文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2008.12.7

2008/12/10

何がくだらないのだろう。
何を否定しても始まらないが、
いつものように意味のない話だ。
意味がなければ困るのか。
たぶんそんなことは知ったことではないのだろうが、
数日後の空は晴れているらしい。
何がどうなってそうなっているわけでもないが、
雨が降った翌日は晴れている。
ありふれた天候だろうか。
たぶんそんなことを述べたいのではない。
なぜかこの世界の現状を馬鹿にしてみたい衝動に駆られ、
それも嘘の一部であることを承知しながらも、
他の誰かがそう思っていることを想像してみるが、
やはりそれでも意味がないような気がしてくる。
実際の誰かは何を馬鹿にしているふうもなく、
何となくこの世界の中で
うごめいている人々のことを思ってみる。
それも嘘の続きか。
嘘でなければ何なのか。
誰がわざと嘘をついているのでもないが、
それらの人々の性格はどこから生じてくるのか。
各自が関わっている仕事や生活環境や親からの遺伝から
そういう性格が生じてしまうのだろうか。
だからそれが何だというのか。
その人の言動や癖から判断して、
そういう性格だと思い込もうとしているだけだ。
それはくだらないことだろうか。
他人をそういう性格だと断定して、
気休めでも得たいのか。
くだらなければ他に何を考えればいいのだろう。
例えば人類全体としてならどういう性格を有しているのか。
いきなり大げさに飛躍してどうするのだろう。
そんなことを考えること自体が馬鹿げている。
その人独自の特徴を性格という言葉を使って
とらえようとしているだけなのに、
人類全体では他に比較する対象がないので、
性格という言葉に有効な意味が宿らないのではないか。
要するに小難しいことを考えているわけだが、
それでは意味がわからなくなるか。
自己中心的な君にとっては
他人の性格などどうでもいいことで、
ましてや人類の性格なんて漠然としすぎている。
それでは何について述べようとしているのかわからなくなる。
気休めに誰の性格について論じたいわけではなく、
別に今さら人類をどうたらこうたら言いたいわけでもない。
ならばそこで話の振り出しに戻ってきたわけだ。
ではそういう逡巡を繰り返している目的とは何だろう。
他に何か利いた風なことを述べたいのだろうか。
それに関して何を語ればいいのかわからない。
それはないだろう。
あまりにも考えが浅はかだ。
それでかまわないとしたら何も語らなければいい。
語っているうちに投げやりな気分になってくるようだ。
誰かが本当に語りたいのは
そんなことでもないのかもしれない。
人はなぜ何のために語っているのだろうか。
なぜでもなく、
何のためでもなく、
ただ語りたいから語っているだけかもしれない。
そういう想像の先に言葉が続くとは思えない。
続かなかったらそこで終わりか。
終わりたくても終わらせられないようだ。
誰かに勝手に終わらせる自由はなく、
そこに誰かの目的があり、
それは言葉を記すことだ。
大げさに理由を求めてきた割には答えが簡単すぎないか。
気に入らないなら他に理由を探せばいいのだろうが、
そんなわけでさらに意味のない話となってしまいそうで、
誰かがそれでかまわないと言っているような
気がしてくるが、
相変わらず何をどう述べても何でもないことだ。
いくらでもその先に空疎な内容が続きそうな気がして、
何もまともに語りたくなければ、
ひたすらそんなふうに語っていればいいのかもしれない。
何が原因でそんな投げやりなことを述べるはめに
陥ってしまったのか。
そこにも理由があるとは思えず、
人は他人との意思疎通に成功している限り、
孤独に苛まれて被害妄想を抱くこともないだろう。
収入を絶たれて生活に行き詰まれば
犯罪に手を染めるしかなくなり、
生き残るために手段を選ばず何でもやるようになる。
ただそれだけのことにどんなコメント付け加えればいいのか。
それの何が君の知ったことではないのだろうか。
人はそんな当たり前の成り行きを何とかしてほしいらしい。
誰も何ともしようがなく、
ただこの世の仕組みを信じられなくなる。
未来を先取りしようとしても虚しい結果に終わるだろう。
この世に気に入らないことはいくらでもあり、
それを改めようとすれば、
そこから利益を得ている人たちが阻もうとする。
それがくだらないことのすべてなのか。
それはすばらしいことだろうか。
何らかの利益供給装置がそこにあるとすれば、
その恩恵にあずかっている人たちにとって
それはすばらしいことだ。
できればそれを糧として
今後とも末永く暮らしてゆきたいと思うだろう。
それの何が馬鹿げているように思われるのだろう。
そうやってほとんどの人が暮らしているのに、
何となく虚しくなってくる。
何か他に気休めや気晴らし以外の認識を
得たい気がしてくる。
そういう現実を肯定するための思い込みが必要だが、
やはりそれでもくだらない。
そう思ってしまうのだからどうしようもない。
そしてどうしようもなければどうなるわけでもなく、
どうにもならなければ何もしなくてもいいのではないか。
そんな結論がどこから出てきたのか。
成り行きまかせで
でたらめなことを述べているだけかもしれず、
やはり述べていることにまともな意味を見出せない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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