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くまから・かまから

みやこふつ(宮古島の方言)で語るエッセイや方言講座、民謡解説、おしらせなどがあります。宮古島出身の人も、そうでない人もまーつき(一緒に)みやこふつを楽しみましょう。

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くまから・かまから vol. 114

2005/12/15

■―― 宮古島方言マガジン ――――――――――――――――――――――■ 


    くまから・かまから  第1・3(木)発行 《vol.114》 2005.12.15
 
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   もくじ
    「一村の絵と故郷の風景」        あば本舗
    「お店紹介24《石嶺とうふ店》」    松谷初美
    「まっちゃがま(お店)の思い出」    みしん
    「洗骨の儀」              菜の花
    「編集後記」              松谷初美

    こんにちは〜。
    寒すぎて、くぱりている(固まっている)きょうこのごろ。
    みなさん、がんずうぅやしーうらまずなー。
    今回のくま・かまは、女性ばかりの登場です。
    心ほぐれるお話満載ですよー。
    あつかー、ぱずみっとー(では、始めますよー)

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「一村の絵と故郷の風景」            あば本舗(下地出身)

 ある日のこと。 
 家からそう遠くない浦添美術館で、「田中一村展」を開いているから見にい
こうと誘われ出かけてみた。『田中一村は千葉県の出身の画家で、絵(日本画)
を描くために戦後の奄美に居ついた。大島紬の工場やサトウキビ畑で日雇いを
しては、狂ったように絵を描き続け、近所付き合いもしない孤独な変わり者だ
ったらしい。 絵を描くためだけに人生の全てを捧げた激烈な生涯だった。』
解説にはそう書いてあった。 

 のーがら、ふがますきーぬ ぴとぅやっさー(何だか気難しそうな人だなぁ)
なんてぶつぶつ言いながら、展示室の中に足をすすめていく。作品群の前に立
ち、ゆっくり一枚の絵を見上げてハッとした。それは海に沈む夕陽とアダンの
絵であった。彼のモチーフは奄美の自然。そこに描かれているのは、亜熱帯の
自然の造形。展示会の一村の絵はどれも、今まで見たどんな絵画よりも迫力が
あり色鮮やかで美しかった。その場に立ちつくして見つめたまま暫らく動けな
い。たますーゆどぅ むつくんぎ ぴらいにゃーんびゃー?(魂をもっていか
れてしまったのかな?)我にかえって思わずそうつぶやいた。
 
 日本画というと、淡い色調の内地の四季と物憂げな着物姿の女性の絵という
イメージがある。しかし、一村の描く絵は、そこに息づく植物や生き物の姿を
いきいきと捉えていて、日本画というジャンルを超えた躍動感に満ちみちてい
る。カラフルな熱帯魚の絵は今にも飛び跳ねそうだし、光と影の鬱蒼とした森
やアダンの絵は、土地や自然の持つ力強ささえも伝わってきそうだ。

 あれから、絵画集を置いてある喫茶店で 時々お茶しながら「田中一村絵画
集」にしばし見とれて過ごすようになった。優雅に芸術に酔いしれているのか
というとそうではない。一村の絵を見ていると宮古島で過ごしたころに戻った
ような感覚に包まれ、不思議に楽しくなってくるのである。

 彼の絵に強く心惹かれ懐かしさを覚えるのは何故だろう?と考えてみると、
浮かんでくるのはやはり奄美と同じ亜熱帯の故郷の風景だった。子供のころ、
近くの海辺や川辺で真っ黒になりながら夢中で遊びまわった日々の風景や出来
事。それらが色鮮やかなアルバムのように私の頭の中に広がっている。

 くらくらするような太陽の日差し。木登りをして遊んだ、だいばん がずま
ぎー(大きなガジュマルの木)。鬼ごっこをして遊ぶうち迷い込んでしまった
ウタキ(御嶽)に漂う、ぴんなぎ(不思議な)気配に、恐怖はなくときめきを
覚えた少女のころ。遠浅の海で生き物たちを追いかけ、さんご礁の岩場で転ん
ではよく怪我をしていた日々。あのころわたし達子供は、手付かずの自然環境
が残っていた宮古島で、自然の中のいろいろな存在に静かに見守られて大きく
なったような気がする。

 一村の絵を見ていると、子供のころ、意識せずに五感で感じていた何かを再
び見つけたような懐かしさで ぴーっちゃがま ぷからす(少し嬉しい)気分
にひたれるのである。

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「お店紹介24《石嶺とうふ店》」        松谷初美(下地出身)

 朝8時過ぎ、西辺にある「石嶺とうふ店」に向かった。西辺中学校を過ぎた
あたりのサトウキビ畑の向こうに、煙突から きうす(煙)がでているのが見
える。

 湯気のむこうに山村日出男さん、洋子さん夫妻が、二つの大きな鍋に たむ
ぬ(薪)をくべながら、豆腐を作っている真っ最中だった。そう、ここが知名
度全国区、「石嶺とうふ店」だ。全国放送のテレビでも何回か紹介されている
ので、ご存知の方も やまかさいる(多くいる)ことでしょう。

 洋子さんは、この家で生まれ育ち、豆腐作りをするお母さんの姿を見ながら
育った。高校を卒業すると内地で就職、結婚。日出男さんのふるさと大分県で
腰を落ち着けた。しかし、年々、豆腐作りが大変になっていくお母さんのこと
が気になっていく。最初に「宮古に帰ろう」と口にしたのは、日出男さんだっ
た。「やっぱりね、こんな素晴らしい豆腐作りが終わってしまっては、もった
いないと思いましたから」それが12年前のことだった。

 最初は、お母さんに習いながら一緒に作っていた。二人だけでやるようにな
ったのは、約6年前。失敗もたくさんした。大豆は、仕入れたその時々で違う。
また、気温によって水につけておく時間も違ってくる。「今でも勉強ですよ」
と二人は言う。

 沖縄の豆腐作りは、内地とは違ったやり方だ。内地では、大豆を丸ごと煮て
から、おからと豆乳に分けニガリを入れて固める「煮とり法」だが、沖縄のや
り方は「生しぼり法」というものだ。

 日出男さんは、午前1時すぎに起き、前の日からつけておいた大豆を機械で
挽き、今度はそれを絞り、豆乳とおからに分ける(これが生しぼりだ)。3時
ごろには、洋子さんも加わり、豆乳を煮ていく。しばらくすると表面に膜がで
きる。これが「湯葉」だ。でも、宮古の人は、「湯葉」を食べる習慣がない。
私も内地で初めて食べた。このできたての湯葉をたべさせてもらったが、大豆
の味がしっかりして、柔らかく、おいしかった。湯葉てぃ かんちぬ んまむ
ぬどぅ やたーなー(湯葉ってこんなにおいしいものだったんだ)

 さて、2時間くらいたつと、表面に白い泡ができてきた。それをていねいに
すくいとり、うぷす(海水)を入れる。そうするとあら不思議、豆乳が固まっ
てきた。(宮古では、んきゃーん(昔)からこの うぷすで豆腐を作ってきた。
このうぷすは、休みの日曜日に西平安名崎の海から汲んできて濾して使ってい
る)ゆし豆腐のできあがりだ。「このできたてのゆしどうふが最高なんですよ。
ぜひ食べてみて」と言われて、いただいた。だいずの香ばしい匂いと、甘み、
うぷすのうっすら塩味、ふわふわの食感がたまらない。味つけは何もいらなか
った。

 私が「んまーんまー(おいしい〜)」と食べている間にも、ふたりは、あ、
うんの呼吸で作業を進めていく。ゆしどうふ用を袋に詰めたあとは、木箱に、
ゆしどうふを入れ固め木綿豆腐を作っていく。一回入れるごとに、ふたで押し
その上にまたゆしどうふを入れる、それを何回も繰り返し、木箱いっぱいに詰
めたら、重石をのせ水を切る。余分な水分が抜け、大豆の栄養分がぎっしり詰
まった、木綿豆腐の出来上がりだ。木箱の跡を目印にひとつひとつ切り分け、
ビニール袋に入れる。一丁の重さは、一キロ近くもあるというから驚きだ。

 内地で、豆腐といえば、水に浸かっているものだが、沖縄の豆腐は違う。あ
つこーこー(熱々)のままビニール袋に入って売られている。内地の、大豆を
煮てからやる方法だとアクが強いため、水につけておかなければいけないと食
品衛生法で決められているのだ。本土復帰の際、この食品法によって、沖縄の
作り方は、なくなりそうになった。しかし、当時の豆腐組合が厚生省に直談判
をし、法に但し書きを入れてもらい、これまでの豆腐作りができるようになっ
た。水にさらさない沖縄の豆腐は、栄養分や旨みを逃がさないため、おいしさ
が詰まっているという。(参考:沖縄県豆腐油揚商工組合のHP)

 こうやって んきゃーん(昔)ながらの製法でひとつひとつていねいに作ら
れた豆腐は、「石嶺とうふ店」では、もちろんのこと、「オキナワ宮古市場」
(警察署通り)や「丸丈商店」(のひなアパート1F)などで買うことができ
る。「豆腐が届く、朝7時すぎや午後4時ごろには、豆腐目当てのお客さんが
たくさん来ますよー、大人気です」とオキナワ宮古市場の玉元さんも話してい
た。

 滋味深い、作り手の愛情が詰まった、「石嶺とうふ店」ぬ 豆腐、ふぁいみ
ーるよー(食べてみてね)。

 《石嶺とうふ店》
  山村 日出男
     洋 子
 宮古島市平良字西原1246番地
 電話:0980−72−7400
 (事前に問い合わせをしてからお出かけください)

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「まっちゃがま(お店)の思い出」         みしん(池間出身)
 
 なんでも屋。日用雑貨があれば、野菜、おもちゃ、洋服までも販売している。
賞味期限の切れた商品さえ売りにだされているのが まっちゃがま。

 私が小、中学生の頃、池間島には12軒のまっちゃがまがありました。小さ
な島にそれだけ店があったのですね。それぞれのまっちゃがまにはお得意様の
おばあ、母ちゃんたちが白髪ぬき、まめぬかーむき(豆の皮むき)・・・サト
ウキビの収穫に使う んな(縄)編みなどをしながらおしゃべりに花をさかせ
ていました。

 まっちゃがまには ちゃんと○○商店という名があるのに、ほとんどのおみ
せはその家の子供の名前で、「○○や〜」(○○の家)とよばれていました。
自宅兼店なので、家事などでいそがしいと店番のひとがいなくて、なんどもお
ばさ〜ん、と呼んでもこないときには 紙切れに「パン代 60円」とかいて
畳のうえにそのまま おいてかえったこともありました。

 家から400メートルさきにある肉、野菜が主な まっちゃがまには、おつ
かいで買い物にくるこどもたちのために15種類ほどの か〜し(お菓子)が
プラスチックの透明容器に入れられて、棚のうえにずらーとならべられ、行く
たびにかならず、買い食いしながら帰ったものです。

 ごま塩せんべい、カレーせんべい、しょうゆせんべい、かきやするめのくし
さし、風船ガム、カーキ梅干、丸ちゃんの魚ウインナー、チロルチョコ、学校
の給食にも出ていたチョコレートジャム、忘れてはならないベビーラーメン。
Etc..

 それにしても体に悪そうなものばかり。中にはいつ容器にいれたのかわから
ないものまであって、選んでいる最中に やーずみや(やもり)が容器の中に
ひそんでるのを発見したりしました。もう絶対あそこからはかわないぞ。と思
いながら、1週間後には足をはこぶ すごい かーき まずむぬ(超くいしん
ぼう、まずむぬ は お化けという意味ですが、この場合は 超。という感じ
です)。

 当時は平良まで特別に買い物にいく人は少なかったので、島のまっちゃがま
は、生活をたてていくくらいの稼ぎはあったかもしれません。池間大橋が完成
して、自由に車で宮古本島に行き来できるようになってから ほとんどの人が
平良のスーパーで買い物をすませ、しまのまっちゃがまは消えつつあります。

 時代と、便利さとともに おばあ、母ちゃんたちのくつろぎの場所もきえて
いくんでしょうか??

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「洗骨の儀」                  菜の花(伊良部出身)

 九月のある夜、義兄がこの世を去った。
 病気が見つかってわずか二ヶ月足らずのことだった。義兄は治療の傍ら娘と
腕を組み、バージンロードを歩く花嫁の父としての役目を終えた。息子によう
やく授かった赤子にも会いおじいにもなった。容態が急変したのは、その数日
後のことだった。

 告別式の日、前日までの うぷあみ(大雨)が嘘のように晴れた。いつまい
(いつでも)周囲に気をつかう義兄らしい ばかーり(別れ)の日だと思い、
そう思うことすらも哀しかった。

 館内に火葬が済んだことを知らせるアナウンスが流れ、うやく(親族)はそ
の場に向った。義兄の他に、みいやぁみーん(見知らぬ)遺影が順番を待つよ
うにいくつか並んでいるのが見えた。

 親族は二人一組になり、熱気の上がる義兄の っすぅぷに(白い骨)を、落
とさないように注意しながら骨壷に納めた。黙々と続けられるその作業はすぐ
に終わった。残った灰が係りの人によって片付けられるのを見たとき、数日前
までは生きてこの世の人であった義兄の一部が、存在が、棄てられるようで胸
が締めつけられた。

 伊良部では、昭和58年に火葬場が出来るまで土葬がおこなわれていた。ぱ
ー(墓)の代わりに洞窟や旧日本軍の防空壕が使われたこともある。伊良部の
南区では死後3年目の七夕の前日に、洗骨の儀が執り行われたとのこと。墓に
入る前に三本線香を炊き、男が棺を墓から出し、女性が亡き人の骨を洗って骨
壷に納めていく。全ての人間は女性から生まれてくるのであり、その女性の手
によって清められ、あの世に送り届けられるということだろうか・・・。

 儀式の間は、ぷに(骨)に太陽の光が当たらないよう黒いこうもり傘で光を
遮り、その下で亡き人の骨に触れ、生前を偲び思い出を語りながら洗骨したと
の話も聞いたことがある。肉親にとっては、亡き人の存在をその手で感じ、慈
しみと憂いの交じり合う時間であり、亡き人が、この世に生まれ、生きて、そ
して死んだことさえも大切にする思いが集約された儀式だと感じるのは私だけ
だろうか・・・。

 私は父の最期に間に合わなかった。父は「僕はあの子(私のこと)に言わな
きゃならんことがある」と何度も母に残して逝ってしまった。父は入院してい
た沖縄から伊良部へ連れて帰り、そこで荼毘に付した。その日のうちに納骨も
され、私はまた都会の生活に戻った。私は洗骨をしたことはないが、遥かな伊
良部の空の下、永遠に眠る父、私に繋がる大切な人たち・・・私のこの手で洗
骨してあげたかった・・・。そして、心の対話もしたかった・・・。

 義兄の家族が遺骨を抱いて外に出ると、交代するかのように別の家族が入っ
ていった・・・。
                  参考文献:『伊良部村史』P.1384

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「編集後記」                       松谷初美

 今年最後のくま・かま vol.114お送りしましたー。のうしが やたーがら
やー(いかがでしたかー)。

 あば本舗さんが絵の前で釘付けになって、やらびぱだ(子どもの頃)のこと
を次々と思い出している様子が伝ってきますね。「田中一村」という画家、初
めて知りました。結構、有名な方なんですね。機会があったらぜひ見てみよう
と思います。

 「石嶺とうふ店」では、長々とおじゃまして、見学させていただきました。
見学して、お二人の豆腐にかける情熱と、豆腐作りの大変さ、島の豆腐のすご
さを知りました。帰りの車の中は、いず(元気)をたくさんもらって、ぬふー
ふぬ(温かい)気持ちと あつこーこーの豆腐でホカホカでした。山村ご夫妻
に感謝申し上げます。たんでぃがーたんでぃ〜。

 みしんさん、二回目の登場です。まっちゃがまは、昔の やらびたちの心象
風景として残っていますよねー。皆さんもいろいろなことを思い出されたので
はないでしょうか。それにしても、池間には、12軒もまっちゃがまがあった
んですね。子どもたちの賑やかな声が聞こえてきそうです。

 菜の花の「洗骨の儀」。洗骨は、昔は沖縄の各地で行われていたようです。
やはり、骨を洗うのは女性だったようですね。菜の花の「全ての人間は女性か
ら生まれてくるのであり・・・」の言葉に、なるほどなーと思いました。亡く
なった人への想いもまた ふかーふか ぬ むぬやー(深いものですね)。

 さて、今年最後のくま・かまでしたが、この一年も、ご愛読、いただきまし
て、まーんてぃ たんでぃがーたんでぃでした。

 今年は、1月6日発行(vol.91)の正月特集「みゃーく&みゃーくふつクイ
ズ」始まり、2月には「伊良部特集」、5月19日は100号を記念して「繋がり」
をテーマに、9月15日は、「宮古のおじい、おばぁ特集」をしました。その間
には、「初めて物語」まい、ぱずまずたーやー(始まりましたねー)。ライタ
ーそれぞれの原稿も秀逸なのが だうだった(多かった)と思います。

 読者の皆さんからの感想や投稿もたくさんいただいて、まーんてぃ ぷから
すーぷからすてぃぬ一年どぅ やたーどー(本当にうれしい気持ちがいっぱい
の一年でした)。たんでぃがーたんでぃ〜。そして、投稿や書き込みはしない
けど、いつも、じっくり読んでくださっている皆さんに、感謝申し上げます。

 540名あまりの登録者の中のひとにぎりの人しか私は知りません。でも、
このメールの向こうには、まだお会いしたこともないけれど、読んでくださっ
ているたくさんの方がいると思うと、やる気もでますし、励みにもなっていま
す。どうぞ、来年も、ゆみふぃーさまちよー(お読みくださいね)。よろしく
お願いします。

 次号(1月5日発行)は、「笑う角には福きたる」ということで、うむっし
ぱなす(面白い話)を特集する予定です。どうぞお楽しみに!

〔ご意見・ご感想・投稿 宛て先〕
  kumakama@mbp.nifty.com

 あつかーまた、来年がみ がんずぅやしー うらあちよー(お元気でいてく
ださいねー)。良いお年を〜〜。

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   編集・発行  : 松谷初美
   メール    :  kumakama@mbp.nifty.com
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