文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.6.14 「ありえない未来」

2015/06/15

世間の興味からずれた的外れなことを考えている。
それでかまわないだろう。
その方が好都合というわけでもなく、
世の中の流れに同調しないとまずいのかもしれないが、
それでもかまわない理由はなんなのか。
わざとそうしているわけでもなさそうだ。
わざとそうする理由などなく、
ただその方が無難に思われるだけのようだ。
なぜ無難なのかといえば、
正直あまり乗り気がせずに
騒ぎに関わりたくないと言った方が本音に近いだろうか。
でもメディア経由で目にする画像を眺めて
楽しんでいることに変わりはなく、
無責任な野次馬の心境かもしれない。
だが現実に考えていることはそこからずれている。
ずれていどころか、
ありえないことを考えているのではないか。
現状からは考えられない未来を夢想している。
だが夢想していることの実現を目指して行動しているわけでもない。
ではなんなのだろうか。
ただ考えている。
それも考えるだけにとどめておいた方が無難に思われる。
それではなんだか逃げているような気がするのだが、
逃げていると思われても構わないのだろうか。
それでかまわない。
かまわないどころか、
積極的に逃げているわけだ。
何から逃げているとも思えないのに、
結果的には逃げていることになるらしい。
意識が現状のとりとめのなさから逃げて、
何かわかりやすく単純な構造を目指しているように思えるのだが、
言葉でそれを説明しようとしている限り、
そうなるしかないようにも思われ、
実際に語ってみるとそんな説明になってしまい、
現状のとりとめのなさを
語っている内容が取り逃がしている。
要するにそれを語れば、
現状のわかりやすい単純化というフィクションに至ってしまうわけだ。
勿論それでは不満なのだが、
それ以外の語り方を知らず、
結局妥協の産物としてそれを自覚しつつも、
フィクションを語るしかないらしい。
そしてフィクションであるだけに、
現状からずれていて、
今後の見通しも現状からはかけ離れた空想となってしまいそうだ。
要するにありえないことを考え、
考えられない未来を夢想しているわけだ。
そうなってはまずいだろうか。
ともかくそれを信じていないことは確かなようで、
信じていないにもかかわらず、
そんな荒唐無稽なことを妄想していると楽しくなってくるわけだ。
そして楽しいからそれでかまわないと思われる。
だからあまり現状の深刻さなど真に受けないし、
そんなことはどうでもいいと思い、
ただそれらの政治的な闘争が滑稽に感じられるだけで、
できればもっとおもしろおかしく、
混乱した状況になってほしいとさえ思っている。
そしてその混乱のどさくさに紛れて、
復讐心をたぎらせている愚か者たちが死滅してほしいとも思っている。
賛成派も反対派もどちらも一掃されてほしいのかもしれないが、
それがありえないことだとはわかっていながら、
やはりそんな未来を夢想してほくそ笑んでいるわけだ。

本当にそれでかまわないのだろうか。
たぶんそれではだめで、
現状をできるだけ正確に反映した説明を心がけるべきなのだろう。
ではなぜそうならずにそこからずれていってしまうのか。
説明しようとするとずれていってしまうような現状だからか。
では具体的にどのような現状なのか。
やることなすことのことごとくがうまくいかないのは、
今に始まったわけではなく、
昔からそうだったのではないか。
だがそのうまくいかないことの度合いが、
年々増大していないか。
それは気のせいだろうか。
気のせいのついでにまた的外れなことを述べるとすると、
特定の政治勢力が何かやろうとするからおかしくなるのであって、
何もやらなければ
取り立てて問題らしい問題は起こらないのかもしれないが、
それでは彼らを支持している人々や団体が納得しないから、
何かをやらざるを得ず、
そのやらざるを得ない何かをやろうとすると、
お粗末な結果が待ち受けている。
しかもそれをやることが、
それらの政治勢力にとっての自己実現なのだから、
まったくもって始末に負えないのだが、
やはり成り行きとしてはやらざるを得ないのだろう。
福祉予算を切り詰めて
競争原理を拡大する新自由主義的な政策がうまくいかないとすると、
もはや打つ手はないのだろうから、
ひたすらそれを追求するしか道は残されていてないはずだ。
だからそのような政策によって切り捨てられる人々や団体が
いくら反対しようと、
無視してそれを推し進めるしかないわけだ。
推し進めた先に何が待っているかは、
今のところは反対派が脅しの材料として使う
悲惨な憶測や推測以外には、
その先まで行ってみないことには誰にもわからないところだろう。
彼らとしては彼らを支援している大企業などが、
国際的な経済競争に勝ち抜いてくれたら、
それで国家も安泰だと思っているのかもしれないが、
たぶんそれは思い違いかもしれず、
企業は国家とは別に株主の意向も無視できず、
場合によっては会社の利益のために
国家を見捨てる可能性もあるかもしれない。
そしてそれは日本よりも
アメリカの企業の方が可能性が高いのかもしれず、
アメリカに拠点を置きながら、
アメリカ政府の意向とは違うことをやり始めた時が、
アメリカの巨大企業が
アメリカを見捨てたことの証しとなるのかもしれない。
もちろんそんなことは現状ではありえないことで、
アメリカの政府関係者も
そんなことは夢にも思っていないだろうが、
そんなありえないことを夢想すると愉快になってくるわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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