文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.4.8 「生存競争を繰り広げる者たち」

2015/04/08

何か思い違いをしているらしい。
それが未だにわからないのだろうか。
わからないままならそれでかまわないのではないか。
問題に気づいたところでその都度対処すればいい。
気づかないのならそのまま暮らしていればいいのだろう。
そのうち何かに気づくだろうか。
そう願いたいものだが、
気づいてみないことにはそれがなんだかわからないはずだ。
しかし意識は何に気づこうとしているのか。
そんなことが意識にわかるはずがなく、
気づくまではわからないわけだ。
気づこうと努力しているわけではなく、
気づくまで待とうとしているわけでもなく、
気づくか否かとは無関係に暮らしているのではないか。
だから気づかないわけか。
といっても気づきようがないのなら、
それでかまわないはずで、
これからもそのまま暮らしていくしかないだろう。
それにしてもいったい何に気づいていないのか。
思違いをしているというのが嘘なのかもしれない。
何も間違ってはおらず、
それは思った通りのことなのではないか。
では何が思った通りのことなのか。
別に何に気づいているわけでもないことが、
思った通りのことでもないはずか。

物は言いようだ。
物がいうわけではなく、
人が何かを言っている。
何か情報を伝えようとしているのかもしれない。
文章を読み、
それについて何か語ろうとしているのかもしれない。
言っているのは文章の中でのことか。
語ろうとしているのは誰でもない。
では何をはぐらかそうとしているのか。
何をはぐらかしたいわけではなく、
そのように語っている成り行きの中に意識がある。
物が何を言っているとも思えないが、
人も物の一種だ。
それは動く物であり、
動物という範疇に入るのだろうか。
そしてしゃべる動物が人の定義となるだろうか。
インコや鸚鵡もしゃべるが、
人の真似をしてしゃべっているのではないか。
それはしゃべるのではなくさえずっていると表現され、
イルカやクジラの類いもしゃべるらしいが、
それは鳴いているとなるわけか。
何かしら意思疎通の手段として、
動物にはそのような機能が備わっているのだろう。
ネアンデルタール人などの旧人類は、
現生人類よりしゃべる能力が劣っていたから、
それが原因で絶滅したという説があるが、
チンパンジーやゴリラなどの類人猿は、
生息域が競合していなかったから絶滅しなかったのだろうか。

人類同士でも過酷な生存競争があり、
競争に敗れ去った者たちは生息環境を追われ、
死ぬか別の土地で生きてゆくしかないのだろうか。
表向きはそういう時代ではなくなったはずだが、
ネット上や実社会の中で居場所が競合関係にある者たちは、
自分の居場所を確保するために、
対立する相手と競争の最中なのかもしれない。
なかなか共存共栄とはいかず、
自分が繁栄するためには
邪魔となる者たちを攻撃してやり込めなければならないらしく、
その際競合相手に対して
自らが存在する正当性を主張したがる輩が多い。
そこで言葉が物を言うのだろうか。
相手の主張がいかに不当か、
そして自分の主張がいかに正しいか、
その理由を語らなければならないのだろう。
そしてその理由に説得力がなければならないようだ。
自分の主張に賛同する仲間を必要としているわけだ。
そしてその仲間と連携して相手を攻撃し、
あらゆる手段を使って攻撃対象を排除しようとする。
人間社会の中で日々繰り広げられているのは、
そんなことの繰り返しでしかないのだろうか。
だが一方でそんな不毛な争いから脱したいとも思っているはずだが、
そこで及ぼされる力は常に不均衡で、
そこに居座り続けられる場所にも限りがあり、
すべての者が居座るには狭すぎ、
力のない者は排除され、
挑戦者を退けた強者だけがそこで存在し続けることができるわけだ。

そのような競争に勝つことが正義なのだろうか。
何が正義であるかは
立場や状況によって見解の分かれるところかもしれないが、
人が活動している限りはなんらかの競争は避けられず、
狩猟採集民でさえ他の大型肉食獣と競合関係にあるわけだ。
そしてそこに農耕民が入って来れば、
森が切り開かれて田畑に変わり、
狩猟採集民は森の奥地へと追い立てられ、
森がなくなれば絶滅する運命にある。
そして農耕民も他の産業に従事する人々との競争に負けて、
利益を出すために少人数で大規集約化を強いられ、
かろうじて他の産業に従事する人々の食料確保のためだけに、
利益率の低い農業は儲けるな、
などと差別的に見下されながらも、
必要最低限の生活ができるだけの不快な境遇に甘んじているわけか。
他の産業でも、
最底辺で低賃金の肉体労働に甘んじている人たちがいて、
どのような業種であれ、
そこで人が人を使う関係が成立すると、
人を使う立場の人間が相対的に高い賃金を得るようになり、
そこに階層構造が出来上がり、
競争に勝ち上がって上の階層の立場になればなるほど、
少人数で高い賃金を得られるわけだ。
そしてその競争に勝ち残った一握りの少数者に権力が集中する。
またそれらの階層構造の総体が
官僚機構や企業などの組織や団体となっていて、
その存在そのものが人間同士の競争を正当化しているわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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