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彼の声 2015.1.5 「現状での暫定的な提言」

2015/01/05

それは当たり前のことだろうが、
政治や経済に関する言説の流行は、
その時代や時期の状況を反映しているようだ。
欧米や日本などの先進各国が、
長らく経済の低成長期を過ごしている現在、
その現状にマッチした言説が求められているとすれば、
その低成長期特有の現象である、
経済的な貧富の格差に関する言説となるのだろうか。
そこに話題性があり、
そうなる理由やそうなった原因を人々は知りたいわけだ。
しかし経済の高度成長期と低成長期を比較する理由や必然性が
どこにあるのだろうか。
しかも国ごとに比較して、
その傾向や特徴の共通点を指摘しようとする。
そうしないと言説として成り立たないからだろうし、
場合によってはそれを
書物を著わすほどの分量にしなければならない。
そういう目的があれば当然そうなるだろう。
経済の高度成長期に人々は富を蓄え、
その蓄えた富が、
その後に起こる低成長期には資産として物を言うわけか。
なんだかアリとキリギリスの
イソップ童話みたいな話となってしまいそうだが、
低成長期に資産のない者には富を蓄えることは難しそうだ。
そこで世界各国が資産への課税を強化して、
貧富の格差を是正する必要が出てくるわけか。
どうもそう述べてしまうと、
これまでのやり方の延長上での、
ありふれた政治経済的な結論となってしまいそうだ。
確かにそれがわかりやすくて現実的な提言となるのだろうが、
なんとも凡庸な提言となってしまい、
拍子抜けの感を否めないが、
その種の凡庸さが、
広く世間一般では至極まっとうな主張として
受け入れやすいのだろう。
要するに高度経済成長期には所得への課税を強化し、
低成長期には資産への課税を強化して、
できるだけ貧富の格差を是正する方向で、
国家を管理する行政がバランスを取らなければならない。
もちろんそんな提言や主張が
実効性を伴っているかどうかは疑わしく、
資産を持たない者たちの不満を鎮めるための
方便と受け取られるだけかもしれず、
官僚機構が国家を統治する上で、
必要不可欠なガス抜き効果を担う言説として、
何か現状の体制でも、
うまくいくやり方があるかのごとき見せるための、
プレゼンのたぐいなのかもしれない。
要するに現状にマッチした言説とは、
現状の一部として存在しているのであり、
現状こそがそのような言説を必要としていて、
別にそれが現状を変えるために
提示された言説とは限らないどころか、
現状を維持継続させるには
そのような言説が必要不可欠なのだ。

だがそれに関してあまりうがった見方や見解を示して、
皮肉るばかりではらちがあかないことは確かだ。
では現状を変えるにはどうしたらいいだろうか。
現状を分析してその答えが出て、
それを書物という形で発表して、
それが広く世間一般に受け入れられ、
それを読んだ為政者たちが共感を示し、
その書物の中で述べられている提言を実行しようとしたら、
果たしてどうなるだろうか。
果たしてそういう成り行きになるだろうか。
実際にそうなったらおもしろいのではないか。
ともかくそういう書物が世の中で話題となっていて、
今後それに共感を示す政治家も少なからず出てくるだろうから、
何かそれ類する政治的な動きも出てくるのではないか。
確か今までにもその手の書物の流行現象があったようにも思われ、
何やら著者の有名な経済学者の提言を真に受けて、
それに影響されたような主張をしていた政治家も結構いたはずだ。
だからたぶんそれらと同じ轍を踏むような現象が
今後も繰り返されるのではないか。
それの大がかりな現象が、
ここ百年の間ではマルクスの影響を受けた共産主義革命や、
それへの対抗としてのファシズムの台頭や
ケインズの影響を受けたニューディール政策だったわけだが、
それらの現象が一通り収束した今現在、
また新たに世界的な現象が起こる可能性があるだろうか。
今後また何かが起こるとすれば、
今流行りの書物からそれが予想できるのかもしれない。
たぶん破滅的な状況に至る前に起こるとすれば、
大した現象にはならないだろうし、
取り返しのつかないような
破滅的な状況になってから起こるとすれば、
やはりそれは全世界を震撼させるような
大掛かりな現象となるだろう。
そこですべてがリセットされて、
世界的にまた一から出直しとなるのかもしれないが、
どちらになるにしても、
現状の中で生きている者には、
あまり関係のないことかもしれず、
生きながらえて今後その現象に関係して、
たとえそれを実行する側になるにしても、
それはそれらの現象の一部となることであり、
誰がそんな試みの中で生きていようと、
それらの当事者たちには、
自らがやりつつある行為の結果など知り得ないのではないか。
それによって人々の暮らしがどう変わろうと、
そこにはそんな暮らしがある。
今の体制や制度を維持継続させることに、
何か合理的かつ肯定的な根拠や意義があるのかもしれないが、
あるとしてもそれらに従う義理などないようにも思われ、
勝手に生き勝手に死んでいくつもりである方が気楽だ。

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創刊日:2001-03-26  
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