文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2008.9.3

2008/09/03

つまらないことを述べている。
深夜だ。
急に何かが違っているように思われ、
それを正しい方向へと軌道修正しようとしている。
しかし世の出来事からは遠く離れてしまった。
まったく興味を抱けない。
何がどうなっても仕方がないように思われる。
すべての現象や出来事がどうなってもかまわない。
そして虚無の罠にはまりつつある。
そんな気がしているだけで、
実際はどうかわからない。
だがこうなってしまったらどうしようもない。
てこでもここから動かないような気がする。
何でもないことは限りなく何でもないことだ。
今ならすべてを肯定できる。
思い直すようなことは何もない。
そんな嘘をついてどうするわけでもないが、
やはり何となくそんなことを述べているわけだ。
何かからの影響ではない。
ただの戯れ言に違いない。
見る見るうちに感傷的になる。
空想の世界だ。
とらえどころがわからない。
言葉を記しているのではないのかもしれない。
それが理解できないらしく、
何を述べても違っているような気になるが、
それらの感覚をわかる術などないのだろう。
どのように考えることもできず、
言葉そのものの作用を信じられなくなる。
この世界の有り様を信じようとしていないのだろう。
だが君は君自身の感覚をわかっていて、
誰かも薄々感づいているかもしれないが、
信じているものが違うらしい。
世の中がでたらめになっていることに気づいている。
昔からそうなのだ。
たぶん秩序らしき概念が幻想に過ぎず、
すべてがはじめから混沌としていたわけだ。
そこから感覚を遠ざけるわけにはいかない。
気がつけば気が遠くなりかけている。
耳も遠くなり、
やがて何も聞こえなくなるだろう。
今までが幻想に浸かりすぎていたわけだ。
どこまでそうなのかわからないが、
空疎なことばかり述べているようで、
それが世界の反映だとしたら、
それらの文章は虚無そのものだ。
わざとそんな風に語ろうとしている。
近頃は語彙が少ない。
やはりそんなことを述べてしまい、
それは以前と変わらない言説になるが、
もはや言説とは言えないだろう。
何かを打ち消そうとしているわけだ。
くだらぬ心理的境地を獲得してしまったのかもしれない。
もういいのだろう。
そんなことを述べていてかまわないのだ。
完全に何かをあきらめている。
まともなことを述べるのをあきらめているのかもしれないが、
それが大きな勘違いになっているのだろう。
すでにいくらでも語ってきたはずだ。
それも思い違いの続きかもしれない。
いずれにしろ、
今の段階では何とも言えない。
客観的な視点を導入できない。
そこに何かが足りないことはわかっていて、
それが疑念や疑問であることも知っているが、
しかしそれを語っていては間違っていることになる。
それが足りないままの方がより真実に近い。
だが無理に正しいことを語ろうとしているのではない。
何もそこまで語る必要性を感じないのだ。
彼でも誰でも君でもかまわないのだが、
まるでそれらの人格の間に自己顕示欲が生じてこないようで、
たぶん彼らにとってそんなことはどうでもいいのだろう。
適当に言葉が連なればそれでかまわないのかもしれず、
その程度のことに
いちいちこだわってはいられないのかもしれない。
時間の経過とともに何かが確実に移り変わっていて、
意識もくだらぬこだわりを捨てて前進しようとしている。
何となく嘘だとしても
前向きなことを述べてもかまわないのだろう。
本当は停滞しているのかもしれないが、
やはり何となくそれでもかまわないのだろう。
そんな風にして語っていくしかなく、
まともな内容など求めるには及ばず、
わざと間違ったことを述べていようと、
その辺は適当にこなしていかなければならない。
本気でそんな風に思っているのではないようだが、
何か他に述べることがあるかというと、
今のところは何も思い当たらず、
ただ馬鹿げた世界の中で、
人が何をしていようとかまわないのであり、
何かのしがらみに拘束されながらも、
漫画的に都合よく救いの手が差し伸べられるのを
期待するわけにもいかず、
そこで自らのやれる範囲内のことをやるまでなのだが、
それをやっていくとしても何の救いも感じられず、
ただ漠然と作業をこなして、
日々を生きていくしかないようだ。
それ以外に何があろうとなかろうと、
とても日常の世界に幻想を抱く気にはなれず、
ただの気休めや気晴らしの娯楽にうつつを抜かしているのも
それなりに楽しいのだろうが、
たぶんそれは現状肯定にしか結びつかないことが
明らかであり、
よりいっそう退屈を持て余すばかりとなるだろう。
何を体験しようと、
それが繰り返されれば必ず飽きてしまい、
また別の娯楽を探しても、
次から次へと新しい娯楽を体験するだけだ。
たまたま同じ娯楽が感性に合って、
それを繰り返し体験しても飽きないならば、
そこから先は同じ娯楽の無限循環となるだけだ。
たぶんそう述べるのは間違っているのだろう。
向上心とともに体験するなら、
その度に新鮮な気分を味わうことができるかもしれないが、
それがどうしたというわけでもなく、
仕事も娯楽も
人をそこへ押しとどめておくための装置でしかない。
要するに何をどう述べても、
そこに否定的な解釈を導入すれば、
すべてはつまらないこととなり、
そうやってすべてを否定することが
その者の仕事や娯楽の一環になるだけだ。
やはり今日は気分がおかしい。
様々な出来事が立て続けに起こりつつあるようで、
常にそんな予感がしている。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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