文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2013.12.4

2013/12/04

やはり現状に関しては確かなことは何も言えず、
納得できる断言には至らない。
そう述べて何かに媚びているのだろうか。
でもそれほど調子に乗ってでたらめなことを記しているとも思えず、
偏った内容にしたいのでもないらしい。
頭で考えていてはまずいのだろう。
嘘でもかまわないから、
感じるままに言葉を記さなければならない。
それは迷信なのだろうか。
何がうまくいくとも思えないが、
具体的には何も語れない。
引きこもっていても、
少しずつ社会の中へと引き出されてしまうわけか。
そして無様な醜態をさらけ出し、
惨めな気分で落ち込んでしまう。
そういう成り行きにならないようにするにはどうしたらいいのか。
君が考えることではない。
救いの神など現れないだろうし、
未だに強がっているだけで、
救われようとも思っていないのだろう。
だからそうならないうちに、
どこか遠くへ逃げ出さなければならないのか。
また逃避願望が頭をもたげてきて、
自然とそこから走って逃げていることに気づき、
何に追われているわけでもないのに、
気がつけば全力疾走で逃げている。
そんなはずがなく、
実際にやったら息が切れて、
途中で道端に倒れ込んでしまいそうだ。
どうやらまた作り話の中で
何かから逃げている夢でも見ているのだろうが、
到底逃げ切れるとは思えず、
結局追いつかれて観念してしまうわけか。
それでも隙を見ては逃げようとしているのであり、
いつまで経っても逃避願望が頭から離れず、
要するにそれが甘えの構造となっているのかもしれず、
そこから会話にも対話にも至ることがなく、
モノローグの世界でいつまでも自足しようとしている。
そこで記されたすべては
架空の作り話の中で成り立っている文章なのだろうか。
そう思うとがっくりきてしまうが、
それにしてもたわいのないことだと思いつつも、
こればかりはどうにもならないことであり、
どこにも至らないのが致命的で、
至りようがない成り行きの中で、
どのように言葉を記そうとしても、
空疎でつじつまの合わない内容となってしまうらしい。
そんなわけで相変わらず試練の中にいるようで、
それらの語りから何も生み出せないことに焦り、
さらに語ろうとして何かが壊れてしまうわけか。
しかし何かとは何だろう。

精神的なものではないのか。
何かとは架空の何かかもしれず、
その何かを探し出そうとしているのではなく、
その存在を無視しようとしているのではないか。
だが無視するも何も、
無視できないからつい何かと記してしまうのであって、
それは困った時の何かであり、
不意に心の隙を突いて回帰してくる何かなのではないか。
要するに無意識が何かという言葉にこだわっているわけか。
だがたとえこだわっているとしても、
そんなあやふやなこだわりは無視されるべきもので、
実際に何かと記した後、
すぐにそれを無視して無関係なことを語りだそうとする。
だから話の中でつじつまが合ってしまったり、
文章の中で答えが導き出され、
そこで話が完結してしまってはまずいのかもしれない。
語ることとは語りの範囲内で語られることであり、
実際に何かをやるのとは違い、
何かが行われた後から、
それについてああだこうだと語られてしまうのだから、
そこには当然こと限界があり、
語ることだけによって、
何が成し遂げられるわけでもなく、
語られることの中から、
たとえば現状を変革するための処方箋とかが見出されてしまうのは
おかしいと言わねばならず、
たぶんそれは間違った文章の解釈となりそうだ。
しかしそう述べる理由は何なのか。
それは本当だろうか。
にわかには信じ難いか。
ではまたでたらめなことを語っているわけか。
そんなことを語っているうちに、
心の中で何かがぶれてきているようだ。
そしていい加減にその何かを特定したくなっているのか。
何かとは何なのか。
そんな問いが繰り返されて、
意味のない語りが継続され、
嫌になってしまうのだろうか。
でもそれはいつものことであり、
そういう成り行きには嫌というほど遭遇していて、
もはや馴れてしまって、
何とも感じていないのかもしれず、
嫌になってしまうと記しているにしても、
それほど嫌がってはおらず、
何かの惰性で平然とそんなことを記しているだけではないのか。
それもおかしいだろうか。
端から見ればおかしいのかもしれないが、
それで何を解決しようとしているわけでもなく、
現実に何がどうなっているわけでもない。
でもそんなことを語っている現状があり、
君はそんなことを語りつつも、
そこから逃れられずにいるらしく、
全力疾走で逃げているつもりが、
気がつけばすでに虚無に追いつかれていて、
自らが相も変わらず空疎なことを語っている現実に出くわしているわけだ。

君はそんな現状に感動しているのだろうか。
そんなふうにわざと嘘をついてみても無駄か。
では実態に則して語るならば、
それは感動ではなくあきらめか。
あるいは呆れているのだろうか。
何を強弁するつもりはないし、
そんな語りによって、
無理に自らを有利な立場へと引き上げようとしているのでもない。
現状に対して正しい認識を示しながらも、
これからどうしたらいいのかが示せないでいるのは、
その手の言説に共通する欠陥だろうか。
それについて語るだけでは現状を打破できないということか。
でも打破しようのない現実に著面しているから、
思わずそういう言説に終始せざるを得ないのではないか。
たぶん批判することは可能なのだろうが、
ではどうすればいいのかと問われれば、
納得できるような処方箋など出しようがなく、
要するに批判するだけでは現状を変えることなどできはしない。
もしかしたら批判すること自体が間違っているのかもしれないが、
批判するしかない立場に追い込まれていて、
実際に多くの人たちがその手の批判を繰り返しているわけだ。
そういう批判自体を改めて批判したところで
意味をなさないのはわかりきったことで、
批判の批判など何の効果もなく、
返って状況を悪化させるだけだろうか。
しかしそれでも批判を繰り返さざるを得ないわけだ。
それを際限のない批判の悪循環だとは言うまい。
批判しているだけでもまだマシな方で、
口をつぐんで沈黙してしまえば、
それは自らの敗北を認めたことになってしまうのだろうか。
そうではないと思いたいところだが、
君はそういうのとは違う方面で、
何かを見つけ出したいようだ。
まさかそれが出口であったりするわけか。
しかし何が出口なのだろうか。
まあありふれたことを繰り返し述べるならば、
官僚機構は軍隊や警察や裁判所や刑務所という強制的な暴力装置を
持ち合わせていて、
元官僚の政治家もごろごろいるようで、
そういう連中とグルになって自分たちに有利になるような法律を作って、
それを強要して支配下の住民から税金を搾り取り、
自分たちの組織を盤石なものとしたいのかもしれず、
今回のNHKの
テレビのない世帯からも強制的に受信料を徴収するというのも、
それの一環には違いなく、
果たしてそんな法律ができたら、
それに逆らう手段があったりするわけか。
そんなことを考えると、
実際には何が出口でもないような気がするのだが、
何も思いつかなくても、
自然と出口から
それらの外に出られるような成り行きになっていたらいいのだろうが、
何もしないでそれはないか。
でも批判はできるのだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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