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彼の声

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彼の声 2015.1.2 「自らと自意識の虚構性」

2015/01/02

なかなか言葉が出なくて焦っているようだが、
急いで先回りするわけにはいかないようだ。
途中でうろうろしながら、
無駄に時間を浪費している。
たぶんそんなことをやっているうちに、
何を語ろうとしていたのか忘れてしまうのだろう。
忘れる以前に何も語ることがなくて
焦っていたのではなかったか。
結局まとまったことは何も語れずに
無為な時間を過ごしているようだ。
後から改めて考えてみれば、
別に先回りしようとしていたのではなかったらしいことがわかる。
うまく語れない日もあるだろうし、
目的もないのに焦って先回りする必要もなく、
実際に何のために先回りしようとしているわけでもないのだから、
少しそこに腰を落ち着けて、
そこでそれなりに考えを巡らせてみたほうがいいみたいだ。
言葉を記すことは試行錯誤の繰り返しでしかないのだから、
結果としてうまくいかなくてもかまわない。
何かが記述の邪魔をしているわけで、
その障害物を取り除かない限りは、
何も語れないのかもしれないが、
そこに障害物があると語るのも、
比喩でしかないのだろうし、
語ることが何もないから語れないのだとすれば、
それは障害物でもなんでもなく、
ただの空虚で無内容なのではないか。
要するに比喩的な表現では、
何もないことが記述を妨げる障害となっているのであり、
何かあるかもしれないのに、
その何かが見つけ出せないとこともその原因や理由として、
持ち出すことができるのかもしれないが、
それが結果として
そこには何もないと語ることを許しているのであり、
何を語るでもないのにそうやって、
何もないと語りながらも、
語りを継続させることができるのであり、
それを読む者の存在など考慮しなければ、
そのまま何もない空疎な語りを
延々と続けられる可能性もあるのかもしれないが、
たぶん途中で良心の呵責と自責の念にとらわれ、
これではダメだと思ってしまうのだろうし、
もっと何か中身のあることを語らなければ、
と決意を新たにして語ろうとするわけだ。
それが無為で無駄な試みだとは思わないが、
なぜかそこで嘘をついているように思われ、
やはりここは正直に、
何もない現状を何もないように語った方が
いいのではないかとも思われ、
何もない現状のままに、
つまらないことを延々と語ってみようとしてしまう。
たぶんそれでかまわないのだろう。
そんなふうにして自らに正直であることに、
誇りを持ちたいわけでもなく、
たぶんその自らが自らであるような現状こそが、
虚構なのかもしれず、
本当はそこに自らと名乗る自意識さえ見当たらないのかもしれず、
どうしても何もないことを表現できないことから生じる
苦渋の選択として、
そこに自意識を伴った自らを捏造せずにはいられないのかもしれない。

しかしそれで何を述べていることになるのか。
改めて問うまでもなく、
何も述べていないように述べているのであり、
それが自己言及パラドックスとなって自らに食い込み、
その内面を蝕んでいるのだろうが、
それも比喩的なかつ虚構の言語表現だろうし、
実際にはなんでもなく、
何かを語ろうとするたびに、
苦し紛れにそのような表現を記して
語ろうとしてしまうのであり、
そういう意味で記述や語りはフィクションと深く結びついていて、
事実をありのままに語っているつもりが、
語り手や記述者の無意識の操作が必ず生じてしまうのであり、
そこには意図的でないにしろ、
誇張や歪曲が入らざるを得ない。
そしてそれらを含んだ表現形態が
言葉の連なりとして示されているわけで、
それを利用したメディア以外はあり得ない以上は、
そこに含まれている虚構をそのまま受け止める必要があり、
表現が虚構を含んでいることを自覚した上で、
それに接することしかできはしないわけだ。
だからどうしたわけでもなく、
それをそのまま真に受けて、
それについて大真面目に語ってもかまわないのであり、
現実にそうしたことが行われ、
それが虚構であろうと現実に基づいた表現であろうと、
同等に扱われているのであり、
それら全てを含んでいるのがメディア表現なのだろう。
それらの表現についてどう思い、
どう考えればいいのだろうか。
そんな問いではまるで漠然としていてとりとめがない。
問うこと自体にはなんの意味も意図もないのではないか。
何もないので苦し紛れに問うているだけだろうか。
それがそこでの自意識の意図となり、
何やらそれを語っていると思われ、
それについて言葉を記しているわけだが、
どうもそのこと自体が釈然としないようで、
何も語らず何も記さないわけにはいない成り行きに、
自意識が逆らいながらもそれを止められず、
成り行き的には渋々語っているわけで、
そこに意識的な抵抗があり、
それが記述や語りの障害物とみなされるわけだが、
それを障害物とみなすこと自体が虚構的な表現であり、
何かそうみなすことにも抵抗があり、
矛盾を感じてしまうわけで、
それの何が矛盾なのかもうまく表現できないわけだが、
なぜかそこに恣意的かつ無意識的な思考と記述の錯綜が
横たわっているようで、
それらをどうやってわかりやすい言語表現にまとめたらいいのか、
納得できる回答を導き出せず、
未だに暗中模索の試行錯誤ばかりが繰り返されているようで、
なにやら何もかもが道半ばで困っているらしい。
しかしそれでもそれをやり続けなければならず、
そんな成り行きの中で語り、
言葉を記している現状があるらしい。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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