文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2013.10.26

2013/10/26

何だか変な具合にはまっているようだ。
支離滅裂なことを語っていたらしく、
工夫を凝らしているとは言い難い。
急いでいたのかもしれない。
もう我慢の限界だろうか。
何がそうなのだろうか。
外では雨が降り続いている。
確かに思い通りに語っているわけではなく、
そう簡単にはいかないことも承知の上で、
なおも何とかしたいのだろうし、
何をやるにも辛抱が必要だとも思い、
それはかつて思っていたことだと気づくが、
今でも思っているのか定かではなく、
すでに意識はそこから遠ざかるだけ遠ざかってしまい、
そんな遠ざかりが何をもたらしているのでもないと思い、
思いがけずもたらされたそれを拒否したいわけでもなく、
もはやそれとは何かと問う必要もなさそうだ。
実際にもたらされているそれは
分相応の何かであり、
少なくとも刑罰のたぐいではない。
自由であれとも思わない。
夜通し降り注いでいる雨とともに、
何かがもたらされているとしても、
それほどありがたいとも思えず、
余計なお世話でもないのだろうが、
何がそうとも言い切れず、
頑なに拒否するには及ばない。
それにしてもあくびが出る理由は眠いからか。
いくら言葉を修正してみても、
しっくりこないのは毎度のことで、
何か引っかかるものを感じながらも、
ひたすらそんなことを記しながら、
何やら虚無的に語っているようだ。

それが暇つぶしとは思えない。
ニュースはいくらでもあり、
ひっきりなしに出来事が伝えられ、
それについて解説やら論評やらが付け加えられ、
良いも悪いもいえなくなってしまう。
やはりそれがどうしたわけでもない。
憎まれ口を叩かれいるうちが華か。
でも無視されていた方が気楽かもしれない。
他の誰に向けて、
あるいは世の中に向けて主張したいこともなく、
ただひたすら生きられるだけ生きてゆけばいいのだろうか。
達観するとはそういうことか。
ちょっと違うような気がするが、
その場の気分次第でそんなことを思い、
また違うことも思うのだろう。
偶然の巡り会わせにその身を委ねなければならない。
そして機会を捉えて不意に態度を豹変させ、
それに見合った言葉を繰り出し、
まったく違う認識を表明して、
他の誰かをあっと驚かせたいのか。
予定調和には陥りたくないのだろうか。
要するに気まぐれなのだろう。
面倒なことには関わりたくないようで、
黙ってその場を立ち去り、
やがて忘れられ、
どこか別の場所で、
今までとは違う環境の中で生活しているのかもしれず、
気づかれなければ気づかれないだけ好都合で、
そのまま何食わぬ顔をして生きているわけか。
物は言いようか。
別に何に抗って、
何を拒否しているのでもなく、
成り行き次第でそこに居座り、
嫌になったら出てゆくまでなのか。
果たしてそんなふうに立ち回れるだろうか。

当時は国家主義思想が蔓延していた時期か。
そこで誰が何に巻き込まれていたとも思えないが、
そんな時代とはどんな時代だったのだろう。
唐突に思いを馳せる。
そんな時代の中で、
誰かは雨にも風にも負けずに何をやろうとしていたのか。
やっていたのは宗教を信じることのたぐいか。
幻想を抱きながら、
物語でも著していたのかもしれない。
それを後の時代に生きる人たちが美化して、
伝説の何かに祭り上げ、
そんな言葉だけを浮き上がらせてしまうわけか。
本当は雨にも風にも負けながら、
情けない境遇の中で死んでしまったのかもしれない。
いくら言葉を美化しても、
悲惨な人たちは救われない。
逆に救われないから、
生き残った人たちは生きてゆけるのであり、
情け容赦のない過酷な環境の中でも、
少なくとも死ぬまでは生きていられるのだろう。
それが救いのない人たちが受け入れている境遇であり、
雨にも風にも負けながら、
うわべだけの美しい言葉を遠ざけて、
ただ死ぬまでは生きているわけだ。
宗教はごまかしでしかなく、
そこで何をごまかしているのかと言えば、
どんなに悲惨な境遇にあっても、
そこに何かしら救いがあると思わせようとしてしまうことだろうか。
たぶんそれでも何とかしなければならないのだろう。
君は英雄的な行為も美しい言葉によるごまかしも拒否してしまうのか。
あるのはありのまま現実でしかない。
それがおもしろいのではないか。
つまらなくてもおもしろいと思い込み、
そんなごまかしとは別のごまかしを作動させて、
何かあり得ないような妄想を抱いていたいようだ。
それは見たまま感じたままの、
ありのままのフィクションだろうか。
確かにそれはあり得ない。

かろうじてそんなことを思い、
それをでたらめのように感じてしまうのだろうが、
そんな境遇に至ったような、
過剰な何かの作用を認めざるを得ず、
それによってどこまでも押し出されているように感じられ、
それが理由の定かでない遠ざかりを招いているのかもしれず、
ともかく何らかの力が働いているのだろう。
そういう認識に至ることがそこでの救いであり、
慰めなのか。
それは冗談だろう。
偶然の巡り合わせとしか思えず、
現実を超えた現実があり、
それは現実でも何でもないのだろうが、
そうした根拠のないリアリティを追い求め、
それがもたらす幻覚と妄想の狭間で考えを巡らし、
役に立たない思考を働かせながら、
何かいいアイデアにたどり着けばとは思う。
何も期待していないのにそれはないか。
知っていることはそれだけか。
それに関する曖昧な知識を用いて、
何かを徹底的に追及したいのだろうか。
知識が曖昧では徹底化できないのではないか。
遊戯的な言葉の並びを眺めているだけではどうしようもない。
思考の思想もその徹底化も形式化の試みも、
もはや前世紀の人々によって
行き着くところまで行き着いてしまったのかもしれない。
中にはそんな様々な試みを、
まるでパッチワークのように縫い合わせ、
それを書物によって提示してみせた人もいる。
それは恣意的な個人図書館といった風情か。
ご苦労なことであり、
現代においてそれを利用しない手はないか。
しかしどうやって利用したらいいのか。
それとも何かそれらとは違う方向を模索すべきなのか。
しかし現実にやっていることはたかが知れている。
度々行き詰まりながらも、
かろうじて持ちこたえている状況でしかない。

過去から何を学ぼうとしているわけでもないが、
そんな書物を読みながらふと気づいたことといえば、
いつの世でもひどい人はひどいままのさばっていて、
そんなひどい人を周りのひどい人たちが支えながら、
ひどいことを承知の上で支持しているようで、
そうやることで自らの利益に結びつけつつ、
ひとまずそれを確保しておきたいのだろうが、
まあそれは長い目で見れば浅はか極まりない行為なのだろう。
でもそういうやり方がまかり通っているうちは、
長い物には巻かれろ式で、
とりあえずそうすることがベターな選択なのかもしれず、
そんな流行の波に乗り遅れるわけにはいかないか。
でも君には何が流行しているのかわからないし、
興味がない。
そしてそんな白々しい嘘が通用しないことは承知で、
さらにいい加減にでたらめに語ろうとしてしまい、
結局自ら墓穴を掘ってそこでご臨終か。
もはや穴など掘るだけの体力さえないのではないか。
そんな語りのお遊戯にも飽きてしまったということか。
でも飽きようが呆れようが、
君の思いなど尊重されるわけがなく、
誰も懲りるはずもなく、
のさばっている人はのさばり続け、
それにあやかろうとする人たちは後を絶たず現れては消え、
消えては性懲りもなく執拗に現れ、
殺し文句やだまし文句や脅し文句を駆使して、
浅はかな人たちを脅しながらだましながら殺しながらのさばり続け、
いつまでもどこまでも宿痾のごとく取り憑いているわけか。
もしかしてそれは君の思い違いではないのか。
ならばそんなことはわからなくてもかまわないのかもしれないし、
無理にわかる必要もなく、
そんな思い自体が勘違いの誇大妄想だとしたら、
それはそれで愉快なことかもしれない。
たぶんそれが救いとなっているのだろう。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。