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彼の声

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彼の声 2015.1.22 「社会の仕組み」

2015/01/22

この世界になんらかのシステムが必要だろうか。
それがあると思っているのだろう。
なければ困ってしまうだろうか。
そこに仕組みがあると考えなければ、
物事を説明できない。
説明するにはそこになんらかの仕組みがなければならない。
特定の誰かや団体を利する仕組みがあると訴える人は多い。
それが民を欺いていたり、
不公平なことをが行われていたり、
不平等な状況を生じさせていたりする原因だと主張しているわけだ。
だから世の中の仕組みを変えなければならず、
そのために多くの人たちがなにやら活動している。
そのことに何か不都合な面でもあるのだろうか。
それ自体がそうなのではなく、
変えようとしている中身が問題なのであり、
不埒な輩が
特定の誰かや団体を利するような仕組みに変えようとしていて、
それを批判したり非難する人も多い。
彼らにとって不都合な仕組みは変えなければならないし、
不都合な仕組みに変えようとする動きは
阻止しなければならないわけだ。
ところで彼らとはどのようなたぐいの人たちなのだろうか。
世の中に蔓延している不正義や不公平や不平等を
なくそうとしている人たちなのだろうか。
たぶんそう認識しておけばそれほど間違ってはいないだろう。
彼らのやっていることやその主張を信じる限りにおいて、
そうみなしておいて間違いはない。
その程度の認識でかまわないわけか。
何か他に問題があるのだろうか。
ではなぜ世の中の大多数の人たちは、
彼らと一緒になって活動したり、
不正を非難したりしないのだろうか。
彼らを信じていないのではないか。
まったく信じていないわけではないが、
彼らの行為や主張や存在そのものに
疑念を抱いているのではないか。
彼らが世の中の少数派だとすると、
大多数の人たちが彼らを信じていない可能性があり、
それどころか大多数の人たちが彼らの非難の対象となっていて、
彼らにしてみれば、
世の中の大多数の人たちが敵であり、
不正を行っていることになるのかもしれない。
では現にそこにある社会の仕組みが、
世の中の大多数の人たちにとって
好都合な仕組みとなっているのだろうか。
それとも不都合ではあるが、
非難しても無駄だとあきらめているのだろうか。
あるいは好都合な部分と不都合な部分とがあって、
それらが複雑に絡み合いながらも結びついていて、
簡単には取り除くことも修正することもできないのではないか。
そのような経緯や事情が、
それを批判したり改めようする人々の、
社会的な信用をおとしめるように作用していて、
彼らの活動や行動を阻んでいるのではないか。
それが現状の社会に対する
閉塞感や不安感を醸し出しているのだろうか。
そうではなく、
それが社会全体に及んでいるとは思えないのではないか。
まだ多くの人たちが大丈夫だと思っているわけか。

社会の変革などには関心がないのかもしれない。
現状でそれほど困っていないわけでもないのだろうが、
そんな活動や主張に付き合うつもりはなく、
身の回りや仕事関係のことで手一杯であり、
選挙で現体制への反対票を入れる気にもなれないのだろう。
わざわざそんなことをやるほどの状況でもなく、
それどころが逆に野党勢力が政権を取ってしまったら、
今よりもっとひどい状態になってしまうと思っているのではないか。
考えられる限りのことを想像するとすれば、
そんなことでしかないような気がするし、
たぶんそれ以外の何か特定の勢力による
謀略や陰謀が絡んでいるとしても、
現時点で考慮に入れるような危機的な状況とはなっていない。
この世界を誰が何かが支配しているとも思えず、
誰も何も支配することができないから、
絶えず事件や出来事が起こっていて、
それを前もって予知することも予想することもできず、
誰にとっても思いがけない事態に直面しているわけだ。
世の中をうまく制御できていないのだろうし、
いくら言論統制しても、
自分たちの秘密を保護する法律を作ってみても、
必ずしもそれがうまく機能しているわけでもないのではないか。
支配するといってもその程度のことであり、
少数派にとってそれとみなされる、
世の中の多数を占めていると思われる人々にしても、
決して一枚岩の団結を誇っているわけではなく、
意外とてんでバラバラな思惑を抱いていて、
多数派として一括りにするような価値観の一致などなく、
むしろ特定の関心のもとに集結するような
意思表示とは無縁の分散状態を示しているのかもしれない。
要するにほとんどの人たちが
政治的な思惑とは無縁でいられる社会があるわけだ。
そう世の中を捉えて差し支えないわけではないが、
そんなふうに社会の実態を把握することから
何が導き出されるだろうか。
改革を求める人たちは、
自分たちの戦略の見直しを迫られているのかもしれない。
もちろん自分たちのやっていることを、
戦略に絡めて意識していないのかもしれず、
体制側のやっていることを自分たちの価値観に照らし合わせて、
それと著しくかけ離れているから批判し非難しているのであり、
やるべきことは
それに対する抵抗以外には見当たらないのかもしれず、
現実にそうやって抵抗運動が展開されているわけで、
戦略的に他に何をやろうとしているのでもなく、
それを延々とやり続けている現状があるわけだ。
要するにそんな抵抗運動が
社会の仕組みとして定着しているのであり、
現状に対して不満を表明する仕組みが出来上がっていて、
やり方が固定化されワンパターンとなり、
それが退屈で紋切り型的な形態となっていることが、
その他大勢の人たちの無関心を呼び、
体制側にとって扱いやすく
制御しやすい形態となっているわけだ。
要するに恐るに足らないわけで、
なめられているのではないか。
だから新たに何かをやるには
それらの紋切り型と決別して、
新たなやり方を模索しなければならないわけか。
だが今のところは変革に結びつくような効果的なやり方を
誰も思いつけない現状があるらしい。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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