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くまから・かまから

みやこふつ(宮古島の方言)で語るエッセイや方言講座、民謡解説、おしらせなどがあります。宮古島出身の人も、そうでない人もまーつき(一緒に)みやこふつを楽しみましょう。

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くまから・かまから vol.112

2005/11/17

■―― 宮古島方言マガジン ――――――――――――――――――――――■ 
    

    くまから・かまから  第1・3(木)発行 《vol.112》 2005.11.17
 
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  もくじ
  「宮古島 いたよね あんな人 こんな人」    みしん
  「フリーカメラマン 金子進さん」        松谷初美
  「偶然」                    神童
  「第4回クイチャーフェスティバルを振り返って」 クイチャーマン
  「第4回クイチャーフェスティバルに感動」    カニ
  「編集後記」                  松谷初美

   みなさん、こんにちは〜。東京や ぴしーぴしどー。んにゃ冬がま。
  ぬふーぬふぬみやーくぅうむぅーがつな vol.112 うくらっとー。
  (東京は、寒いですー。もう冬。暖かい宮古を想いながら、vol.112
   送りますねー)

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「宮古島 いたよね あんな人 こんな人」     みしん(池間出身)
 
◎午前6時から遊びに来て家族一員のように あさむぬゆ ふぁいゆ〜い(朝
 ごはんをたべる)隣のおばあ。
 
◎たたみを上げて、その下に制服のスカートのひだを整え、たたみ押しアイロ
 ンをしたことがある。
 
◎やーずみぁ(ヤモリ)の卵を冷蔵庫の裏で温めてふかさせたひと。
 
◎髪の毛をビールであらうと あかぎー(金髪)になるときいて、ほんとにや
 ったことがあるひと。 
 
◎小、中学生の頃、スカートをはくときは必ず黒の体育用ブルーマーをはいた。
 
◎まゆげを剃り過ぎてあおぞりと色ぐる〜のコントラストがすごかったひと。
 
◎サンタが置いていったクリスマスのプレゼントは市販のお菓子入り赤ブーツ。
 高学年になると、さすがのサンタは面倒になり、まくらもとに現金が。
 
◎さやふ(大工)が着るようなハイウエストしりゆるゆる足首ぎゅの学生ズボ
 ンをきることが不良のあかしであった。
 
◎レストランで食後にだれが支払いをするかでもめる。まわりのひとが喧嘩?
 と勘違いするほど。「いいよ〜私がはらう〜〜」「おごえ!はらうよ!」が
 えんえんと続き、しまいにはお金を捨てるように置いてひんぎる(逃げる)
 
◎サトウキビ畑か、護岸がデートの場所。
 
◎遠足で東平安名崎へ。マムヤの墓にもたれて、弁当をたべる。(墓石にもた
 れて食べてたようなもんですね。ひえ〜)
 
◎宮古出身でない人までも宮古イントネーションにしてしまう。
 
◎まだ、ケンタッキーフライドチキンがなかった頃、沖縄本島からのお土産は
 それでした。
 
◎空とぶ飛行機に向かって、「おみやげかってこいね〜」とさけんだことがあ
 る。
 
◎大さんご礁がうきでる八重干瀬の話をしたところ、大うそつきと思われた。
 
◎宮古のタクシー運転手さんたちはお世辞がうまい!そうでもなければ乗らな
 いか?声をかけられないですよね。

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「写真家 金子進さん」             松谷初美(下地出身)

 東京で購読している新聞(朝日新聞)に宮古の記事が載ると、パッと目がい
く。

 「窓ガラスが割れ管制塔!)無残!)」の見出しで出たのは、2年前の台風14
号の記事。管制塔の窓ガラスが割れ、機器がめちゃくちゃになっている様子が
カラー写真で第一社会面に載った。つい最近では、「お祭りだけど・・・涙」
という見出しで、パーントゥに泥を塗られ泣き叫ぶ やらびたち(子供たち)
の写真が紹介された。

 これら宮古の情報を朝日新聞に送っているのが、東京出身宮古在10年にな
る写真家の金子進さんだ。

 金子さんが宮古に移り住むことになった経緯が面白い。

 1995年、朝日新聞で「いつか見た青い鳥」と題して、118年前に宮古
島でたった一羽だけ捕獲された幻の鳥「ミヤコショウビン」の特集がされた。
その時、金子さんは、取材班のひとりとして宮古入りをした。15日間のバー
ドウオッチングの結果、ミヤコショウビンは見つからなかったが、宮古島とミ
ヤコショウビンに魅せられた金子さんは、奥さんと一緒に移り住むことにした
のだった。

 金子さんは昭和24年東京生まれ。子供のころから鳥が大好きだった。「高
さがあるでしょ。スケールの大きさが違いますよね」。1984年から写真家とし
て「アサヒグラフ」の仕事をする。「ここでの仕事は厳しかったですよー。で
もおかげで鍛えられましたね。」

 ミヤコショウビンが縁で、宮古に移り住んだ金子さんは、鳥の宝庫である、
宮古島にますます魅せられていく。「日本には、550種類の鳥がいますが、
宮古で300種類確認されているんですよ。渡り鳥にとって中継地点となる宮
古は、どんな鳥が飛来してもおかしくない島ですね。まさに宮古は渡り鳥のエ
イドステーションです。ミヤコショウビンが見つかる可能性はあるでしょう。
宮古は本当にすごい島ですよ」

 と、宮古の良さを述べる一方で、宮古の自然が年々失われていくのを しわ
(心配)している。「宮古諸島は、八重干瀬も含めて宝の島です。住んでいる
人たちがそれにもっと気づいて、これからのことを考えていかなくては、だめ
でしょう」とも。

 金子さんは時間さえあれば、野鳥の観察にでかける。なるべく鳥に負担をか
けないように、巣を撮る場合も親鳥が30分以上戻ってこない場合は引き上げ
るようにしているそうだ。これは、人間に気づいた親鳥が巣を見捨てることが
あるからだ。そして、もちろんどこかにミヤコショウビンがいないか、探し続
けている。

 もうひとつ、危惧しているのは、最近、宮古の鳥をカメラに収めようと島外
からやってくるアマチュアカメラマンが増え、短いスケジュールの中で、良い
写真を撮ろうと粘ることが多いこと。親鳥が巣を放棄してしまうので、長時間
の撮影はやめてほしいと話していた。

 来年には、写真展を開きたいと構想中。これまで撮った写真の中から100点
ほどを展示できたらと考えている。きっと金子さんの鳥たちを見つめる優しい
まなざしの写真が飾られることでしょう。

 金子さんの幻の鳥を求める日々は、これからも続く。いつか「ミヤコショウ
ビン」がカメラに収められる日まで・・・。

 ※「ミヤコショウビン」:カワセミ科の鳥でアカショウビンに似ている。
  明治20年、宮古、八重山諸島を調査していた博物学者の田代安定氏
  が宮古で捕獲したと言われている。その標本は、世界に一体しかなく、
  山階鳥類研究所に保管されている。
                
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「偶然」                      神童(平良出身)

(その1)

 学生時代、トラックの運転手をしていた。
 横浜市磯子にある運送会社。引っ越しが主な会社だ。アー○引越センターよ
り先の創業で、完全パックの先駆者。引っ越しは、ドライバー(4トンロング
ボディーの運転手)パッカー(荷物を梱包していく職人(2から3名))ポーター
(荷物運び人(運転免許のない若造3〜4名))のチームで行う。ポーターの多く
は夜間、バイクで神奈川県の鎌倉へ至る朝比奈峠を無茶苦茶なスピードでかっ
とんで行く にしぇーぬきゃー(青年たち)だ。いわゆる暴走族!
 
 この会社は、長距離のシステムがあって大抵はワンマンでいく。たまにナビ
ゲータが付いたりする。大阪までの引っ越し荷物をポーターの前田君と運んだ。
前田君は根っからのオートバイ好き。しかし、トラックの運転ができない。大
阪で荷物を下ろして、会社へ連絡をいれる。どうか何事もありませんように。

 上司が冷たく答える。吹田で荷物を取って群馬まで走ってくれ。おいおい、
横浜を過ぎるじゃねーか。やめてくれよ!城山さんなんか、名古屋に走らされ
て、一週間も帰ってこないぞ。函館を走ってるとか言ってたぞ。仕方ない。仕
事なのだ。
 
 前田と一緒に荷物を引き取る。前田君は身長185cm体重100kgの19才の青年だ。
高速に飛び乗って群馬県高崎市を目指す。目的地に着いたのは明け方の5時半。
ナビゲータの前田は道路地図を広げたまま爆睡。目的地を10kmくらいオーバ
ーしてる。どうすんだ、前田!仕方なく田んぼの中に前田を捨てる。どぅーし
ぃ とぅみどぅ ます(自分で探したほうがましだ)。しかし、鬼ではないの
で前田を取りに戻る。以来、前田は当方とのコンビをことごとく断る成年に成
長した。

 ドライバー仲間にナカノという先輩がいた。長野県出身だ。○○君、出身は
どこ?沖縄です。沖縄のドコ?宮古島です。宮古島の島尻って知ってる?ナー
カノさん、なぜあなたが知ってるの。

 なんでも、ナーカノさんのアパートの近くに宮古の知り合いが住んでて話を
聞くと音信不通になっている当方の同級生らしい。大船のアパートの住所を頼
りに訪ねてみた。島尻の同級生が集まって酒を飲んでいた。

(その2)

 仕事で福岡に出かけた。平成5年頃。池間島の老人約15名を連れて何故か添
乗員。目的地は福岡県にある国営「海の中道」

 福岡空港から博多港へ移動し、旅客船で海の中道公園へ向かう。福岡空港で
タクシーを拾い高速経由で博多港へ移動する。運転手がしゃべり出す。「お客
さん どちらから 来られたとですか?」「沖縄です」「私も沖縄に行ったこ
とありますよ。本島北部の何だったかな」「海洋博が開催された場所ですか」
「そうそう」「でもね、運転手さん。私たちはそんなメジャーなところからじ
ゃないのです。沖縄のもっと南の宮古島と言うところから来ました。老人の方
達は宮古島の北の池間島の人たちです。どうです。解らないでしょう?」運転
手が答えた。「私の妻の出身地です。池間の浜○という名前です」大騒ぎにな
った。博多港では池間婿の運転手を見るため老人達がタクシーを取り囲んでい
た。

(その3)

 平成15年、先輩と那覇に出向いた。設計の打ち合わせで宜野湾の設計事務
所に向かう。土木及び建築の設計打ち合わせだ。土木の担当は○田美和という
20代の女の子。ドリカムの吉田美和と一字違い。地元の国立大学を出た彼女
は聡明で説明もよどみない。

 打ち合わせ終了後、慰労会と称して先輩と彼女を含めた3名で居酒屋へ。午
後7時から飲み始め、最早日付が変わろうとする時刻。宮古島へは、何回か行
ってますか?なにげに尋ねる。彼女が答える。彼が宮古で勤務しているので、
しょっちゅう行ってます。ふむふむ。

 宮古の海はどの辺りが好きですか?島尻です。あれ?なんで島尻?栽培漁業
センターの狩俣寄りの海がいいですね。彼女は続ける。あまたある宮古の海で
吉野海岸でも新城海岸でも前浜でもなく、島尻が好きだと言い張る彼女。先月
も泳いできましたよ。真っ黒に焼けた彼女。

 おかしい!何故か、島尻の事情に詳しい。今、彼氏は宮古島から仕事で那覇
に来ているらしい。彼女に提案した。彼氏も混ぜて一緒に呑みましょう。30
分後、実家のあがんにゃーの長男が現れた。去年めでたく結婚。結婚後も○田
美和。○の部分が変わっただけ。

偶然とはおそろしい! 

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「第4回クイチャーフェスティバルを振り返って」
                     クイチャーマン(下地出身)

 今年10月1日に宮古の5市町村が合併し新生宮古島市が発足し、11月6
日(日曜日)には、平良のカママ嶺公園で第4回クイチャーフェスティバルが
「宮古島市誕生〜宮古ぴてぃーつ(宮古はひとつ)〜」をテーマに開催され、
大きく成功した。初回からフェスティバル実行委員長を務めている下地暁(さ
とる)さんをはじめ、実行委員、多くのボランティア、参加団体、関係各位に
敬意を表する。

 円陣をつくって、互いに声を掛け合いながら手を打ち鳴らし、飛び跳ねたり
してクイチャーを踊ると自然に心が一つになる。元気が出て、連帯感がうまれ
る。不思議な魅力をもつ楽しい踊りである。合併には加わらなかったものの、
多良間村から多良間のクイチャーがフェスティバルに参加したことは、今回の
テーマに照らして、大きな意義があった。かくして、伝統クイチャーの部に宮
古の旧6市町村すべての地域から11団体、創作クイチャーに9団体、合計1,
200人、これまでで最高の出演者と3,000人の観客で盛り上がった。

 3年あまり前に下地暁さんが「温故知新」「大切なものは身近にある」と、
このフェスティバルの開催を呼びかけ、その実現のために東奔西走していたと
きに、私は彼と出会い意気投合した。音楽活動の拠点を東京からふるさとの宮
古に移した暁さんはクイチャーの魅力にとりつかれ、その継承、発展のために
一大決心をしたのである。

 暁さんの視点の優れた面は、伝統クイチャーと創作クイチャーの「融合」を
当初から目指し、自ら創作クイチャーのための音楽CDを制作して提供しながら
取り組みを進めたことである。彼の音楽は、保育園児から児童生徒の若い世代
の心と体に吸い込まれるように入り、指導者の創作意欲もかき立て、躍動感あ
ふれる踊りを生み出し、今日に引き継がれている。

 一方、伝統クイチャーは、2002年度から始まった文化庁の記録保存のた
めの調査も大詰めを迎えているようだ。このフェスティバルにも調査員が毎回
参加しており、その結果にも期待したい。伝統クイチャーの中に、まだ一部で
はあるが年配者と一緒に児童生徒も参加している団体があったのを心強く感じ
た。関係者が若者に継承させるための意識的な努力を重ねていることは教訓的
である。創作クイチャーは毎回審査して表彰しているが、隊形、衣装、振り付
けなどに創意工夫と懸命に練習したあとが見られた。初回から関わってきた者
の一人として喜んでいる。

 11月13日の選挙で初の宮古島市長と市議会議員が決まった。これから本
格的な行政と議会活動が始まる。私は、合併記念事業として「クイチャー記念
館」を建設し、要員を配置してクイチャーの保存、継承、普及、研究等の拠点
施設とすることと「クイチャーの日」の創設を以前から提案してきた。

 「みゃーくてぃーあーっかー、くいちゃーだら」(宮古といえばクイチャー
だよね)を合い言葉に、みんなで機運を盛り立てて実現させたいものである。

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「第4回クイチャーフェスティバルに感動」(投稿)
                      カニさんより(平良出身)

 カニはこの大会と宮古方言大会の2つは、何が何でもみることにしています。
最も宮古民族の原点に触れることができ、感動を味わうことができるからです。

 新しい宮古島市になってから 「みゃ−くぉ− ぴてぃ−つ」というテ−マ
を掲げた今回の大会は、盛りだくさんの伝統クイチャ−と創作クイチャ−の参
加があり、各地域での「老いも若きも一緒になり 伝えていこう 守っていこ
う」という熱心な取り組みがひしひしと伝わってきて、嬉しい限りでした。

 伝統クイチャ−は
「漲水のクイチャ−」「友利のクイチャ−」「荷川取のクイチャ−」「福里の
クイチャ−」「佐良浜ミャ−クヅツクイチャ−」「西原のクイチャ−」「池間
のクイチャ−」「実世のクイチャ−」「新城のクイチャ−」「うるかのクイチ
ャ−」「多良間のクイチャ−」でした。

 今回はカニは「佐良浜ミャ−クヅツクイチャ−」「池間のクイチャ−」「多
良間のクイチャ−」に焦点をあて、耳を傍立ててクイチャ−ア−グに聞き入っ
ていました。大概のクイチャ−の意味は聞き取れました。同じ意味合いの言葉
でも、地域によりメロディ、節回し、が異なりこの多様性に宮古クイチャ−の
豊かさ、深さを感じました。

 特に多良間のクイチャ−は初めてでしたので感激もひとしおでした。一生に
そう何度も出会うことが出来るとは思えないので、カニは今回のクイチャ−と
の「出会い」には実行委員会の皆さん、そうして「出会いの神様」に感謝しま
した。

 伝統クイチャ−の中で、特に池間島のクイチャ−(カニは2回目)は、やは
り滑稽で、ユ−モア溢れたクイチャ−踊りに観客全員大笑いでした。「すがり
が−りた むまたちの(おめかしして自慢げなおばぁさんたちの)可愛らしく
(処女んぎなりに)腕を振り振り小走りに前に後ろに走る姿は、笑顔に溢れ、
もう最高でした」

 伝統クイチャ−以外に伝統芸能のひとつ「比嘉の獅子舞」も出場しました。
この踊りもカニは始めてでしたので、始まる前からドキドキしていました。 
「比嘉の獅子舞」そのものよりもカニはどのようなア−グが歌われているのか
の方に興味がいきましたので、このア−グも耳を傍立てて聞いていました。
比嘉の青年達の勇壮な元気溢れる踊りには 比嘉の伝統がお年寄りから若者達
にきちんと伝承されていることを感じました。本当に素晴らしい「獅子舞」で
した。

 創作クイチャ−は
「みつばアンジェラス−踊ろう」「ママ−キッズ−クイチャ−マン」「てぃだ
っ子隊−アイラブミヤコ」「平良ネ−ネ−ズ−アイラブミヤコ」「かぎ花−ば
っしらいん宮古島」「ぶどぅれサンガ−クイチャ−パレ−ド」「宮古高校−豊
年のあやぐ」「新羅−ウプユ〜」「フィトネス・ヨナミネ−ワイド−PEKO
RI NIGHT」など、本当に盛りだくさんの創作クイチャ−が演出されて
おりました。

 クイチャ−のリズムは、いろんな形でアレンジされいろいろな人たちに踊り
歌い、そして広がっていくのだなーといつものように感銘して見ていました。

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「編集後記」                        松谷初美

 vol.112 のうしがやたーがらー? 

 みしんさん、くま・かま初登場です。みしんさんの話を読みながら、そうそ
うそう、あるあるあると思わず口にした人も だういるはずねー。私も幼い頃
飛行機に手を振りましたよ。本当におみやげを買ってきてくれると思っていた。
飛行機がよ(笑)
 さて、みしんさんは、今回から、新しくライターになってくださることにな
りました。掲示板のほうには、時々顔をだしてくださっていたので、ご存知の
方も多いと思います。池間島の話や、現在お住まいのアメリカ カンザス州で
のことなど、書いていただく予定です。どうぞよろしくお願いしますねぇー。
 みしんさんプロフィール
 1967年池間島生まれ。現住所はアメリカ カンザス州

 いまや、宮古に移り住む島外の人は、たくさんいますが、幻の鳥、ミヤコシ
ョウビンを求めて移り住んだというのは、金子進さんだけではないでしょうか。
初対面にも関わらず、気さくにいろいろな話をしてくださいました。宮古の良
さを教えてもらい、とっても ぷからすーぷからすの気持ちになりました。い
つか朗報が伝えられることを期待しています。たんでぃがーたんでぃでしたー。

 神童の「偶然」は、一瞬、まーんてぃな?と思ってしまいますが、神童の行
くところ、何が起こるかわからないから、ありえますねー。どこかに出かける
のも楽しいはずね。さ、今度は、のうしぬ いでぁいぬが あーがまたがらー
(どんな出会いがあるでしょうか)、乞うご期待!
 
 私も、クイチャーフェスティバル見てきましたよ〜。なつんぎぬ(夏のよう
な)陽射しが照るなかで、クイチャーフェスティバルは行われていました。ク
イチャーマンさんとカニさんが、書いてくださっているように、素晴らしいフ
ェスティバルでした。

 初めて見ましたが、クイチャーと一言で言っても、地域によってこんなにも
違うものなんだとびっくりしました。そして、みなさん、自分たちのクイチャ
ーに誇りと自信を持っていることが伝わってきました。くいゆちゃーしー ぶ
どぅず(声を合わせ、踊る)みなさんの かぎさ(きれいなこと)。創作クイ
チャーも小さい子供たちのかわいいものから、エネルギーあふれる大人たちの
ものまで工夫されているなーと思いました。

 実行委員長の下地暁さんはじめ、事務局長の粟国和申さん、スタッフのみな
さん、そして、素晴らしいクイチャーを見せてくれた皆さん、たんでぃがーた
んでぃでした。今後もずっと繋がっていくことを期待しています。それにして
も翌日、本当に雨が降ったのにはびっくりでした。クイチャーの効果は、すご
いですね。

 クイチャーマンさんとカニさんのお話から、「クイチャーフェスティバル」
のことがよく伝わったのではないかと思います。カニさんのは、掲示板に投稿
されたのをこちらでも紹介させていただきました。たんでぃがーたんでぃ〜。

 さ、今号のご意見、ご感想もお待ちしていますよー。
どんないお寄せくださいね。よろしくお願いします。

 〔ご意見・ご感想・投稿 宛て先〕
  kumakama@mbp.nifty.com

 次号は、12月1日(木)発行予定です。あつかー、またいらー。
感冒んな 気をつけてー。

――◆――――――――――――――――――――――――――――――◆――
   編集・発行  : 松谷初美
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