文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.4.22 「神秘思想」

2015/04/23

所詮は世界が変わるなんて思うのは幻想でしかない。
でも変わることは確かだ。
現実に変わり続けていて、
誰の思い通りに変わるわけでもないだろうが、
いつかは誰にも実感できるほど劇的に変わるのではないか。
幻想でしかないのなら、
その程度に思っておけばいいことでしかない。
だから変わる変わらないかなんてどうでもいいことかもしれない。
いずれなんらかの形で転機が訪れるだろう。
ただそれがいつになるかはわからない。
だからそんな機会を待っていても無駄なのかもしれない。
ただ黙って何もせずに待っているわけではないが、
ついそれを期待してしまうわけか。
現状に批判的な人たちは、
確かに何かが変わることを期待してしまうわけだが、
誰の期待通りに変わるとも思えず、
思い通りの変化を期待しても無駄なのだろう。
だから無駄に適当に期待しているわけで、
確実に特定の何かが変わることを期待しているわけではなく、
ただ漠然とそんな思いにとらわれているだけかもしれない。
未来を妄想するばかりで足元の現実から目を背けている。
要するに状況を把握できずにいるのではないか。
これから何が起こるのか感知できないらしい。
でもそんなことは誰もがそうなのではないか。
何を把握し何を感知したいとも思えないから、
ただ漠然と未来に対して変化を期待することしかできないわけだ。
現時点ではそんな認識でかまわないのか。
かまわないわけではなく、
何か現状を変えるために行動しなければならないのだろうが、
そこで手段を見出せずに考えあぐねている。
しかもそれでもかまわないと思われてしまい、
何もできずにいるままの現状が続いているわけか。
いたずらに時ばかりが経ち、
気がつけば何もできずに終わっている可能性も無きにしも非ずか。
それも未来に関する幻想の一部かもしれず、
今は焦らずに転機がやってくるのを待つしかないわけか。
そして向こうから何がやってくるわけでもないことを
身にしみて感じている最中だろうか。
嘘をついているのかもしれないが、
それでもかまわないのだろう。

それは言葉によるはぐらかしであり、
否定的に感じられるとしても否定することはできず、
現にやっていることを認めなければならないのだろう。
そのやっていることをやり続けることしかできない。
それが思い違いなのかもしれないが、
たとえ思い違いであっても、
それを続けている現状があるわけで、
今さらやめるわけにはいかないのだろうか。
それをやめるやめないに関わらず、
そのような判断を超えて現実の中に意識がある。
この世界の中には何の神秘もなく、
この世界があること自体が神秘だ。
かつて誰かがそんなことを述べていたかもしれないが、
現実の中に意識があること自体は当たり前のことで、
そこから神秘思想など導き出せないのではないか。
やっていることがうまくいくわけでもないのに
やり続けていることに、
どんな神秘があるわけでもない。
たぶんこのままやり続けてもうまくいくはずがない。
どうなればうまくいくのかという事例や模範的な答えがないわけだ。
それともこれでうまくいっていることになるのだろうか。
ある部分ではうまくいっていて、
別の部分ではあまりおもわしい結果は出ていないとなるわけか。
それは妥協的な物言いでしかなく、
それでは現状を真に把握しているとは言い難いか。
しかしありのままの現状を感じ取ってどうするのだろう。
人がそれを感じ取ろうとする限り、
それはありのままの現状ではあり得ず、
それを感じ取ろうとする思いが反映された現状を
感じ取れるだけではないのか。
その現状の中にいる者の都合が反映された現状を感じ取っていて、
それをフィクションといってしまえばそこで終わってしまうが、
そんなふうにしか現状を把握できなとすれば、
それがその者の限界であり、
それ以上に現状を把握するのは不可能なのかもしれない。
そんなわけで人は真の現実を把握できず、
人の意識はいつもその人の都合が反映した
虚構の現実の中に存在しているわけか。
存在という言い方も語弊があるのかもしれず、
意識が存在しているように想像しているだけで、
それが真に存在しているわけではないのではないか。
だが真の存在とはなんなのか。
意識で事物を感じ取っている限り、
その存在は意識の中の想像物に過ぎず、
真の存在とは言えないのではないか。
しかしそういう問答に終わりはなく、
やればやるほど堂々巡りを繰り返すばかりで、
決して真の存在にも真の現状把握にも辿り着けないだろう。
もしかしたらたどり着こうとしているそれら自体が、
あり得ない虚構でしかないのかもしれず、
そんなものに辿り着こうとする必要はなく、
意識はそれを想像するにとどまるべきで、
何事もそれ以上を求めるのはやめたほうがいいのだろうか。
それ以上を求めようとすれば、
それは神秘思想に至るだけか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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