文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.1.1 「信じることの難しさ」

2015/01/01

やっていることが破綻していると思われる時、
なおもそれをやっているふりを装うのは、
気が退けるだろうか。
少なくとも時間の経過が感じられるのだから、
それだけ時が経っているわけで、
未来に向けて着実に進み続けているのではないか。
時間だけは進んでいる。
ではそれ以外はどうなのだろうか。
破綻をきたしているのはなんなのか。
それはものでもことでもなく、
ただの印象であり気分的にそう思われるだけか。
それでかまわないだろう。
あやふやで取り止めがなく、
どこへと向かっているのか皆目見当がつかず、
同じ場所で停滞しているようにも感じられるのだが、
時間だけは着実に進んでいるようだ。
未来がないわけではないらしい。
確実にあるわけではないが、
まったくないわけでもない。
時間が進んで行けば、
何かしらぶち当たるものやことがあるのだろう。
何かに巻き込まれたりするのだろうか。
それは事件なの出来事なのか、
はたまた現象なのかわからないが、
とりあえず今も何かに巻き込まれているのだろうし、
その渦中で何かしら考え、
何かしら対処しているわけだ。
生きている間はそうなってしまう。
死後の世界など信じようと信じまいと、
生きている間は何かしらやらなければならず、
やっているつもりで生きているわけだ。
周囲の雑音に惑わされながらも、
何かをやり遂げようとして、
途中でわけがわからなくなりながらも、
とにかくそれをやり遂げようとしている。
そこになんらかの行為の継続があるのだろうし、
あるように見せかけたいのかもしれず、
そのつもりで何かをやっているわけだ。
そのやっている何かがこれであり、
こうしてこれを続けているのではないか。
だがどうもその辺から信じられなくなってくる。
これとはなんなのか。
これがこれである必要があるのか。
そんなことなどわかるわけがなく、
これがなんであってもかまわず、
これでなくてもかまわないのではないか。
要するにこれは蛇足なのだ。
何かの付け足しであり、
用をなさない何かでしかなく、
無駄で無効な何かなのだろう。
そしてそうやって一通り卑下したり否定したりした後から、
これが始まるわけだ。
しかしこれとはなんなのだろうか。
これ以上は愚問を繰り返すわけには行かなそうで、
さっさと本題に入らないと、
いつまでたっても空疎な内容に終始してしまいそうだ。
だが果たしてそこに本題が含まれているのだろうか。

たぶん誰もがメディアが伝える世界情勢から影響を受けながら、
世界に対してなんらかの認識を抱いている。
その認識は出来事や現象の結果からだけではなく、
見聞したり体験したりできないことを、
想像や類推によって補完することによっても、
構成されているわけで、
その人が占める社会的な立場や地位によっても、
あるいは情報として受け取る量や質やメディアの違いによっても、
異なる認識が導き出されてしまうのだろう。
だから人によってそれぞれ違う世界観がありそうで、
その認識の違いから話がかみ合わない場合もあり、
そこからいらぬ誤解や勘違いが生じることもあるだろう。
たぶんそこに人と人とが
コミュニケーションを取る際の摩擦が生じているのだ。
そしてその摩擦を利用して、
他人をやり込めようと画策している人たちもいるらしく、
他人の主張をわざと曲解して、
時に強引に捻じ曲げて、
自らのテリトリーに持ち込み、
そこで自説の正しさを強調しながら、
他人の主張を誤ったものとして糾弾するわけだ。
互いにそれを狙うと議論は平行線に終始するわけだが、
まあ無理に対立するような関係でもないし、
軽い気持ちで他人に調子を合わせようとしたら最後、
そこに生じた隙を突いて、
ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる輩がいるみたいで、
おちおち善人づらもしていられないわけで、
相手の顔や表情が見えないネット上では、
注意してかからなければならない。
世知辛い世の中といってしまえばそれまでだが、
それが見え見えだと察知したら、
とっさの判断で意表をつくしかなく、
思いがけない方向から先手必勝を攻撃を食らわし、
あとはヒット・アンド・アウェイで適当にあしらうだけだ。
もちろん相手もそれを仕掛けてきているのだから、
別にそれが成功しても失敗してもどちらでもかまわないのだが、
際限のない問答の繰り返しに持ち込んで、
論争相手が疲弊するのを楽しむような、
悪意に満ち満ちた人たちをのさばらせるわけにもいかないので、
結局こちらも始めから強い態度で非寛容を貫き通して、
不快な議論の平行線に至らないうちに、
始末をつけようとしてしまいがちになるが、
それがどこまで通用するとも限らないので、
できればそれとは別の切り口や引き出しも用意しておいて、
相手の不意をついてそれを繰り出したりして、
なるべく万全を期したいところだが、
能力にも限界があるし、
持ち合わせも大して豊富でもないので、
とりあえず自らの主張を正当化せざるを得ないような、
窮屈な姿勢はやめることにしているので、
行き当たりばったりで強引で理不尽な言動を繰り出し、
時にはめちゃくちゃなことを述べて、
相手を呆れさせるように心がけているつもりだが、
それも倒錯的で皮相な振る舞いでしかなく、
物事の本質からかけ離れているようにも思えるのだが、
その一方で、
どうもコミュニケーションによる合意など信じていないのであり、
合意とは否定的な妥協以外にあり得ないような気もしていて、
そこで逆に他人を信用することの難しさを痛感させられるわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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