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彼の声

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彼の声 2015.1.13 「結末のない物語」

2015/01/13

意識が何か特定の物語に囚われているとすれば、
それはどんな物語なのか。
いくつもの話が脈絡なく絡み合った
捉えどころのない物語なのではないか。
大して興味があるとも思えず、
とりたててこだわる必要もないのかもしれない。
それでも囚われているのだろうか。
人は想像し空想する。
人でなくてもそうするかもしれない。
物語る対象も人でなくてもかまわないのだろうか。
人以外に物語る対象があるらしいが、
別にそれを特定する必要はない。
何を物語ってもかまわないだろう。
何も語らなくてもかまわない。
ニュースに興味がなくなり、
それがニュースではないように思えてしまう。
それでもたぶんニュースなのだ。
世の中のことを知ろうとしているのではないか。
別に大事件や大事故が起こってほしいとも思わない。
起きたら驚くだろう。
それが真っ当な反応だろうか。
真っ当でなくてもかまわないのではないか。
では何を皮肉りたいのか。
ざまあみろとは思わない。
何かを伝えたいのかもしれない。
多くの人たちに伝えたいのだろう。
デモ行進をして
同じ価値観のもとに団結していることを示したい。
何百万人もの人たちが一斉に街に繰り出し、
行進しながら何かを叫んでいる。
我々は卑劣なテロには屈しない、
そんなことを叫んでいるのかもしれず、
それ以外の込み入った主張はいらないのかもしれず、
デモ行進には必要ないのだろう。
それが正しい行いである必要があり、
間違ったことを主張してはならない。
民主主義は暴力を排除した上でしか成り立たない。
できればそうであってほしいのではないか。
本気でそう思っているわけではない。
信じていないのだろう。
何も達成されていないはずだ。
民主的な制度など未だかつて確立されたためしがない。
そう思っていればいいわけだ。
思っていることと実現している制度とは性質が異なり、
実現している議会が民主的に機能してほしいのだろうし、
選挙で選ばれた行政のトップが民意を汲み取って欲しい。
民意とはなんだろうか。
それはメディアや行政の行う世論調査で明らかとなることか。
たぶん選挙結果が民意を反映しているのではないか。
そうであってほしいわけだが、
それを信じられない人が大勢いるらしく、
批判や文句が数限りなくあるようだ。
公平ではなく公正でもないということだ。
それを議会が是正してほしいわけだが、
議会でも様々な思惑が渦巻いていて、
なかなか公正で公平な制度とはなり難い。
何が公正で公平であるかの定義すら定まっておらず、
定まったところで多くの人を納得させるには至らないだろうし、
政党の党利党略ばかりが反映した制度に
うんざりするだけだろうか。
それでも人々はその不完全な制度を手放したくはないはずで、
できればよりまともな制度へと
改善してほしいと思っているのではないか。
絶え間ない見直しと改善が必要であることは、
誰もが思うところのようだ。
それが実行されるように働きかけるべきなのだろうし、
選挙で実行を約束してくれる候補者に投票すべきなのだろう。

しかしそれとこれとは別だろうか。
それはそれであり、
これはこれだ。
それとは何か。
そしてこれとは何か。
それはいくらでもあり、
これもいくらでもありそうだ。
それもこれも、
求めているのは制度ではないかもしれない。
社会の仕組みがどうあれ、
それが公平で公正な制度や仕組みである以前に、
人がそのような制度や仕組みが作り出す環境に順応しているわけだ。
そこで暮らしていること自体がそれを証しているのだから、
意識はその制度や仕組みに囚われていて、
思考は制度や仕組みからできている。
すでにその中で生きていけるような人間となっているわけだ。
それがたとえ路上生活者であろうとそうだ。
そこに存在している人々とともに制度や仕組みが作動し、
その中で人それぞれの役割分担を強いている。
すでにそうなっていることを前提として、
なおそこから制度や仕組みについて
考察しなければいけないだろうか。
そこから生じている物語に囚われているわけだが、
物語の中の登場人物が、
自らが属する物語について考えられるだろうか。
実際に社会の中でうごめいている人たちは、
そんなややこしい事態に直面しているのではないか。
自らを取り巻いている状況を、
客観的に認識できる立場などどこにもありはせず、
それについて考えようとすれば、
すぐに自己言及の壁に突き当たり、
うまく説明できなくなってしまう。
しかし人々はそれについての
納得できる説明など求めているのだろうか。
それについて考えていることは確かだが、
その考えていることから、
果たして納得できる説明を導き出せるだろうか。
実際そこで誰が説明を試みているのか。
たぶんそれは物語の作者などではなく、
やはり物語の中でうごめいている登場人物たちなのだ。
その物語に作者などいない。
絶えず登場人物たちが自らが語られているつもりの物語を超越して、
その物語自体を語ろうとしては、
自己言及の罠に絡め取られて、
真の物語に至る手前のフィクションを語ってしまうのではないか。
そしてそんなことが延々と繰り返された挙句に、
そんなフィクションに人類の歴史という題名が付けられて、
人々の前に提示されているわけで、
誰がそれを構築したわけでもない歴史が、
さももっともらしく感じられるように、
そこに群がる人々が、
かわるがわるその人なりに
工夫を凝らした解釈を発表してみせるのだが、
そんな虚構の物語を延々と見せつけられると、
やがて飽きてきて興味を失ってしまうのだが、
また新たに惹きつけられてしまう人が出てくるので、
そんな人たちを対象として、
その物語を説明する試みが繰り返され、
そんな行為の持続が、
また新たな歴史となって物語の延長をもたらすのだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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