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彼の声

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彼の声 2015.2.27 「『邪馬台国』論争」

2015/02/28

不鮮明な印象から脱するために言葉を弄して、
何かはっきりした認識に至りたいのだろうか。
なんだか漠然とした気分でいることが歯がゆいのかもしれない。
そんなはずがなく、
わかっていることはいくらでもあり、
そのわかっていることを基として言葉を組み合わせれば、
何かはっきりしたことが述べられるだろうか。
相変わらず何を語ろうとしているのでもなく、
とりとめのない言葉を組み合わせて、
焦点の定まらない言葉の連なりを記してしまいそうだ。
しばらくは意味不明でしのぐしかないだろうか。

ユーチューブで「邪馬台国」関連の動画をいくつか見ていて、
大して興味を惹かれたわけでもなかったが、
メディア的にはいわゆる「邪馬台国論争」と呼ばれる論争があるようで、
それに関して自説を熱く主張している人たちがけっこういるようだ。
別に「邪馬台国」自体が何か世界史的に重要な存在というわけでもなく、
中国の『三国志』の中の「魏志倭人伝」という部分で、
ちょっと触れられている程度の国で、
紀元三世紀ぐらいの中国の周辺国の一つに、
「邪馬台国」と呼ばれる国があったらしく、
当時中国で三つの国に分裂していたうちの一つである
魏が領有していた朝鮮半島西海岸の帯方郡から、
例えば学説の一つが唱えている
水行十日陸行一月で行ける場所にあったと判断すれば、
そこに行くまでの途中に記されている他の国が、
対馬と壱岐と北九州にあったらしいことは、
現在の地名などに照らし合わせて確かなようだから、
普通に考えればそれらの国と近い
北九州のどこかにあったと考えるのが妥当な解釈かもしれないのだが、
どうしてもそれを
古代の大和朝廷(ヤマト王権)と結びつけたがる人たちがいるらしく、
そういう人たちが、
九州から遠く離れた
近畿地方に「邪馬台国」があったとする説を唱えていて、
しかもそれがその手の学会の主流をなしているようで、
その辺から話がややこしくなっているみたいだ。

そういう歴史学とか考古学とかいう学問分野内にも、
派閥だとか政治的な権力関係があり、
それと現代の国家の勢力関係も結びついて、
さらに事態をややこしくしてしまい、
そういう権力志向の人たちが、
なんとか自分が属する学閥や派閥に有利になるような主張を
唱えたがるみたいで、
そうした思惑が歴史を歪曲しているとまではいかないにしても、
特定の民族だとか国家とかいう概念を過去に投射して、
今ある国家的な勢力を正当化する手段にも
使いたがる人たちもいるらしく、
その辺で歴史の政治利用という、
またややこしい思惑が
その手の人たちの意識に生じているのかもしれず、
結果的に困った事態を招いているのだろうか。

別に困っているわけではなく、
論争を活性化させて
それに関わっている多くの人々を楽しませているのだろうか。
ともかく考古学的な発掘作業から、
紀元前後数百年間のいわゆる弥生時代と呼ばれる時期において、
朝鮮半島南部から日本列島にかけての地域で、
倭人と呼ばれる人々が暮らしていたらしいことはわかっているようで、
無数の部族単位で小国を形成していたと想像され、
その中から山陰の日本海沿岸の出雲地域や
北九州の勢力が優勢になってきて、
地域ごとにまとまって部族連合国家のようなものを形成し、
それらの連合国家同士でも戦争して、
さらに大きな国家を形成したりしながら、
紀元三世紀ぐらいになると、
近畿地方の今の奈良県南部あたりの地域に、
ヤマト王権と呼ばれるこれまた有力な部族連合国家が生まれ、
他の地域の部族連合国家との争いや連合などを経て
さらに勢力を拡大して、
ようやく七〜八世紀になると、
のちに日本国と呼ばれる広範囲を勢力圏に治める
中央集権的な国家になってきたわけだ。
もちろんそれも日本が独自にそうなったわけではなく、
中国や朝鮮半島で同じように中央集権国家が生まれたから、
それに影響を受けて日本でもそうなったわけで、
律令制と呼ばれる国家の中央集権的な政治制度も、
その時期の東アジア全域で流行った。

たぶんその程度の認識でかまわないと思うのだが、
八世紀の奈良時代と呼ばれる時期になると、
『古事記』とか『日本書紀』とかいう、
神話や歴史書物の類いが編纂され、
それらが国家の存在を正当化するイデオロギーや
政治的意向や思惑を含んだ内容となっていて、
それが一定の求心力をもち人心を掌握し始めると、
やはり事態がおかしな方向へと進展してくるわけだ。
そして現代人でさえもそれらを利用して、
例えば万世一系の天皇家の神話が、
一部の人たちにとっては
あたかも真実であるかのごとく信じられていたり、
それが世界に誇るべく民族の伝統とか思われ、
自己正当化の根拠とされたりして、
自身過剰な選民思想とも結びついたりしているわけで、
そうなってくると、
民族とか国家とかの相対性や流動性が無視されたり、
おかしなこだわりや価値観に凝り固まってしまう弊害が
生まれてくるのではないか。

「邪馬台国」自体はその存在を裏付ける考古学的な発見があれば、
別にあった場所が近畿でも九州でもかまわないだろうが、
そんな国があろうとなかろうと、
世界史の中では大して重要なことだとは思えないし、
四大文明と言われる世界の主要な古代文明の周辺地域には、
その手の国はいくらでもあったのだろう。
ただそれが日本ローカルな現象で、
何か該当地域でそれらしい遺跡が発掘される度に、
マスメディアがセンセーショナルに取り上げた経緯が、
いったい何を意味するのか、
その辺がよくわからないし、
不可思議な現象なのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
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