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彼の声

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彼の声 2015.2.22 「国家をなくすには?」

2015/02/23

人が人として、
あるいは集団としてやっていることは、
簡単に言えば、
物や情報を採取し、生産し、流通させ、
交換し、蓄積し、消費することだ。
そしてそれらの過程において、
人や集団が互いに連携し、協力し、競争し、抗争しあいながら、
互いが互いに力を及ぼしあい、
そんな動作を延々と繰り返している。
そして人が扱っている物の中には人自身も含まれ、
人は人を採取し、生産し、流通させ、
交換し、蓄積し、消費しているわけだ。
もちろん人が人を利用するときに使われる言葉はもっと穏便で、
人材活用とか、教育とか、啓蒙とか、
なるべく抵抗感を抱かせないような語彙を使っているわけだが、
本質的に人は人を物として扱い、
人の動作に活用し、
役立てていることに変わりない。
そしてそれらの動作が、
なんのためにそのような動作が行われているのかについては、
たぶん明確な理由はないのではないか。
ただ人は個人としてあるいは集団として、
そのように動作している。
そこに目的やその根拠をなす欲望や、
利益や名誉や栄光のためになどという、
自己満足的な理由付けをしてみても、
それらはただ言葉の言い換えに他ならず、
意識の中で似たような意味を担う言葉がぐるぐる回っているだけで、
明確な動作の根拠にはたどり着けないのではないか。
例えば人は人という種の存続のために
そんなことをやっているのだろうか。
それも生物学から導き出された学問的な理由付けに過ぎない。
時として人はそういう理由付けや根拠付けにすがって、
なんとか自らの存在と動作を正当化しようとするわけだが、
そのような正当化願望こそが、
そんな存在と動作を認識することからきているのであって、
やはりそこでも答えにならない言葉がぐるぐる回っているばかりだ。
だから安易な理由付けや根拠付けの思想に
とらわれるわけにはいかないのであり、
そういう思想をもととした信仰や宗教の類いにも、
知り得ないことを知っているかのように装う
欺瞞が付きものなわけで、
そういったものに無理にすがりつく必要もないわけだ。
そしてそういったものの最たるものが、
国家を中心とした制度や仕組みなのだろうが、
そこに実際に世界のほとんど全ての人たちが
束縛されている現実がある限りは、
どうしてもその存在や存在の理由付けを信じるしかない立場に、
ほとんど全ての人たちが追い込まれているわけで、
何をやるにも何を考えるにも、
国家の存在を前提として思考し行動している現状があるわけだ。

国家の何が問題となっているのだろうか。
それは暴力によって人を支配しようとする行為だ。
暴力はそれを及ぼす相手の同意を得ずに、
一方的に力を及ぼそうとする行為だ。
国家が存在するためには、
その暴力が欠かせない。
それは力が及ぶ範囲内に人を拘束し、
そこから強制的に税を取り、
その税金によって国家を構成する官僚機構を養おうとする。
その税金を強制的に徴収する行為が、
国家を合法的な強盗団に仕立て上げている。
たぶん税金のない国家はあり得ないだろう。
税金がなければ国家を担う官僚機構を自前で養うことはできない。
今後国家の存在と国家による暴力行為をなくすには、
税金をいかにしてなくすかが、
その鍵となってくるのではないか。
それにはまず人が金がなくても生きて行けるように
しなければならないだろう。
しかもそれは大昔の狩猟採集生活に戻るというのではなく、
今ある資本主義市場経済の中でそうならなければならないわけだ。
要するに現状をさらに推し進めればいいということだ。
そして現状に新たな何かを付け足せばいい。
その付け加える何かが、
世界を変えるきっかけとなる何かだ。
今のところそれはあり得ない妄想でしかないが、
時が経ち、
時代が進むにつれて、
それが次第に明らかとなってくるのではないか。
金がないと生きていけない資本主義市場経済の中で、
なぜ金がなくても生きて行けるようになるのか、
その二律背反を生じさせるにはどうしたらいいか、
現状ではそんなことなどわかるわけがないし、
下手なこじつけや屁理屈なども無用だろう。
要するに必要に応じてそうなるのではないか。
このまま貧富の格差が広がれば、
極端に金を持っているほんの一握りの人たちと、
ほとんど金も資産もない大多数の人々に分かれれば、
ほとんど大多数の人たちは金も資産もないのだから、
それでも生きてゆく方法や手段を自ずから見出すだろう。
今の時代ではそんなことはあり得ないかもしれないが、
そんな状態が当たり前の時代になれば、
それに応じた生き方が大勢を占めるようになる。
今想像できるのはそんなことでしかないが、
そんな時代が到来すれば、
現時点での想像を超えたありえない事態も生まれているはずだ。
それを今から想像するのは無理だろうが、
結局大昔の狩猟採集生活をしていた人々には
想像もできなかった生活を、
現代人がしているわけだから、
現代人が想像もできないような生活を、
未来の人々がしている可能性は十分あるだろうし、
現時点で問題となっていることが、
人の同意なしの暴力で人を支配しようとすることであるからして、
未来に向けてそのような暴力をなくそうとする試みも、
当然なされていくのではないか。
そのような試行錯誤の過程で、
有無を言わさぬ暴力を背景とした国家の支配が、
次第に弱まっていく方向での努力が
なされなければならないだろうし、
現状でも非暴力的な抗議活動や市民運動で、
そういう方向での努力がなされているのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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