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彼の声 2015.1.26 「価値と利益と思い」

2015/01/26

それをやることに価値があるとは思えない。
それとはすべての行為だろうか。
しかし価値とはなんなのか。
改めて問うとわからなくなり、
具体的な価値ある事物が浮かばない。
値段の高価なものならいくらでもありそうだが、
価値ある行為となると、
物の値段とは違ってきそうだ。
他の多くの人たちの利益になる行為が価値ある行為なのか。
しかし利益と価値がどう結びつくのだろう。
人にとってそうであるものが、
人以外にとっては害をなすような行為もあるのではないか。
具体的にそれはなんなのだろうか。
特定の何を利する行為であったり、
逆に害をなす行為であったりするものが、
他の何かにとっては
真逆の効果を及ぼす行為というのもあるかもしれず、
価値のあるなしと利害を結びつけるのは、
何か一筋縄ではいかないような、
にわかには判断し難いようなものがあるのかもしれないが、
やはり自分に利益をもたらす行為が
価値ある行為とみなすことが、
たぶん行動するときの指針となってしまうのは、
避け難いことなのではないか。
価値ある行為とはその程度のことでしかないが、
では自分に利益をもたらす行為とはどんな行為なのか。
例えば思い通りになることが
自分にとっての利益となるわけか。
どうやらそこにも躓きの石があるらしく、
わざと自分に害を及ぼすような行為をする場合、
たとえそれが思い通りになることだとしても、
利益にはならないのではないか。
それでも思い通りになるなら、
価値ある行為だとみなせるだろうか。
結局それは、
価値のあるなしと利害と思い通りになるかならないかの、
三つの判断の組み合わせでしかなく、
その時の判断でどうとでも結びつけられるということだろうか。
その行為に価値があったりなかったり、
利益になったり損害を被ったり、
思い通りになったりならなかったり、
またはどちらであってもかまわなかったりする場合もあったり、
さらに一概にはいえない時もあるのかもしれず、
そこで何かをやっていることが、
自分にとってどうであろうと、
自分以外にとってもどうであろうと、
それが自分にも他にもどのような影響を及ぼしていようと、
そのやっていることに価値があるとは思えないにしても、
それだけでどうこう言っても言わなくても、
少なくともそんなことをやっていることに変わりはなく、
そんなことをやっている現実がある
ということでしかないと同時に、
やっていることに価値があったりなかったり、
利益になったりならなかったり、
思い通りになったりならなかったり、
後からそういう感慨を抱いたり懐かなかったりしているわけで、
それ以上の何を求めているにしても、
あるいは何も求めていないにしても、
ともかくそんなことをやっている現状があるらしい
としか言えないのかもしれず、
それを後からどう判断しようと、
その判断が今後の指針となるにしろ、
それ以上その判断についていくら言葉を費やしても、
たとえその判断がくつがえろうとも、
やってしまったことに変わりはなく、
その事実がくつがえることはなく、
ただくつがえそうとすれば、
言葉や映像や画像を用いて、
くつがえったように見せかけることができるだけだ。

人はメディアを用いて人を操ろうと試みる。
そこになんらかの意向があり、
その意向に沿った情報を提供して、
その情報によって世論を操作しようと試みる。
人はそうやって
メディアが自分たちを支配しようとしていると思い込む。
それらのどこまでが本当で、
どこからが妄想なのかはわからないが、
何かそこに陰謀の類が介在していると思いたい。
情報を操作したい黒幕がいて、
その意向がメディアの報道に反映していると思いたい。
自分の思いと
メディアが伝える世論の動向が著しくかけ離れていることが、
人を不安にさせるのかもしれず、
何か自分の抱いている価値観と、
世論から想像される人々が抱いている価値観とが、
全く相容れない様相を呈しているように思われ、
何か世の中が恐ろしい方向へと向かっているように思われ、
焦りうろたえ、
このままではとんでもないことになると危機感を募らせ、
なんとかしなければと思うようになり、
自分の意見を広く世の中に発信して、
自分と同意見の賛同者たちとともに、
世の中を変えるべく活動している人もいるのではないか。
そういう人はやはり、
世の中の多数派が自分と同意見となってほしいのだろうか。
そして少しでも自分と同意見の人を増やすべく活動しているとしたら、
それではメディアを駆使して世論を操作したい黒幕や、
陰謀を巡らせていると想定される権力者たちと
目的は変わらないだろうか。
世の中の多数派を自分の味方につければ、
多くの人たちが自分と同じ価値観を共有し、
そのことで自分も多くの人たちとともに利益を得て、
結果として自分の思い通りになるということか。
その一方で黒幕や権力者たちは、
世論調査では彼らを支持している多数派をだましていて、
彼らの思い通りになってしまうと、
一握りの金持ち連中だけが得をし、
世の中の多数派が損をして、
結果的に自分にとっても多数派にとっても、
不幸な状況に陥ってしまうわけか。
それが誰の都合を反映した物語だとも思えないなら、
他にどんな解釈を施せば説得力を得るに至るだろうか。
どうも何をくつがえそうとも思わないが、
世の多くの人たちと
価値や利害や思いを共有したいと思う気持ちが、
人の行動に結びついていることは確かなようで、
それは彼らが批判する黒幕や権力者たちも、
同じ思いを共有しているのかもしれず、
どちらのやっていることが多数派にとって価値があることで、
利益になり思い通りになることなのか、
それをどう判断すればいいのか、
にわかには判断しかねるが、
たぶん判断してどちらの味方につこうと、
それが功利主義的な試みに結びつく限りにおいて、
やがて価値観の相違が生じて利害が分かれ、
思い通りに行く方と行かない方との対立を生み、
結果的に元の木阿弥となってしまうような気がする。

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創刊日:2001-03-26  
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