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彼の声

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彼の声 2015.4.25 「ピエロとチンドン屋」

2015/04/26

とりたてて何を批判するでもなく、
でも結局何かを批判していることになるのだろうが、
たぶんそんな状況を嘆きたいわけでもないのだろう。
批判からも見放された悲惨な人たちなら世の中にいくらでもいる。
でもそんな人たちを哀れんでも仕方ないだろう。
そうやって無視されている対象がどこかで幸せに暮らしていようと、
あるいは不幸な境遇にあろうと、
そこにはなんらかの可能性があるように思われる。
それはいつか転機が訪れて、
その境遇が変わる可能性ではなく、
その状態で何かの兆しを感じ取れる可能性だ。
それを感じ取ったところでどうなるわけでもないのだろうが、
人は遠からずそれに気づいてしまうわけで、
そこでいくら勝手な想像や空想を膨らまして、
自分の思い通りになる結末を幻想したり妄想しようと、
そうはならないだろうことがわかってしまうわけだ。
どうにも変わりようがない状況が、
人にそれを悟らせ、
そこで行く末が固まってしまう運命にあることを教えてくれるわけだ。
そしていったんそうなってしまったら、
その後に待っているのは予想通りの結末だろうか。
予想通りとは自分で気づいた通りの結果がもたらされる。
本当にそうなるだろうか。
では実際にはどうなってしまうのか。
例えばそこで眠っていたら夢でも見ているのではないか。
あるいは目が覚めていたら気が狂ってしまうだろうか。
そんなはずがない。
どう考えてみてもそれほど深刻な事態ではなさそうだ。
別に何を危惧しているわけではない。
それどころか至って楽観的に物事を考えているのかもしれない。
物事もその推移も変化も、
気が狂ったり取り乱したりしない程度に受け止めてしまうだろう。
何が起こっても不思議でないわけではなく、
予想通りの結末だったのだから、
冷静に平静を保ちながら結果を受け止めるだろう。
その時点でもはや厄病神から解放されて、
肩の荷が軽くなったわけだから、
何を深刻ぶっても違和感しか残らず、
後はあるがままの現実の中で生きていくしかないのではないか。
そして知らない間に転機が訪れていることに気づくわけか。
そこまではなかなか気づくきにくく、
知らないうちに今までとは別のことをやっていて、
それが当然のことのように思われてしまい、
疑念を抱く隙もなく、
そんな状況の中で生きているわけだ。
しかし睡眠中の夢の中でもないのに、
本当にそんな状況になるだろうか。
ならなければそれが勝手な妄想で、
誰かが構築したフィクションの一部だとでも思えばいいのだろうか。
それも的外れのような気がする。
わかっているのにわかっていることに逆らい、
わざと疑念を捏造しているだけかもしれない。

しかし人は本当にそれを悟れるのだろうか。
自らも思考も動作も行く末も固まってしまったことに
気付けるだろうか。
多くの人たちは気づいているのではないか。
中には気づいていながら
それに逆らっている人もいるのかもしれないが、
気づいているからこそ逆らうのであり、
逆らっている間はそれを忘れていられるから、
そういう人は毎日必死で自らの運命に逆らっているわけだ。
そしてそういう人を側から見ていると滑稽に見え、
その言動の内容が身の丈を大きく逸脱しているから、
それを真に受けるわけにはいかず、
そういう人とはまともに関わる気になれないのだが、
当人もそれに気づいているはずなのに、
なぜ強引にピエロやチンドン屋のような行為に及ぶのだろう。
本当はそんなことはやりたくないのだろうが、
もはやそれしかできないのか。
要するにそういう方向で
思考も動作も行く末も固まってしまったわけか。
それは悲しくも哀れな事態だろうか。
別にそうは思わない。
そうなるべくしてなってしまった
と思っていればいいことでしかない。
当人がどう思っていようと、
まだ自分にはなんらかの可能性があると思っていようと、
周りの人たちは
そんな当人の思いなど無視していればいいのではないか。
ピエロにもチンドン屋にもそれを本業としている人がいるのであり、
まともな神経でそれを演じている限りは、
それはそういう演技であり、
ピエロもどきやチンドン屋もどきとは異質だ。
そのもどきのような行為に及んでいる人は
あくまでもアマチュアであり、
そんな行為は正当に評価することとも
否定することとも無関係なのだろう。
だからそれをやり続けたければ、
勝手にやらせておけばいいのであり、
当人の気が済むまでやっていればいいことでしかない。
だから別にわざと冗談の類いだと思っていてもかまわない。
そんな人など存在しないかのように振舞っていても、
別にひどいことでもないだろう。
もしかしたらすでに多くの人たちに見捨てられていて、
もはや廃人や隠遁者となっているのかもしれない。
たぶん実情がそうなっているとすれば、
なおのことそんな受け入れがたい境遇に逆らいながら、
ひたすら気丈に強がって見せるのではないか。
それを見せたい人を求めているわけだ。
自分の生き様を他人に見せつけることが
生き甲斐となっているのかもしれない。
誰でもいいから振り向いて声をかけてもらいたいのだろう。
だが現状ではそれをやればやるほど、
ますます惨めな境遇に拍車がかかり、
より一層ピエロやチンドン屋のような行為を強いられてしまうわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
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