文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.1.4 「呆れと飽きが来るとき」

2015/01/04

忘れていたそれは、
具体的な出来事だったわけではなく、
何かの印象や雰囲気だったのではないか。
記憶にはそれ特有の香りが伴っていて、
具体的な出来事を欠いた印象として保存されていて、
あるとき不意に意識によみがえり、
理由も必然性もなく己れを当惑させるのかもしれない。
だがそれを表現するには
言葉の組み合わせが雑すぎるだろうか。
上手く表現できていないのだろう。
そこで何を語っているのか。
過去について語りたいのではなく、
来たるべき出来事を予言したいわけでもなく、
記憶にとどめられた印象や雰囲気を説明したいのでもない。
ではなんなのか。
意識の中で揺れ動いている何かを言葉で捉えたいのだろうか。
しかし何かとは何か。
よくわからないが、
捉えきれずにすり抜けてしまう何かには違いない。
だからそれを知りたいわけだ。
知って理解したいのではないか。
そして何処かへ向かいたい。
誰も知らない未踏の地点まで進みたいのか。
でもそれは比喩でしかなく、
実際には言葉を記している地点に留まり続け、
そこから一歩も踏み出していないのではないか。
できないことをやろうとしていて、
しかも自らが何をやろうとしているのかさえわからず、
ただ困惑し続けている。
そしてどうせそれも嘘の一部で、
すでにそれと気づかないまま、
フィクションを語り始めているわけで、
それもうまく表現できないまま、
最初に語り得なかった記憶から遠ざかってしまい、
話の意味を担えない方向へとずれてしまっている。
でもそこで意味などないと開き直るわけにはいかず、
やはり文章なのだから、
そこから何かしら意味が導かれなければならないのかもしれない。
それは善意や良心から出てきた、
言葉を記す上で生じる責任なのだろうか。
それとも話に説得力をまとわせて、
読む者を魅了するには、
そこに共感できるような意味や見解がなければならないのか。
だがそれはまやかしだろうか。
まやかしに過ぎないとしても、
フィクションにはそのまやかしが必要不可欠か。
そしてそれの何がまやかしなのでもなく、
そのまやかしこそが真実そのものなのではないか。
またそうやって逆説的な表現を使って、
真意をごまかしているようだが、
未だに自らの真意がなんだかわからないまま、
むやみやたらと言葉を記し、
その記述された文章の中で何かを語っているつもりとなるが、
それは不用意な語り以外の何ものでもない。

そして未だにその中身が定まらない。
たぶん想像力が足りないのだろう。
なんの脈絡もなく不用意にそう述べて、
安易な出口を模索してしまうが、
それ以前に語る必然性をもたらせないのだから、
何をどう述べてみても嘘になってしまうのかもしれない。
そしてそれが嘘でもかまわないところがとりとめがなく、
たぶんそこには漠然と
なんでもありの時空が広がっているように思われ、
そうなると逆に話のつかみどころがなく、
それ以降は何を述べたらいいのかわからなくなってしまうわけだ。
何か特定の事象に意識が束縛されていないと、
何も語れなくなってしまうもよくあることで、
実際にそれについて語ればいいそれがないわけだ。
何についても語っていいから、
何も語れなくなる。
そこに何か禁止事項がないと、
それを巡って言葉が寄り集まってこないようだ。
それがなんだかわからないのだから、
それは仕方のないことなのではないか。
それとはなんだろう。
改めて問うまでもなく、
そのなんだかわからないそれについて語っているつもりが、
実質的にはそれ以外の何かについて語っているようにも思われ、
それと同時に何も語っていないようにも思われてしまうのであり、
相変わらず空疎な話に終始しているわけだ。
なぜそれが続いてしまうのだろうか。
わざとそうしているのかもしれず、
それを超える内容を求めていないのかもしれない。
ではもうあきらめてしまったのだろうか。
何をあきらめてしまったわけでもなく、
目指すべき何かを見つけ出せないまま、
ここまで来てしまったのかもしれず、
どこまで来てしまったわけでもないのに、
ここがどこなのかわからないまま、
ここまで来てしまったと実感するしかないような心境に
陥っているのかもしれないが、
それも虚構であり、
本当は実感も心境もありはせず、
ただそんな言葉をいい加減に記しているに過ぎず、
それでもやはりここには何もない現実があるわけだ。
そして記された言葉の連なりによって、
何もないという現状が装われ、
さっきからひたすらつまらない話が
続いてしまっているのかもしれないが、
現状ではそれでかまわないわけで、
そしてそれは誰にとってかまわないわけでもなく、
その結果として話に内容が伴わなければ、
つまらなくなるのは当然のことだ。
実感とはそういうことだろうか。
それでも空疎な内容であっても最低限の技巧を凝らして、
それらの文章を構成しようとするわけだが、
それでいいとは思わないが、
そうせざるを得ない状況らしく、
さらに独りよがりにそれらの試みを拡大して、
何やら無方向な記述の広がりを表現しようとする。
忘れていたのはこういうことだったのか。
なんとなくそこに世間的な話題を挟む余地と
タイミングを見失いつつあるようだ。
なぜそこから離れて語ろうとするのか。
しかも語っている内容が空疎だ。
やはり世間的な話題に飽きてしまったのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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