何を導き出せるとも思えないか。
ありふれた批判以外は何も返ってこないのだろうか。
何かおかしいのだろうか。
別に何もおかしくはなく、
極めて当たり前のように事態が進行中だ。
それでかまわないのであり、
それ以外には何も出てこないだろう。
何か画期的な見解などを出そうとしても無駄か。
ありふれた成り行きから画期的な見解が出てくるはずがない。
たぶんこだわっている場所が違うのではないか。
ありふれた見解を出して、
多くの人たちの同意を求めようとする姿勢がおかしいわけではなく、
誰もがそうやろうとして、
誰もがそんな見解を求めているから、
その通りの見解が出されるわけでもないのだろうが、
別にそこから画期的な見解が出されることなど
期待していないわけだから、
ありふれた批判でかまわないのだろう。
そしてそれを延々と繰り返していればいいわけではないが、
繰り返すことしかできない批判が多く、
それが紋切り型的な批判となり、
興味が失われるわけか。
別に興味が失われるわけではなく、
多くの人たちが同じような批判を繰り返している状況に
安心するのではないか。
みんなの気持ちが一つとなって
同じ批判を繰り返していると思われる。
それの何がいけないわけでもおかしいわけでもないはずだ。
その批判が有効に機能して、
批判の対象となっている行為を
押しとどめることができればいいわけだ。
みんなそのつもりで数に物を言わせて批判しているわけだ。
そう捉えておけばいいわけか。
たぶんそんなありふれた現象なのだろうし、
それ以外に何を導き出そうとしても、
無理に出そうとすればひねくれた屁理屈になるだけなのではないか。
それを超えた何かを導き出そうとしているわけでもないらしい。
画期的な見解というのは、
そういう水準では妄想であり幻想でしかない。
要するにそれ以外の水準で何かを主張しようとしているのではないか。

しかしそれ以外の水準というのがあるのだろうか。
ないのかもしれないしあるのかもしれず、
どちらとも言えず、
それを実際に導き出してみないことには、
なんとも言えないのかもしれない。
今のところは何があるわけでもなく、
誰もが気づかないことを気づけるわけもなく、
それ特有の構造も法則も導き出せずにいるわけだ。
それらの現象に単純な構造を当てはめても、
何を述べたことにもならないのかもしれないが、
その方法が全て無効とも言えず、
そういう構造論で納得する人もいるのではないか。
人を納得させ信用させるために、
単純明快なことを述べて
同意を誘う手法はよくあるパターンかもしれない。
だがやろうとしていることはそうではない。
ただ現状を理解したいだけかもしれず、
そして未来への展望を示したいのではないか。
相手を罵倒し罵声を浴びせ
嘲笑するような成り行きに巻き込まれてしまうと、
たぶんそれ以上の進展は期待できないし、
相手をやっつけることを目的とする不毛な論争となるだけだ。
例えば犬や猫やイルカや鯨を食べている人間に、
お前らだって牛や豚や鶏や魚を食べているではないかと言われれば、
何か論理的な説明ができるだろうか。
人にはそれを食べる習慣があり、
食べてうまいものは食べるだろうし、
まずいものや毒になるものは食べない。
またたとえうまくても、
人が人を食べるのはおぞましく思われるから、
食べる人は少ないだろうし、
その延長でペットとして飼っている動物は情が移っているから、
なかなか食べない。
またイルカや鯨は知能が発達しているように見なされ、
食べるのがかわいそうだから食べたがらない人がいる一方で、
捕らえて食べる人たちを非難する人たちが大勢いる。
その程度の説明で納得するだろうか。
では戦争に関係する法案に反対している人たちの言い分はどうなのか。
人を殺すのはよくないから、
国家が人を殺す行為に加担するわけにはいかない。
そこから戦争を放棄することや
死刑を廃止することが求められるわけだが、
実際に世界各地で戦争が行われていて、
また日本をはじめとして死刑をやめない国がある。
戦争と死刑を同列に扱うわけにはいかないのだろうし、
とりあえず今は政府が国会に提出している戦争に加担する法案に、
多くの人が反対しているわけだが、
色々と理屈をつけて法案の正当性を主張する人たちに対して、
他国の人殺しに協力するのはよくないから
反対するというのでも構わないだろうか。
その程度で納得できればそれでも構わないだろう。
屁理屈のような理屈に惑わされずに、
人殺しはよくないということで、
それで同盟国との関係がうまくいくならいいが、
たとえうまくいかなくなっても、
それを承知する覚悟があるならそれでも構わないだろう。
そしてその程度のことに何か画期的な見解が必要であるはずもない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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