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彼の声

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彼の声 2015.1.9 「宗教の価値観」

2015/01/09

もしかしたら貧富の格差など
極端に広がった方がいいのかもしれない。
資産などいくら持っていても、
貯蓄や投資以外には使い道がないだろうし、
それがいくら天文学的な桁外れの額になろうと、
普通の一般人にとっては縁のないものだ。
他の何に使うあてもなく、
利子だけでも貯まり続けるだけ貯まり続ければ、
やがてそれは価値のない無用なものとなるだろう。
結局資産をいくら所有していても
どうでもよくなってしまうのではないか。
要するにただ貯蓄して、
それを増やすためだけの資産となるわけだ。
ごく少数の人や団体の資産がそうなったとしても、
それ以外の一般の人たちは、
相変わらず何事もなかったように暮らしているのではないか。
そこで生まれて生きて死んでゆくだけかもしれず、
この先いくら超格差社会になろうとどうなろうと、
そこに人が存在しうごめいていることに変わりはないわけだ。
ただ生きる目的が状況に合わせて変わってくるかもしれないが、
今の時代に生きている人にとって、
そんなことは知りようがないし、
どうでもいいことだろうか。
格差社会の進行に警鐘を鳴らしている人たちは、
何を恐れているのか。
革命が起きてはまずいわけか。
社会の底辺で暮らす人たちは
経済的に困窮してますます追い詰められ、
絶望の中で生き、
そして極貧の中でみじめに死んでゆくわけか。
たぶんそれでかまわないはずがないのであり、
どんな境遇にある人でも、
人としての尊厳が保たれる最低限の暮らしが
保証されなければならないわけだ。
そのための生活保護制度というわけか。
要するに金持ちがより金持ちになればなるほど、
生活保護を受けざるを得ない人たちも、
それだけ増加するということだろうか。
この世がゼロサム社会ならそうなるのも当然の帰結か。
実際に先進諸国では経済成長が鈍化しつつあるのだから、
そういう傾向になるのも納得できる状況にはあるのだろう。
この先画期的な技術革新を促す科学技術などが生まれなければ、
文明は進歩のない長い停滞期に突入するのではないか。
結局いつまでたっても車輪のないエアカーみたいな、
未来の乗り物などは実現されず、
宇宙旅行なども夢のまた夢で、
核融合エネルギーの活用も人工では無理で、
自然の太陽から得るぐらいに落ち着くのだろうか。
宇宙開発などあり得ないのだろうか。
まさかそういう時こそ、
貯める以外に使い道のない膨大な資産が
役に立ったりするわけか。
超格差社会が生み出す膨大な資産を利用して、
民間企業が人類の夢を実現すべく、
宇宙開発に乗り出し、
月や火星に人類の居住施設でも建造するのだろうか。
そんな辻褄の合わない目的のために、
今必死になって金持ちたちは資産を貯め込んでいるわけか。

冗談はさておき、
物や情報と貨幣が交換できることを信じるのが
宗教であるとするなら、
公平な選挙によって国民の主権を示せると信じることも
宗教のたぐいだろうか。
ではキリスト教やイスラム教などの既存の宗教と、
資本主義や民主主義という今日的な宗教の違いはなんだろう。
人々は貨幣を商品と交換することによって、
また投票を主権者の権利の行使と信じることによって、
いったい何を得ていると思い込んでいるのだろうか。
それは既存の宗教において、
神を信じることによって得られる何かとどう違うのか。
実際に貨幣と交換して得られるのは商品そのものであり、
投票によって得られるのは、
政治に参加しているという思い込みであり、
神を信じることによって得られるのは安心感だろうか。
信じられるものが何もなければ、
そこに残っているのは
疎外感や不安感などの否定的な感情だけだろうか。
実際に商品を所有できたと思い込むことが、
貨幣の交換価値を実感させ、
自らが投票した候補者が当選して、
実際に議員や首長として活躍していていれば、
自分も何か権力を行使したような気になり、
自らが信じる宗派が興隆を極めれば、
その宗派の一員となっていることを誇りに感じるだろうか。
たぶんそれらは
それぞれに違う価値観を形成しているのではないか。
そのすべてを宗教というカテゴリーに含めて、
ひとくくりに論じることが可能だろうか。
何か共通点を求めなければ、
語っている内容が説得力を伴わないだろうか。
簡単に言うならそれは信じるという一点だけか。
人は信じることでしか成り立たない行為に
依存しながら生きている。
信じなければ生きて行けないのであり、
他のより多くの人たちも、
自分と同じように信じてもらいたいわけで、
そのような状態になれば、
多くの人たちと価値観を共有できたと思い込んで安心するわけだ。
結局世の中は人の信用で成り立っている社会なのだろう。
人は他人を信じ込ませるために必死で言葉を操り説得して、
それが信じられているうちは他の人たちと連帯でき、
その信用が崩れ去ると詐欺として告発されたり、
大かがりになると紛争や戦争を招いてしまう。
その他人の信用を利用してうまく立ち回れば、
富を貯えることができ、
大金持ちになれるわけで、
それがある程度まで行けば自動的に利子収入を得て、
どんどん資産が膨らんでいってしまうわけか。
ごく一部の人たちの資産がそうなるとしても、
それでも人々は必要とあらば資本主義を信じ続けるのだろうか。
それともその必要が信じることを強制しているわけか。

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創刊日:2001-03-26  
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