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彼の声

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彼の声 2015.1.10 「異議申し立ての成果」

2015/01/10

より現実的な変革を求めるとすると、
いわゆる保守派と同じような主張となってしまう。
民主主義と資本主義の維持継続を前提とした上で、
何か説得力のありそうな意見を述べた方がいいのだろうか。
ありがちなことを主張するならそうなるのではないか。
要するにそれではつまらないから、
荒唐無稽で支離滅裂なことをわざと主張してしまうのだろう。
否定的に語るなら民主主義とはデモクラシーのことで、
民による民の支配の形態であり、
危機的な状況においてそれは、
必然的に独裁に帰結する。
民は直面する危機を乗り越える独裁者の出現を期待してしまうわけで、
それが安易な英雄待望論としてメディア上で唱えられ、
それが既存の政治家を否定する理由となるのだろうか。
そんな時代も過去にあったかもしれない。
いつの時代でもそうだっかもしれない。
無い物ねだりの果てに、
不快でお粗末な現実に行き着いて落胆するわけだ。
それが現状なのだろうか。
現状でもなんでもなくそう思い込んでいるだけなのであり、
ただ誰もが思い通りの結果に行き着かずに焦っているのが、
今誰もが直面している現状なのではないか。
それでかまわないのだろう。
うまくいかないのはいつものことであり、
これまでもうまくいかなかったのであって、
きっとこれからもそうだろうし、
政治経済的な現状などこの程度でかまわないのではないか。
19世紀ヨーロッパの超格差社会でも、
人々は普通に生き、
それなりに暮らしていたわけで、
当時ヨーロッパ諸国の植民地となっていた地域でも、
その状態が当然のことのように思われていたはずだ。
貧しい人たちの誰もが
過酷な奴隷労働に従事していたわけでもなかったし、
そこに人々の日常があり、
それなりの文化や文明があったのだろう。
そんな時代がとうの昔に過ぎ去った現代においても、
相変わらず過酷な労働を強いられている人もいるし、
低賃金のつまらないパートタイム労働をこなしている人もいる。
昔とは状況が様変わりしたかもしれないが、
やっていることは労働と余暇の繰り返しでしかないだろうか。
それらの何も生きがいにも感じていない人もいるし、
もっと前向きに生きていること自体に
意義を見出している人もいるのだろう。
たとえ原発事故によって多くの人の健康が害されていようと、
現状でも多くの人たちが日常の中で生きていて、
普通に暮らしていることに変わりなく、
いくら環境派が放射能被害を言い立てても、
危機を煽ってみても、
心の片隅では心配しつつも、
表向きは平然としているわけだ。
結局その程度のことでしかない。
むろんそうやって現状を肯定し、
それを受け入れてしまっては、
何も変わらないわけで、
より良い社会や暮らしを求めて、
現状の政治経済の仕組みや制度に対して異議を唱えている人も多い。

それらの仕組みや制度を変えながら、
誰もが納得するより良い状態を模索するのが、
政治家の務めであり、
そのような政治家を支援すべきだし、
人々は選挙においてそのような政治家に投票すべきなのだろうか。
言うのは簡単だ。
実際にどうそれを見極めればいいのだろうか。
誰がまともなことを主張していて、
それを実行できる力があるというのだろう。
それを批判するのはたやすく、
その気になったらいくらでも批判できてしまい、
理想論などいくらでも述べることができる。
だがそれらの何が実現可能なのだろうか。
やろうとしている目標をいつまでに達成できるのか。
そんなことなどわかるわけがなく、
それとは別次元で、
首相が年末年始の休暇に
財界関係者とゴルフを楽しんでいることがニュースになったり、
それを政財界の癒着として批判している人もいるが、
そこに関係者たちの安定した連携があり、
強固な連帯もあって、
そのようなコネクションを通して、
それらの人たちの了承を得ながら政策が決定され、
何やらそこで政治が行われているわけで、
そこから推測されるのは、
人々が理想とする民主主義的な制度や仕組みと現状との間には、
たぶん次元や価値観の異なる隔たりがあるということだ。
政治家たちがいくらきれいごとや建前を語ろうと、
実際にやっていることは、
それとは別の手続きや道筋を経由して行われなければならず、
結局人々はそんなことを平然と行なっている政治家の
良心や善意に期待しているわけで、
民主的な制度や仕組みの形骸化に気づいていながら、
それらを考慮に入れずに、
相変わらず実現とは無縁の建前論や理想論に期待を寄せ、
それを支持するか否かの判断基準として、
選挙での投票に結び付けている。
たぶんそこに生じている理想と現実の背離に気づいていながら、
それを放置するしかやりようがないわけで、
社会の中で機能していると思われるすべての制度や仕組みは、
時代の実情に合わなくなれば
いずれ形骸化する運命なのだろうが、
それをその都度変更したり修正したりを試みているうちに、
間に合わなくなってしまうことの方が多いのかもしれず、
それらの政治改革も、
政治家たちの良心や善意に期待するしかないのが現状だろうし、
その期待がなかなか叶わないまま、
虚しい落胆を生じさせているうちに、
むしろそれらの形骸化につけ込んで利用しているのが、
今の為政者の側であるわけで、
それも多くの人たちの批判していることなのだろうが、
どうもまだその批判が、
批判としての成果を上げていない現状があるらしい。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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