文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.2.23 「企業の利益追求活動の結末」

2015/02/24

何もなければ、
語るとなるとフィクションとなるしかないだろうか。
そんなわけでこれも一つの作り話となってしまうのか。
近頃は言葉の組み合わせの加減の調整が
うまくいっていないようで、
結果的に思いがけずおかしな方向への語りとなり、
気がつけば話がこんがらがっているようだ。
別に金を稼ぎたいわけではなく、
できれば稼がなくても
手にできるような方法があればいいと思っている。
だがもうそれだけでさもしい魂胆が見え透いているだろうか。
金は世の中にはいくらでもあるが、
ただその金をいくらも手にしていない現状があり、
仕事をしなければ金など入る当てなどないわけだが、
仕事がないわけではなく、
仕事はいくらでもあり、
ただやりたくない仕事ならいくらでもあるわけだ。
しかしやりたい仕事とはなんだろう。
要するに仕事をやりたくないわけだ。
仕事をやらずに遊んでいたいわけで、
遊ぶためには金がいるということか。
人がやりたがっているのは遊ぶことだろうか。
無い物ねだりとはこういうことだろうか。
その理想と現実との間の落差が大きければ大きいほど、
そこで感じる絶望も計り知れないほど大きいだろうか。
人はやりたいことを断念してから、
その代わりに何をやるのだろうか。
その場の成り行きに従って、
何かをやっているのではないか。
そしてそのやっていることが
やりたくないことだったりするのだろうか。
だがそれがどうしたわけでもなく、
要するにやりたくないことをやりつつも、
まだやりたいことをあきらめてしまったわけでもないということか。
そこに袋小路があり、
行き詰まりがある。
結局何もできなくなっているわけだ。
やりたくないことすらできなくなっていて、
すでに何もやれずに寝たきり老人と化しているわけか。
そうならないうちに手を打たなければならないが、
たぶん取り立てて打つ手もなく、
何もできない架空の誰かが死に瀕しているわけだ。
しかしそんなくだらぬ想像から何を導き出せるだろうか。
自らの精神の危機と、
架空の誰かが死に瀕していることとはなんの関係もないことだ。
そんなフィクションで語られる偽りの死が救いなのではないか。
誰かが信じている宗教的な逆説とはそういうことかもしれない。
そして自分が生きているうちに
何かをやり遂げなければと思うことも
幻想の類いかもしれず、
実際には何もできないまま死んでしまうのではないか。
それが今ここで直面している現実だろうか。
要するに何も危機ではなく、
ただ死の幻想とそれが危機だと勘違いしていることと、
何もできない現状とがシンクロしていて、
ただそんな言葉を記しているとわけがわからなくなって、
心身の変調と妄想とが勝手に結びつき、
なんとか行き詰まりを打開しようと焦ってしまうらしい。
そしてそれが何をもたらしているのでもなく、
記している言葉の組み合わせの傾向が、
いつもとは趣が異なるような気がしているだけかもしれず、
それで何が解決するわけでもないことはわかっているが、
とりあえずそれで現状を変えようとしているつもりに
なりたいのだろうが、
それでもまだそれほど
自らの死が差し迫っているとは感じられないのは、
まだその先に何かがあるような気がしてならないからか。
そうだとしても
おかしな方向へと外れながら言葉を記している現状を、
どうすることもできはしないのではないか。
そんなわけでいくら意識しても、
記述が人の意志から外れて暴走してしまうことはありそうだ。

経済活動とはつまるところ市場の独占を目標としているのだろうか。
例えばアップルだのアマゾンだのグーグルだの
マイクロソフトだのエクソンモービルだのウォルマートだのの
巨大多国籍企業にとっては、
その企業が取り扱っている産業の分野での市場の独占が、
活動目標となるだろうか。
そのつもりで活動していないと、
たちまちライバル企業との競争に負けてしまうだろうか。
国家はそんな巨大多国籍企業から国民を守る義務でもあるわけか。
だが守るとはどういうことなのか。
それらの企業に利益を吸い上げられて、
自国民が窮乏すれば自国も窮乏してしまうということだろうか。
それとも自国の企業がそうなってしまえば、
自国に利益がもたらされるから、
自国の企業がそうなるように
国家が後押ししなければならないだろうか。
そしてそうした企業同士が熾烈な競争を繰り広げれば、
競争に勝ち抜いた企業が
負けた企業を吸収合併しながら寡占化が進み、
やがて世界には各産業分野で一社ずつの
超巨大企業しか存在しなくなり、
それで企業間競争も終わり、
結局必要な物資を必要なだけ生産する
共産主義社会が到来したりするだろうか。
結局なんだかんだ言ってみても、
神の見えざる手によって、
世界は共産主義社会に向けて歩んでいるわけか。
たぶん今のところは誰も
そんなフィクションなど信じていないだろうし、
数知れぬ企業が世界中で活動している現状から考えれば、
そんなのはあり得ないことだろうが、
人の意識とは無縁の企業の利益追求活動の究極の目標は、
それに携わっている誰の意志からも外れて、
そんな結末を目指しているのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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