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彼の声

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彼の声 2015.6.20 「現状を打開することの困難さ」

2015/06/21

政治的にも経済的にも文化的にも
安易な解決はあり得ない雲行きだが、
なんとかして現状を打開したいのは、
体制側と反体制側の両派の共通認識なのだろう。
だが未だ現状を打開できていないことも、
両派の限界を示している。
でも打開できていない現状とはなんなのか。
それは体制側と反体制側でそれぞれ異なることなのだろうか。
それとも同じ困難に直面しているのだろうか。
しかし何が困難なのだろうか。
それは現状を打開するのが困難なのだが、
いったいどのようにして現状を打開しようとしているのか。
体制側は国会で法案を通して、
法案の趣旨に沿ったことをやろうとしているのではないか。
それに対して反体制側は法案の成立を阻止しようとして、
連日国会で論戦を挑み、
反対のデモや集会を繰り返している。
それの何が困難なのだろうか。
困難はそれらとは別のところにあるのだろうか。
別に何が困難なのでもないのではないか。
ただ自分たちが属する共同体の価値観を
他の人々にも押し付けようとするから、
そこで困難が生じるのであって、
押し付けようとしなければ困難など生じるはずもない。
それは体制側も反体制側もやっていることであり、
自分たちの価値観を他の多くの人たちに押し付けられないから、
このままでは国家がだめになってしまうと危機感を募らせているわけだ。
だからなんとしても強引にでも押し付けて、
この危機的な状況を打開しなければならない。
しかしそれの何が危機的な状況なのだろうか。
彼らが恐れていることとはなんなのだろうか。
それは自分たちが共有している危機感を、
他の人々が共有してくれないことを恐れているのだろうか。
例えば反原発派によれば、
すでに現状は危機的な状況となっていて、
これから福島の原発事故で撒き散らされた放射性物質によって、
多くの人が亡くなるそうで、
現に人がバタバタ倒れていて、
それを政府の意を受けたマスメディアが隠蔽しているそうだ。
そのお陰かどうかは知らないが、
大多数の人々はそれを実感できずにいるようだ。
たぶん他人が死のうがどうしようが、
自分や周りの人々がなんともなければ、
どうということはないという認識なのかもしれない。
要するに実感できなければ危機も危機ではないということか。
そして多くの人たちが
差し迫った危機が到来しているのを実感できないことが、
それを知らせようとしている人々の間に困難を生じさせているのか。
もちろんそれらの人々の非難の矛先は
体制側に向けられているのであり、
彼らも反体制側の一部なのだろうが、
自分たちの認識を他の多くの人たちが共有してくれないので
危機感を募らせているわけだ。

彼らは総じて政治的な無関心層を批判している。
自分たちの問題に関心を持ってくれないことに苛立ち、
無関心層が関心を持って自分たちの味方についてくれれば、
彼らの思いを遂げることができるとふんでいるから、
時にはおどしたりすかしたりして、
ひたすらメッセージを発しているわけだが、
なかなかなびいてくれないのだろうか。
それとも最近は少しは風向きが変わってきて、
徐々に反体制側の味方が増えつつあるのだろうか。
そうだとしても相変わらず無関心な人も大勢いるだろうし、
無関心であってもかまわないし、
別にそれが違法な態度ではないのだから
無関心を保っていられるわけで、
特にそれでやましさを感じないならそのままでいればいいわけだ。
また現状の政治的な問題に無関心でいることにも
それなりにメリットがあるのかもしれず、
少なくとも付焼きで下手に偏った知識を信じ込まされて、
国粋主義者と共に夜郎自大な妄想を抱くよりはマシだろう。
そして政治的な無関心層に顕著なのが、
総じて政治に対して距離をとり、
冷めた視線で為政者たちの狂態を眺めていることだろうか。
その辺が過去のファシズムなどとは違うのであり、
ファシズムに特有の熱狂的な体制支持とは
無縁の人々であるということだ。
要するに政治に興味がないというより、
政治自体に魅力を感じられないということなのではないか。
その辺は政治家やその支持者たちが賢く見えないというところが、
メディアに登場する政権批判者たちの功績なのかもしれず、
また昔の熱狂的な体制賛美者たちの悲惨な末路を
歴史として知っているだけに、
右翼の勇ましい発言や行動を取る人たちへの
警戒心となって表れているのかもしれない。
そしてネットやメディアから広く世界の情報を受け取っているので、
勇ましいことを言って、
こうすればうまくいくと喧伝してくる人たちが、
それほど信用できる人たちでないことにも薄々感づいていて、
彼らの言った通りにやったとしても、
うまくいくとは限らないこともわかっているのではないか。
そしてそういう人たちが支持している体制側にも、
または政府批判を繰り返して反体制側についている人たちにも、
どちらも決め手がないことも知っているのかもしれない。
うまくいく方法がないというのではなく、
現に今やっていることややろうとしていることを
やり続けるしかないのであり、
またそれに反対している人たちは、
そのやろうとしていることややっていることを
批判することしかできないのであって、
それ以外の方法があるわけではない。
そしてそれ以外の方法があると主張するような人がいたら、
どちらの側もそんな人の主張など無視することしかできないわけだ。
そんな現状を打開するのが困難であるなら、
その困難を作り出しているのが、
それらの体制側と反体制側に分かれて対立している人たちだからだ。

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創刊日:2001-03-26  
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