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彼の声 2015.1.15 「無支配の社会とは?」

2015/01/15

人は社会の中で様々な立場を占めていて、
その様々な立場の間で差異があり、
それぞれで異なる価値を体現しているのだろうか。
それは役割分担ということになるだろうか。
例えばホームレスにもホームレスなりの役割があるわけか。
それは過酷で残酷な役割だろうか。
落伍者の烙印を押され、
そうなってはいけないという見本となっているわけか。
でも好きこのんでそうなってしまったわけでもないのだろう。
なってはいけないが、
様々な紆余曲折と経緯から
そうなってしまった人たちなのではないか。
そうだとするとそれを役割とみなしてはまずいのではないか。
別にホームレスを演じているわけではなく、
実際にホームレスとして生きているのだから、
それがどのような役割を担っているわけでもない。
何を割り当てられているわけでもなく、
ただそうやって生きているだけだろう。
それとこれとは何が違っているのだろうか。
やはりそれはそれで、
これはこれなのではないか。
抽象的に考えても無駄だ。
でも他に何を考えているわけでもない。
その状態が社会の最底辺というわけではなく、
結果として考えられる社会の状態などとは無関係に、
自らの社会的な役割など意識せずに生きている。
たぶんなんらかの組織や団体の一員となれば、
そこに役割が生じるのだろうが、
それ以外では別に定まった役割など
意識しなくてもかまわないのではないか。
ホームレスはホームレスで勝手に生きている。
ホームレスに対する慈善活動の一環として
炊き出しをやっている人たちも、
勝手にやっているわけだ。
特に彼らの邪魔をする理由はないように思えるが、
勝手にやっていることが気に入らないなら、
邪魔をしたくなるのだろうか。
行政としては勝手気ままな行為は許しがたいことか。
行政としては担当区域内で活動している人たちを
管理制御するのが役割となるわけか。
ヤクザと同じように
そこに縄張り意識が芽生えているのだろうか。
自分たちの縄張り内で何かをやるには
許可を受けなければならず、
許可を出すには
それ相応の基準に照らし合わせて判断されなければならない。
縄張り内で何かをやっている人たちを
支配しようとするのが行政の特性だろうか。
しかしなぜ支配しようとするのだろうか。
理由は定かでない。
ただそこに公的な行政があり、
税金や公的な債務によって予算が組まれ、
その地域とそこに暮らしている人々を統治しているわけだ。
それが何を意味するのか。
表向きはその行政はそこに暮らす人々のものであり、
そこに暮らす人々を統治している行政を統治しているのは
そこに暮らす人々であり、
人々による選挙で選ばれた人物がその行政のトップについて、
行政の最高責任者となっているわけだが、
人々による人々に対する統治であるはずのことが、
いつの間にかそれが行政による
人々の支配を正当化する理由となっているわけだ。
もちろんそれを支配とは言わないが、
言わないだけであり、
許可なく勝手なことをやれば
そこから排除されてしまう実態からわかることは、
実質的な支配とみなすしかない事態となっているわけだ。

人々による人々の統治を民主主義と呼ぶならば、
そこに自己言及パラドックスが生じていることは疑いない。
自分が自分自身を支配できるだろうか。
それは何かの方便か。
統治される人々と統治する人々の間に
行政と呼ばれる官僚機構があり、
実質的にはその官僚機構が人々を統治しているわけで、
現状では官僚機構をなくすわけにはいかず、
支配や統治という形態を終わらすことはできないようだ。
公的には行政があり、
民間では企業や各種団体があるので、
人々は絶えずなんらかの統治や支配のもとで
生きてゆかなければならない。
そしてそこで不利益や被害を被ったら、
それらの各種団体と戦わなければならないわけか。
個人は日頃からそれらの統治や支配によって
自由を制限されているので、
対等の立場とはなり難く、
それらの各種団体の方が個人よりは強い立場にあるはずで、
戦っても個人では勝ち目がない。
だから統治や支配を受け入れざるを得ず、
受け入れた上でそれらの各種団体を自分の味方につけて、
自らを他人をよりは相対的に優位な立場に保とうとするわけだ。
そしてできればそれらの団体内での地位を上げて、
団体の一部またはすべてを
制御できるような地位につきたいわけで、
団体内にいる他の個人をできるだけ多く自分の味方につけて、
互いの利益を共有して派閥のたぐいを築き、
団体内での権力を得たいのだろう。
そこに派閥を強化するための主従関係や
敵対する派閥との熾烈な抗争などが生じ、
結局そこでも不快な支配や統治が行われてしまうわけだ。
人と人とが協力し連携する関係は、
必ずそのような権力関係を生み出してしまうのだろうか。
一方でそれを不快に感じて嫌気がさして、
人から遠ざかり人との関係を絶ってしまうと、
孤立して利益を得られなくなり、
何もかもを失ってしまえば、
ついにはホームレスになるしかないだろうか。
資産の貯えがなければそうなるしかない。
そんなわけでホームレスは支配や統治を嫌がり、
支配や統治機構に属する人間はホームレスに嫌悪感を抱く。
権力闘争を放棄した人間が生きていることに
我慢がならないのかもしれない。
働かざる者食うべからずというわけか。
しかし逆にホームレスが大量に生きられる社会は
豊かな社会なのではないか。
行政や各種団体の支配や統治を受け入れなくても、
誰もが生きて行けるような世の中になれば、
それに越したことはないだろうか。
たぶんそれもある意味では矛盾しているのだろうし、
仕事しなくても生きて行けるなら、
人は仕事をしなくなってしまうのではないか。
果たして仕事をしなくても成り立つ社会とは
どんな社会なのだろうか。
たぶんそれが実現してみれば、
その実態がわかるのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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