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彼の声 2015.2.10 「報道メディアと政府の関係」

2015/02/10

メディアは人に何を見せたがっているのだろうか。
何かを知らせようとしていることは確かだ。
たぶんそれは狭い範囲での出来事だろう。
そこで何かが起こっていることを人々に知らせたい。
スポーツや映画などの見世物興行的な娯楽産業は、
それを伝えるメディアがないと成り立たない。
それは政治でもそれの延長上で起こっている戦争でも、
メディアによってそこで何が起こっているのかが伝わらないと、
人々は困るだろうか。
メディアの有る無しとか、
その存在の良し悪しとかの問題ではなく、
そこで何かが起こっていて、
それを広く人々に伝える媒体があり、
それがメディアだということだ。
どうもそういうことでしかないようだ。
現在においてメディアの主要な位置を占めている
テレビや新聞やその傘下のネット媒体などが、
政府の統制下に置かれていて、
体制批判を抑圧する方向に向かっていることは、
誰しも感じていることだろうか。
そうだとしたところで、
あるいはそうではないとしても、
人々はそのメディアが見せたがっている出来事の傾向に反応して、
それらの傾向が暗示しているメッセージを受け取ることで、
日頃から抱いているその人固有の主義主張や思想心情が、
影響を被ることに変わりはないだろう。
メディアはそれを見る人々に向かって
何かを伝えたいことは確かだ。
そして自分たちが伝える情報を見聞することで、
それを受け取る人々が、
自分たちが発している暗黙のあるいは直接のメッセージに、
共感したり同調してほしいと思っているはずだ、
と言ったら言い過ぎかもしれないが、
客観的な報道という建前とは別次元で、
メディアに携わる人たちは、
そういう思いで報道していることは確かだ。
メディアの権力とはそういうところから生じているのだろう。
もちろん政府を中心とする体制側も、
それを利用しない手はないと思っているだろうし、
だからこそあからさまに
メディア統制に乗り出しているのかもしれず、
そんな行為に乗り出しているとしたら、
彼らにしても
もうなりふりかまっていられない事情があるのかもしれない。
メディアと政府の関係が
そうした一心同体関係になってしまうと、
反体制的な人々が、
この先何か大変なことが起こるかもしれない、
と危機感を募らすのは、
ありがちな反応なのだろうが、
結構灯台下暗しで、
その大変なことというのが、
政府によるメディア統制そのものかもしれず、
危機感を募らせているその時点で、
今まさに大変なことが起こっている最中で、
これから先にクーデターや外国との軍事衝突や経済破綻などの
決定的なことが起こったりすれば、
その前触れとしての
政府によるメディア統制だったことになるわけだが、
現状ではまだなんとも言えない状況だろうか。

政府がメディア統制するほど危機感を募らせている原因が、
どこから生じているのか現状ではわかりかねるが、
それが杞憂なのか、
あるいは深刻な状況なのかは、
この先もうしばらくしたら明らかになるのかもしれないが、
本当にそれが統制と言えるのかどうかも、
現時点でははっきりしないところかもしれず、
政府に批判的な報道の自粛ということが、
果たしてメディア統制が利いている証拠なのか、
例えば治安維持法に類似した法律か何かで、
政府を批判しているメディアやジャーナリストなどが
直接処罰されれば、
そうなった時点で
メディア統制が行われているということになるのだろうか。
とりあえず今はまだそうなっていないようで、
そうならないようにメディアの側で気を利かせて、
批判的な報道の自粛ということで妥協しているわけなのか。
特にメディア本来のあり方という価値観や概念が
はっきりと定まっているとは言えないので、
政府の意向に従った報道をしても悪いというわけではなく、
御用メディアとか翼賛報道とか批判されつつも、
それでテレビ局や新聞社が潰れるどころか、
ますます栄え発展しているのだとすれば、
それでかまわないことになるだろうか。
そこに倫理とか道徳という基準を適用すれば、
経済的な利益優先とは
少し違った見方や考え方ができるかもしれない。
しかしたとえ低投票率であったとしても、
形式的には選挙によって国民の信任を得た内閣が
管理する政府を支持するのは、
報道機関としては当たり前の対応であり、
民主的な価値観にも適っているとも言えるが、
その辺はいくらでも言いようがあり、
適当に自己正当化が可能なのかもしれず、
その一方で、
権力を監視し、
自分たちの倫理観や道徳観に照らし合わせて、
例えば国家が権力を行使して少数派や弱者を弾圧するなど、
国の政治体制が間違った方向へ進んでいると判断されれば、
積極的に批判を展開し、
人々を啓蒙し、
体制側の誤ったやり方を正すのが、
報道メディアの役割だと自己規定している人たちもいるわけで、
本当にそれが体制に迎合的なテレビや新聞などで活躍する人々に
可能なのかどうか、
あるいはまっとうな職業として成り立つのか、
現状では疑念を抱かざるを得ないが、
ともかくそういう信念のもとに
活動しているジャーナリストの類いの人たちも、
少数ながらいるようで、
心情的にはそちらを応援したくなってくるわけだが、
それとはまた違う視点で考えなければならないことがある。
もしかしたらその手のメディア関係者は、
あまりにも自分たちの主義主張を
人々に向かって訴えすぎていていないか。
もっと人々を突き放して、
一定の距離をとっておいたほうがいいのではないか。
もちろんそれは体制側との関係にも言えることなのだろうが、
国家などどうなってもかまわないし、
国民などどうなってもかまわないぐらいの気構えで、
暗黙にも直接にもメッセージなど発しないで、
ただありのままの現実を見せ伝えればいいだけなのかもしれないが、
そのありのままの現実をどう伝えるかで、
伝える側の主義主張が反映されてしまうのは否めないにしても、
出来るだけ私情は差し挟まないように伝えるのが、
伝える側の倫理であり道徳なのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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