文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.1.7 「結果から生じる勘違い」

2015/01/07

今やるべきこととはなんなのか。
それは功利とは無縁の何かを導きだすこと、
あるいは幸福とは無関係の何かを目指すこと。
かろうじて冗談の領域に踏み込まないで語るとすれば、
今のところはそんなふうに語るしかないだろうか。
そう語れば、
少なくとも冗談にならないような何かを探求していることになり、
そう語ることによって、
なんだかわからないそれを
明らかにしようとしているのかもしれないが、
結局それは、
とりたてて導き出そうとしなくても、
意識して目指さなくてもいいような何かなのではないか。
そんなことをしなくても、
すでにここにあるはずの何かなのかもしれない。
そしてそれがあることに気づかなくてもよく、
別になくてもかまわないのかもしれない。
だがそれではなんでもないことになってしまう。
何かでさえないのかもしれないなら、
ではそれはいったいなんなのだろうか。
功利でも幸福でもなく、
何かでさえない何かとはなんなのか。
わかるわけがないだろう。
ただそう述べることによって、
功利や幸福を否定したいだけなのではないか。
だが否定しつつもそれに引き寄せられてしまうのはなぜだろう。
たぶんそれらを求めることが、
社会の中で生きていくことの必須条件なのだろう。
そこに暮らしているすべての人がそれらを目指すことによって、
人間社会は成り立っているではないか。
それらは人の心に芽生えた共通の価値なのかもしれない。
至上の価値というわけではないだろうが、
とにかくそれを獲得した気になると、
心が満たされた気になるわけだ。
その大部分は気持ちの問題であって、
具体的に何を得ればそうなるかは、
それぞれの人がいる場所や時期から生じる目標によって異なるわけだ。
それは私的あったり社会的あったりする何かなのかもしれないが、
とりあえず人々はそれを得て、
自らが公的にも私的にも
うまくいっているように見せかけたいわけだ。
そしてその中には世間一般に通じる虚栄心の類も含まれていて、
それが他人に見せびらかしたい部分でもあるのだろうし、
要するに具体的には社会的にそれなりの地位や名誉を手に入れ、
どこに出しても恥ずかしくないような家族に囲まれて、
幸せに暮らしているように見られたいのではないか。
また人がうらやむような人となりと、
個人的にも社会的にも健全な人間関係を築き、
立派な職業を持ち、
その地域の名士になれれば、
他に言うことがないだろうか。
しかしそうなるとさらに欲が出てきて、
地域の名士では飽き足らず、
その国を代表するような
著名人になりたくなってくるのではないか。
政財界に幅広い人脈を築き上げ、
それを足がかりとして、
次第に地方から国の中枢部へと勢力を広げてゆくわけか。
しかしそこまで行くと話が冗談でしかなくなるだろう。

そんなふうに語るすべては、
フィクションでしかないだろうが、
どこかで話がずれていることは否めない。
ただ冗談で暴走しているだけか。
やるべきことはそんなふうに語ることではないのだろう。
目指さなくても導きだなくてもいい何かがここにあり、
それを享受しながら語りつつあるらしい。
たぶんそれは空疎や空虚ではない。
それ以外なら語れるそれが何かなのだ。
それでは答えになっていないだろうが、
ともかくそう語るしかないような何かを語ろうとしているわけで、
語ろうとして語り得ないから、
そこから逸脱して、
それとは別の何かについて語ってしまう。
そしてその別の何かが冗談と結びついて、
記しつつある言葉の連なりをその先へと延長させるわけだ。
それがこの場での語りを構成し、
それらを含んだ文章がここに示されている。
そしてそれらの文章の中で語られている内容を
否定するわけにもいかない。
たとえそれらを小馬鹿にした語りに終始しても、
そこで語られる人間社会の有り様を認めざるを得ないのであり、
誰もが大なり小なり
そのような誘惑に駆られながら暮らしているわけで、
そんなくだらない誘惑があるからこそ、
それに逆らいたくなってくるのだろうし、
特に逆らわなくても、
実際に虚栄心をもたらすそれらは、
一握りの人たちしか享受できない立場や地位なのだから、
その他大勢に甘んじている人たちにとっては、
あこがれたりうらやましく思う一方で、
嫉妬や憎悪の対象でもあり、
隙あらば足を引っ張りたいし、
落ち目になったらざまあみろと嘲笑したいわけで、
そんなありがちな反応も含めて社会が成り立っているわけだ。
そしてそんな虚栄心に魅入られ、
それを目指したり、
目指して手に入れたり、
あるいは手に入れられずに挫折したり、
目指す立場にもなれずに、
物欲しげに眺めているだけの人たちが、
それらすべての人たちが、
まがい物の烙印を押されてしまう人たちなのかもしれない。
そこに根本的な勘違いが生じているのかもしれず、
それらはすべて何か行為をした結果でしかなく、
意識して目指すようなものではないのだろう。
何かをやっていれば、
そのやっている何かからその行為特有の成り行きが生じ、
その成り行きに身をまかせてやり続けていくと、
やがて何かしら結果のようなものを受けれざるを得なくなり、
その結果が社会的な立場や地位であったりするわけだ。
たぶんそれは初めから目指されていたものではなく、
何かをやっているうちにそうなってしまった結果でしかなく、
他の人が同じようにしたからといって、
そうなるわけでもない結果なのだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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