文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.4.30 「文明のあり方」

2015/04/30

何かそこに知恵があるのだろうか。
うまく立ち回るための知恵が潜んでいて、
それに誰も気づいていないというわけか。
正直になる必要はないのだろうか。
人と人との関係は常に騙し合いの化かし合いかもしれない。
自分のみすぼらしい容姿や思考を他人に知られたくないのであり、
そのためにあれやこれやと過剰な装飾を施して、
夜郎自大な虚勢を張ったり、
こけおどしの理論武装をして知性的に見せようとする。
もちろんその程度の稚拙なレベルでは、
他の多くの人に見透かされて、
それを執拗に繰り返せば、
次第に馬鹿にされ相手にされなくなって行くわけだが、
そうではない知恵者も中にはいて、
そういう人たちが他の人たちをうまく利用し操りながら、
人々の中から頭角を現してきて、
気がつけば社会の中で一定の勢力を率いているわけか。
フィクションの中ではそうなのかもしれないが、
現実の世界ではそればかりではないだろう。
愚かな人でも組織の後押しがあれば指導者になれるし、
そういう人が組織の頂点に立っていることによるメリットがあるなら、
多くの人たちが周りからその人をサポートしてくれるのではないか。
歴史上でも暗愚な人が世襲か何かで
国家の頂点に立った例などいくらでもありそうだが、
それの良し悪しをどうこう言ってみても始まらない。
そこにもそれを成り立たせるだけの知恵があるということか。
あるいはいったんそういう成り行きになれば知恵もくそもなく、
そういう方向へと事態が進んでしまうのだろうか。
なんらかの思惑が介在しているのだろうが、
どうすればそれを防げるかではなく、
そうなってしまった後からどうするかが問題なのかもしれないが、
今のところは何をどうしたいわけでもない。
制度は制度としてあり、
その制度に則って
多くの人たちが良かれと思うことをやっているわけだ。
しかし何が起こってしまったのだろうか。
例えばそれは原発事故が起こってしまったということか。
それが取り返しのつかない大惨事かどうかは、
そこから利益を得ているか否かで見解の分かれるところだろうか。
それどころではないと言いたい人たちが、
大勢で他の原発の再稼動に反対しているわけだが、
どうも今のところは体制側には聞き入れてもらえないらしい。
動かすことでもたらされる利益をあてにしている人たちにしてみれば、
一刻も早く再稼動させてもらいたいのだろう。
よその国では実際に多くの原発が稼動しているのだから、
たとえ火山噴火や地震が多発していようと、
安全対策に万全を期せば
再稼動に問題はないはずだと思っているのではないか。
もっとも何が万全なのかをめぐっても、
推進派と反対派で見解の分かれるところなのだろうが、
たとえ再稼動させてまた事故が起ころうとも、
原発推進派はまったく懲りないだろうし、
そこから現実に利益が得られる限りは推進派であり続けるだろう。

結局は科学的な効率性や合理性などではなく、
要するに功利主義なのだ。
人々はそこからもたらされる利益に群がり、
その恩恵にあずかりたい。
いったん出来上がってしまった利益供給システムを
やめるわけにはいかず、
そのシステムに多くの人が携わっていることがものを言うわけで、
それらの人たちが政治権力や産業界と癒着しているのだから、
なおさらやめるなんてありえないのであり、
やめることが自分たちの死活問題だとするなら、
やはり執拗に原発を再稼動させようとするのではないか。
そうなると今後何らかの新エネルギー革命でも起きて、
世界の趨勢が原発を時代遅れの遺物と見なすようになるまでは、
やはり原発は稼動し続けるだろうか。
現状の延長ではなく、
真の破局的な出来事によって文明そのものが滅亡して、
原始時代に逆戻りにでもなれば話は別だろうが、
例えばドイツなどのように理性の力で原発をやめようする試みは、
どうも今のところ他の国々へは波及しそうもなさそうだ。
無論ドイツは他の分野で功利主義が徹底していて、
そっちで稼いでいるから
原発をやめても損ではないという皮算用なのだろうし、
一方隣国のフランスなどは原発に依存し過ぎていて、
今ところはやめたくてもやめられないわけで、
その辺は国ごとに事情が異なるわけだが、
人や組織の功利的な思惑で成り立っている現代文明が、
いったいこの先いつまで続くのだろうか。
理想状態では利益など出なくても、
必要な量だけ物や情報を生産し、
それを必要な人や組織に分配し、
そこで必要な量だけ消費されれば何の問題もないわけだが、
やはりそれでは気が済まないわけで、
他人より良い物や情報をより多く受け取りたいし、
そこに格差をつけて、
自分はより高級な物や情報を得られる階級に属したいわけだ。
なんの理由も根拠もなく万人が平等な立場でいては困るわけで、
自分は他人より優れているから、
良い家柄の出だから、
金持ちだから、
人の上に立っていると思いたい。
思いたいのではなく無意識のうちに体現しているのであり、
それをあからさまに口に出すようなマネはしないだろうし、
普段から黙ってはいても、
高級ブランド品をさりげなく身にまとい、
高級住宅街などに住んでいれば、
そのようなオーラが嫌味なく自然と
その身から発せられるのではないか。
そのような現象こそが文明そのものの特性だと言えるだろうか。
果たして今後そのような文明とは異なる新たな文明がどこかで発祥して、
それが全世界に広まるような事態になるのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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