文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.6.22 「行動へと導かれる人々」

2015/06/23

起こる出来事は違うが構造は過去と似ている。
それは何を意味するのだろうか。
そこから何かを導き出さなければならないわけか。
何かとはなんだろう。
それは現状の説明でありそれについての考察だろうか。
それが偶然の巡り合わせであろうと、
そうなるのが必然的な成り行きであろうと、
ともかくそうなっている現状があり、
それ以外の可能性があったにもかかわらず、
現状ではそうなっているわけだ。
それをどう捉えたらいいのか。
現状をありのままに捉えたらいいわけだ。
世界を覆う資本主義市場経済の中で
アメリカと中国とインドが主導権争いをしている。
そんな認識のどこに真実があるのだろうか。
真実ではなく現実を説明すればいいわけだ。
しかしそれは個々の国家の問題なのだろうか。
国家と資本主義との連携が経済格差を拡大させているのだろうが、
果たして語るべきは覇権国を決める国家間競争なのだろうか。
なぜかそうだとは思わない。
何かの冗談だと思われる。
何かとはなんなのだろうか。
状況証拠から推測される国家的な陰謀か何かか。
果たしてかつての覇権国で今もそう思われているアメリカは、
没落へと向かっている最中なのだろうか。
しかしアメリカが日本や他のアジア諸国やロシアなどと連携して
押さえ込もうとしている中国も、
南沙諸島の無人島を埋め立てて滑走路を作っている問題に限っては
その通りかもしれないが、
別にそれらの諸国が中国との貿易を止める気配はないし、
クリミア半島やウクライナで問題を起こしているロシアのように、
今のところは経済制裁をやろうとする気配もないし、
南シナ海で軍事的な緊張が高まっていると言われるが、
直接の軍事衝突はまだないようだ。
要するにアメリカや他の諸国は
中国との経済的なつながりを断つことはできないのだろう。
では貿易が行われている限りは軍事衝突は起こらないのだろうか。
その前に経済制裁が行われるのではないか。
ならばそれさえも行われなかったら
軍事衝突も起こらないということか。
何かのきっかけで突発的な事態があるかもしれないが、
第一次世界大戦の時のように、
そこから大規模な戦闘へと突入することはないのだろうか。
誰も戦争など起こりようがないと思っているところで、
思いがけず起こるのが戦争だろうか。
とりあえず戦争が起こってみないことには、
確かなことは何もわからないだろうし、
起こらなければ起こらないに越したことはないのだから、
別に穿った見方や見解を面白半分に披露することもないだろうし、
すぐにでも戦争が起こると
大げさに警鐘を鳴らす必要もないのではないか。
しかし人はどうしても過去に起こった戦争と
今現在進行中の成り行きを比較して、
あれこれと悲観的な予想や予測を語ってしまう傾向にある。

だが何かを語ろうとすれば、
やはり将来の展望として予想や予測を語らざるを得ず、
語ろうとする限りはその気がなくても誇張して語ってしまうのであり、
それはやむを得ないことだが、
そのような方々で語られている言動が
メディアを通じて広く拡散すると、
それが実際の状況に影響して、
本当に恐れていることが起こったりするのだろうか。
それも何かが起こってみないことには
なんとも言えないところかもしれないが、
そのような危機感を煽る言動自体が、
実際の状況から影響を受けてそのような言動が生じているのだから、
それが相乗効果となって大惨事をもたらすのか、
あるいはそれが歯止めとなって惨事を未然に防ぐ効果があるのか、
それもよくわからないところなのだが、
ともかく隣国との対立を煽って、
国内の経済的な行き詰まりから
国民の目を背けようとする意図も感じられ、
しかもそんな意図も空回りしているようにも思われ、
本当に現状が経済的な行き詰まりなのかも、
半信半疑で冗談のようにも思われるのであり、
国際情勢も国内情勢も
まるで緊迫感のない弛緩しきった状況にあるのではないか。
もちろん紛争地帯では
毎日のように人が大勢死傷していることは確かで、
現地で暮らす人たちにとっては地獄の日々かもしれず、
それを思うと冗談で片付けるわけにはいかないのは当然なのだろうが、
どうしても危機感を煽る人たちへの疑念が拭えないままになっている。
現状で懸念されているのは、
人口の多い中国とインドの人たちが、
経済が発展して西側先進諸国の人たちのような暮らしを始めると、
そこで食料が足りなくなったり資源が枯渇して、
世界経済が破綻する危険があるということなのだろうが、
でも破綻したらしたで、
飢餓や貧困が蔓延して人口が減るだけに過ぎず、
多くの人が死んでまたちょうど養える人口になれば、
そこから何事もなかったかのように
資本主義経済が復活してしまうのかもしれず、
たとえ破局的な事態になったとしても、
その後がある可能性があり、
そのために第三次世界大戦があるのかどうかは知らないが、
どうも予定調和的な結末はないのではないか。
そういう意味では破局的な結末を恐れる人々が
警告している全ての事態が訪れたとしても、
それらの人々が警告するような結末から
外れた結果がもたらされるのかもしれない。
そしてともかく今までは国家と資本が連携して
世界的な資本主義市場経済を構成してきたのだから、
それを突き崩すには連携を断ち切ればいいわけで、
資本の運動が国家の利害を超えて動き出してしまえば、
遠からず国家は形骸化せざるを得ないのかもしれず、
政治的な権力基盤もなし崩し的に無効化作用を被るのではないか。
もっともそこまで事態が進まずに、
途中からなんらかの歯止めがかかって、
適当なところで均衡を保つような成り行きになるのだとしたら、
これからも国家と資本の働きによって、
全世界的に資本主義市場経済が保たれるのだろうか。
やはりその辺の展望がはっきりせず、
結局人々が意志の力で団結して
世界に変革をもたらさなければならないのか、
それとも特に行動を起こさなくても変革の時を迎えられるのか、
その辺も実際に行動を起こしている人たちがいるわけだから、
たぶんそれらの人たちは
行動を起こざるを得ないような状況に追い込まれているのであって、
そこに何らかの導きの力が作用しているのだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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