文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.4.16 「見世物興行」

2015/04/17

何かこの先想像を絶することが起こってほしいのだろうか。
地球上に巨大な隕石でも落下して
大惨事でも起こることを期待しているわけか。
それは宝くじに当たるより確率の低いことだろうか。
それとも直接の被害は免れたものの、
数年前に地震と津波と原発事故を経験して、
そう思う癖でもついてしまったのだろうか。
というかそんなことを期待してしまうこと自体が
気が滅入っている証拠で、
本当にそんなことぐらいしか希望がなくなってしまったとするなら、
すでに何もかもが終わっているのではないか。
終わっているということは、
人間としてもはや廃人状態ということか。
冗談の範囲内ではそうかもしれないが、
いくら冗談だと強がってみても、
実際はそうでもないのではないか。
現実に何が示されているわけでもなく、
それが不快なのは誰もがわかっていることだろうか。
できればそれに気づかないままにしておきたいのだ。
話の細部を語らなければならないのに、
いい加減なままにしておきたい。
それらの関係をはっきりさせてしまうと逃げ道がなくなってしまい、
面と向き合うことになり、
ごまかしがきかなくなるわけで、
そうなるとまずいわけだ。
だから人はいつまでも幻想を抱いていたいわけで、
なるべく真実に直面しないようにしている。
自分が思っていることもやっていることも
なんでもないことでしかないのに、
そうであってはまずいし困るのではないか。
そんなことを自覚してしまったら何もできなくなってしまう。
ではそうならないようにするにはどうしたらいいだろうか。
自分のやっていることや思っていることに関して、
それらが何か意味や意義があるように
見せかけなければならないわけか。
結局はそれを信じることしかできないのであり、
自分が思っていることややっていることが、
必ず何かをもたらすと信じていていたいわけだ。
自分に報い世の中に報いるようなことを
やっているつもりにならないと、
やはり何もできなくなってしまうだろうか。
だからそれが幻想そのものなのだろうか。

たぶんそうであり、
そんなことは百も承知のはずだが、
納得していないのではないか。
それでも人は人に期待している。
何かをやってくれることを期待しているのではないか。
政治家やテレビ番組の司会者などからプロスポーツの選手まで、
彼らを見ている人たちは、
見ている対象となる人物や団体や番組に期待しているのだろうし、
自分たちの願望をそれらの人たちに託しているわけだ。
自分たちの代わりに何かやってほしいのであり、
自分たちができないことをやってほしいのではないか。
それが身勝手な要求なのかもしれないが、
彼らには夢を託すだけの何かがあるのだろうか。
彼らにはそれをやる責任があって、
彼らはその責任を引き受けているわけか。
なぜ彼らは引き受けなければならないのだろうか。
みんなの希望を叶えるために、
人々を代表してそこで何かをやっている自覚でもあるのだろうか。
彼らが本当にそう思っているのなら、
是非それを実行してもらいたいだろうか。
彼らが一般人には到底手にできないような
大金を稼ぎ出すのと引き換えにして、
彼らに期待している人たちの夢や願望を叶えてやっているわけか。
しかしそれは本当に人々の夢や願望なのだろうか。
国会議員は彼に投票してくれた人たちの夢や願望を叶える義務があり、
テレビ番組の司会者はその視聴者がやってほしいことを、
番組の中でやらなければならず、
プロスポーツの選手は試合に勝つことで、
応援している人々の声援に応えなければならないわけか。
たぶん彼らにはできることとできないことがあるのではないか。
できることといえばそれは、
応援している人たちに感謝することぐらいだろうか。
そしてそれとは別に彼らには彼らなりにやるべきことがあり、
それのやるべきをやれば大金がもらえて、
それが彼らが稼いだ報酬なのであり、
彼らが受け取るべき金で、
彼を応援してくれる人々が受け取るべき金などではなく、
応援してくれる人たちは逆に、
なんらかの形で彼らに金を払っている人たちなのではないか。
国会議員には税金として金を払い、
テレビ番組の司会者には
番組を提供しているスポンサーの商品を買うことで、
そこから金が回っていくのだろうし、
NHKなら受信料から金が回っていくわけで、
プロスポーツの選手なら直接見に行くなら観戦料から出ているし、
テレビ中継なら放映権料から出ているわけだ。
ではそれが何を意味するのだろうか。
それらを見ている人々と彼らの間にはどんな関係があるわけか。
なんの関係もないわけではないが、
何か直接のやり取りがあるわけでもなく、
ただ何かをやっている人たちとそれを見ている人たち
という関係でしかないわけだ。
しかし他の二つならまだしも、
国会議員はそれらとは違うだろうか。
彼らには彼ら特有のやるべきことがあり、
それは彼らに投票した人たちに成り代わって
やらなければならないことか。
法律的にどうかは知らないが、
なんとなくそうではないような気がするわけで、
彼らにそんな責任はないような気がしてくる。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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