文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2008.7.11

2008/07/12

誰かが戻り道を探している。
落ち着いているわけではない。
道にガラスの破片が散らばっている。
印象的な光景か。
抗っている流れの中に何があるらしい。
君には見えない何かだ。
他の何を見ようとしているわけではない。
そしてそれが気に入らないことのすべてではない。
何を語ろうとしているわけでもない。
否定すべき何かを忘れている。
何かから遠ざかっているようだ。
思い出すべき何かを思い出せずにいる。
なぜこの世界の中に存在しているのか。
くだらぬ疑念を抱いているようだが、
それは誰に伝えるべき情報でもない。
もう少し勘を信じてみたらどうか。
しかし言葉が分散しすぎている。
何を語っているのかわからない。
信じるに足る根拠など何もありはしない。
どこに足かせが絡まっているというのか。
発想が貧困か。
記された言葉が現実から逃げているようだ。
意識は現実に立ち向かおうとしているのに、
なぜ逃げ腰の言葉が連なってしまうのだろうか。
現実とは何だろう。
わかりやすい現実なら
ニュースが伝えているようなことでしかない。
そこに何を付け加えたらリアリティを得られるのか。
言葉ではなく映像や音声か。
安っぽい音楽にまみれて脳みそが白痴状態だ。
そんなはずがない。
ただ結論にたどり着けない。
人を集めるには
わかりやすいスローガンを掲げる必要があるらしい。
そんなやり方で誰かがどこかでデモ行進の最中だ。
にやけたつらで何を馬鹿にしているのか。
何かは三つの背景から成り立っているらしい。
それらをいちいち説明できるだろうか。
三味線の音色ではない。
とりあえず君にはコーヒーが必要だ。
コーヒーを飲みながら何を思うこともなく、
ただ音楽を聴いている。
考えるべき事柄を知らない。
トランペットで何を語りかけているのだろう。
ただ吹いているだけか。
言葉で飾り立てたりはしないらしい。
冷気さらされ、
カフェインも加わり、
次第に頭が冴えてくるような気がする。
道路脇に転がっていた狸の死骸は
一週間で薄っぺらい毛皮だけになってしまったようだ。
近所に住んでいる人は片付けようとしなかったが、
自分は腐りかけの狸の死骸を庭に埋めたことがある。
オーストラリアの荒野の中にある道ばたには
カンガルーの死骸が至る所に転がっているそうだ。
琴線に触れるとはどのようなことだろうか。
わざとらしい問いかけには乗ってこない。
動物の最後を哀れに思うことが大きなお世話なのか。
出来事と別の出来事の間に関連性を見出せずにいる。
人間の死骸なら切り刻まれて
東京湾にでも沈められているところか。
そんなニュースの後に話題がスポーツに移る。
感性がどうかしているのだろう。
魚の死骸は干されて酒のつまみになる。
死骸という言葉の使い方が途中から間違っているわけだ。
たとえそれが真実を伝えているとしても、
不適切な表現になる。
人はそこから何を想像し得るだろうか。
ハエやゴキブリの死骸なら見向きもされず、
ひきがえるが車にひかれてぺしゃんこになっているのを
幼稚園児が興味深そうに見つめている。
お前もやがてそうなる運命だ。
誰が誰に向かってそう告げているのか。
神でも悪魔でもなく、
誰かの空想上の光景の中で
そういう話の展開を期待しているのだろう。
誰が何に驚いているわけでもなく、
ありふれた光景の中に
誰のかの意識が溶け込んでいるらしい。
だがそれで何を説明したことになるのか。
何らかの取捨選択が行われている。
スピーカーから
さっきとは違うトランペットが聞こえてくる。
計算され尽くした言葉の配置ではない。
狙っている効果が発動しているわけではなく、
思っていることが違うらしい。
何かの冗談なのかもしれない。
記憶違いということもあり得る。
立ちすくむような光景ではない。
君が感じていたものとは違うようだ。
駐車場の裏に何かの建設現場があり、
そこがかつてのすみかだったのだ。
何を具体的に示そうとしているのか。
おもしろければそれでかまわないわけか。
幻想の光景とは言い難い。
映画を見ているわけではない。
そこにどのような真実が映し出されているというのか。
人は物を集めるのが好きだ。
それが人間であるための必須条件か。
そうとも言い切れないだろう。
飽きれば捨ててしまう。
必死に探し求めていた日々を忘れてしまうらしい。
忘れっぽいことが人を正気に保っている。
こだわり続ければオタクになるだけか。
その辺が誰かの限界らしい。
作り話の中にはたまに宅八郎が登場するが、
まだ生きているのだろうか。
それがおもしろおかしい支離滅裂だとは思わない。
ロマンとは何だろう。
わざと間違ったことを述べるなら、
ローマ自体の詩人について思いを巡らすこととは
違うらしい。
まったく脈絡を感じられないが、
そこに何らかの技術的な言語操作が得られることを
期待しているわけだ。
そうやって何かが得られる機会を
うかがっているようだが、
そこから呪術的な作用が得られるとは思わない。
ただの言葉だろう。
それが何かの落とし穴となっているとは思えず、
つまずきの石でさえない。
罠だと思えばそうなるかもしれないが、
罠にはまったからといって、
何がどうなるとも思えない。
では何が間違っているのだろうか。
すべては地球のためにではなく、
実質的には
すべては人類のためにやっていることなのだろう。
彼らが生き残るためには
地球の温暖化を阻止しなければならないようだ。
その時代のスローガンのひとつはそういうものだった。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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