文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2013.12.26

2013/12/26

当たり前といえば当たり前のことでしかないが、
普通に考えれば、
普通に思うようなことを語っていれば、
それでかまわないわけか。
別に猪瀬直樹が反省したところで、
どうなるものでもないとは思うが、
せっかくつかんだ都知事の座を、
思いもよらぬところからケチがついて、
追われてしまったのだから、
当人としては反省せざるを得ないのだろうが、
仮にもっとうまく立ち回れて、
借りた五千万円も疑惑を持たれないようにうまく処理できたところで、
そしてこれから何期にも渡って都知事の椅子に居座り続けたところで、
当人はもとより誰も気づかないかもしれないが、
そんなことを述べている君も、
本当のところはわからないのかもしれないが、
前の都知事の石原氏や、
これから立候補する噂の舛添氏や東国原氏などもそうだが、
何というか、
要するにそれらの人たちは、
大衆社会によって作り出された
キッチュな人物である以上でも以下でもなく、
みんなそれなりに個性を持ち、
その手の人たちが期待している範囲内で、
それなりの主張を戦わせていて、
そういう役割を担った人物が都知事になれば、
それなりにメディアも対応して、
それなりのことを伝え、
人々もそれなりに受け止めるのだろうが、
それはシュワルツェネッガーがカリフォルニア州知事になった時と、
大して違わないことかもしれないが、
知事という立場自体がそういうことでしかなく、
それは下手をすると一国の首相や大統領ですらも、
要するにそういう立場でしかないのかもしれないが、
そういう人たちが行政の長になり、
それふうのことを主張し、
それふうのことをやり、
人それぞれでやっていることに差異が生じ、
その差異を巡ってメディア上で誰かが良い悪いを論じ、
賞賛したり非難したりして、
悪かったり非難されている人は、
辞任したり選挙で敗れたりして、
そうやって世の中は移り変わり、
そんなことを思いながら君も年老いていってしまうのだろうが、
しかしこれらの成り行きはいったい何なのだろうか。
なぜ何かの冗談のように思われてしまうのか。
無い物ねだりが招いたあり得ない妄想がそう思わせるのか。
別にそれらの人たちに何を期待しているのでもなく、
そういう世の中を知れば知るほど
期待できなくなっていってしまうのかもしれないが、
もしかして知事だろうと首相だろうと大統領だろうと、
誰も何も動かせないような世界になっているのではないか。
もちろん冗談でそんなことを思っているのだろう。
誰も何も動かせないわけではなく、
動かせる立場の誰かが動かせる範囲内で動かしているわけで、
その立場と範囲が限られているということであり、
議会で多数派を占める会派の了承を得られる人物が、
官僚が許容できる範囲内で動かせるということだ。
それが議会制民主主義という制度なわけか。

やはりそれは当たり前といえば当たり前のことなのだろう。
それ以上の何が導き出されるわけでもない結論に、
何を付け加える気も起こらず、
それで済んでしまえば、
また別のことを考えるしかないのだろうが、
別に何があるわけでもなく、
何もなければ何もないまま、
議会や行政に何か期待すること自体がおかしいのだろうし、
君は君でそれとは違う方面に期待しているのかもしれず、
自らもそれなりに何かやっているつもりなのだろうが、
やはりそれとこれとは無関係で、
期待するようなことでもないわけか。
いったいこの世界に何を期待しているのだろうか。
君を楽しませてくれる何かを世界がもたらしてくれるというのか。
それとも世界には何も期待せず、
世界の一部でしかない自らが何かをもたらそうとしているわけか。
それが思い上がりなのか。
何もなければ抽象的な思考を働かせて、
ありふれた幻想を抱き、
あるいは夢の世界で虚構を思い描き、
そんな言葉のごまかしによって、
空疎な言説を込み入らせ、
それがいつもの悪い癖なのだろうが、
何か語っているように装うわけか。
人は政治に無い物ねだりをしては、
それが受け入れられないと、
現状を肯定するしかなく、
無い物ねだりをしていた頃の自分と、
今も無い物ねだりをしている人たちを嘲笑して、
そういう自らの変節を正当化するわけで、
その手の現実主義者たちは、
少数派となってなお未だに夢見る人でいられる人たちを無視できず、
我慢がならずに、
事ある度ごとに、
そんな人たちに向かってさかんに罵倒を繰り返してきたわけだが、
やはりそれでも夢見る人たちはそのままでいられるようで、
いつまでも実現不可能な夢を見ている。
まさか君もその中の一人なのだろうか。
そういう態度でいられると腹が立って仕方ないわけか。
いつまでもふざけたことを述べていないで、
世の中の多数派に同調すべきか。
そして現実的な政策によって
現実的に問題を処理している人たちを支持し、
それで世の中が動いていることを実感すべきか。
たぶんそれが大人の認識であり、
大人の対応なのだろう。
では夢見る人たちは、
そんな大人になることを拒否しているわけか。
大人になってからも夢を見ているわけだから、
それでも一応は大人には違いなく、
大人になることと夢見る人であることとは無関係なのかもしれず、
それと現実主義者になることも関係ないのかもしれない。
たぶんそれらはただの思い込みであり、
夢見る人たちが未だに無い物ねだりをしているわけでもなく、
現実主義者たちには、
誰かがどこかで
無い物ねだりをしているように見えてしまうのかもしれないが、
彼らが日頃感じている現実こそが、
現実主義者の無い物ねだりによって生じた現実なのかもしれず、
ないものがあるように感じられてしまうから、
それが現実であるかのように思い込み、
自らが罵倒しているつもりのとうの対象が、
鏡に映った自分自身であることに気づかず、
要するに彼らは彼ら自身が作り上げた幻影と日々戦っているのであり、
それは死ぬまで続く苦悶のようなものなのだろう。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。