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彼の声 2015.5.1 「政治に無関心な有権者」

2015/05/01

選挙は選挙戦を戦える資金を捻出できる人が立候補し、
有力な政党の支援を受けられたり、
知名度のある人が当選する。
選挙期間中に仕事を休めなかったり、
いくら政策を訴えても、
有力な政党の支援を受けられなかったり、
知名度のない無名の一般人が当選することはないだろう。
そんな不平等が平然とまかり通っているのだから、
選挙に行かない人を非難するわけにはいかない。
たぶん一般人は政治参加をあきらめてもかまわないのだ。
法律で選挙ゲームへの参加を強制しているわけではないし、
それ以前に国民である自覚がなくてもかまわないのかもしれない。
果たして国民と呼ばれる人々の総意で
国家や政府が存在していると言えるのか。
建前上はそうなのかもしれないが、
実質的には勝手に国家の名を冠する政府と呼ばれる機関が、
その地域に暮らしている住民から強制的に税金を徴収して、
その金と国債と呼ばれる借金証書を発行して買わせた金で、
何かやっているだけだ。
そういう前提で物事を考えないと、
何かとんでもない勘違いに至ってしまうような気がする。
それを忘れると結局国家主義のフィクションに
身も心も飲み込まれてしまうだろう。
何かそこに国家があり政府があることを
自明ことだと思ってしまうわけだ。
人々は何かのついでに善意で
選挙や政治ゲームに参加しているだけで、
関心がなければ参加しなくてもかまわないのだ。
要するに関心のある人たちが勝手にやっていることであり、
誰も好きこのんで税金など払いたくはないし、
政治家の言うことなどに従うつもりはない。
要するに国家と国民の関係は、
お互いの契約に基づく信頼関係ではないのだ。
政府が国民を駆り立て何かを強制しようとすれば、
確かに戦争などの悲惨な結末が待っているかもしれないが、
国民の大半が政治的に無関心で選挙に行かないから、
政府や政府と連携して議会を牛耳っている政党などの
暴走を招いているとしても、
国民が悪いわけではないだろう。
それによって国民が不利益を被っているとしてもそうだ。
結局そんな暴走を食い止めたければ、
国民に向かって政治参加を促し、
選挙に行って、
政府と連携して暴走していると見なされる政党に
反対している政党や候補者に投票するように、
呼びかけるしかない。
なぜそれが国民の不利益を被っているかを
丁寧に分かりやすく説明し、
できれば自分たちに賛同してくれるように
呼びかけることしかできないのかもしれない。
実際に多くの人たちが主にネット上で、
そういう呼びかけをしている最中なのだろう。

そのような呼びかけが実を結んで、
政府や議会の与党勢力の暴走を阻止できれば、
日本の民主政治がまた一段と深化して、
国民の政治に対する意識も成熟するわけか。
そうなればそれに越したことはない。
本気でそう述べているわけではないが、
一度ぐらいはそういう民主的な行為が実を結ばないと、
国民の政治離れに歯止めがかからないかもしれない。
しかし歯止めがかからなくてもかまわないのだ。
それが暴走というのなら、
そのまま暴走して行ってもらいたいとも思っている。
それで本当に日本が破滅するなら、
破滅してもいいのではないか。
国民と呼ばれる人たちがそれによって地獄の苦しみを味わうなら、
是非とも味わってもらいたい。
政府の暴走を止められずにそうなるなら、
それも一興だろう。
興味はそこにはなく、
今現に政治的な主導権を握って
何かをやっている勢力に興味があるだけかもしれない。
果たしてやっていることがうまくいくか否かに
興味があるといったほうがいいだろうか。
事の成否とその結果や結末を見てみたい。
例えば憲法を改正するならしたでどうなるというのだろう。
憲法改正の国民投票をやればどんな結果が出るのだろうか。
国民の多数意志とは関係なく
投票結果が官僚機構によって操作されたりするわけか。
そうなればそうなったで興味深いことだ。
国民と呼ばれる人々は
それらの政治家や官僚機構を信用しているのだろうか。
国家に対してどのような幻想を抱いているのか。
新聞やテレビやネットなどにはびこる
マスメディアに携わっている人たちに対して、
どのような感情を抱いているのか。
そこで多くの人々が様々な主張をしていて、
時には互いの主張を戦わせて論争を楽しんでいるわけだが、
たぶん憲法などなくてもかまわないだろうし、
場合によっては国家も政府もマスメディアもいらないのかもしれない。
政治は結局そこに蔓延っている様々な勢力間の
利害調整をしているだけだろうか。
政治家は何よりも国民の暮らしと生活を守るべきだ
という大義名分が成り立つか。
だが国民の間でも利害に違いがあり、
何はさておき自分たちを支援してくれる勢力を守らなければならず、
自分たちに反対する勢力の言うことなど聞かなくてもいいような、
そんな成り行きになっていないか。
要するに国民の間で必ずしも利害が一致していないから、
大義名分が成り立たなくなっているのではないか。
そしてそれは選挙制度そのものが招いていることなのではないか。
選挙が様々な利害を代表する候補者たちの戦いの場であり、
当選者は当然自分を支援してくれた勢力を代表して議会に臨み、
その勢力の利益に結びつくように行動しなければならないわけで、
別に国民全体のことなど考慮する必要はないわけで、
特定の利益団体の言うことを聞いていれば、
次の選挙でも当選する確率が高くなるから、
そのように行動するしかないだろう。
そしてそんな候補者に他の有権者が投票するだろうか。
そうなると一般の有権者は誰に投票すればいいのだろうか。
誰に投票すれば自分に利益をもたらしてくれるのか。
そんな候補者がいなければ、
別に投票に行く必要などないのではないか。
そうなれば自然と多くの人が選挙に無関心となり、
投票率が下がるのは当たり前のことだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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