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くまから・かまから

みやこふつ(宮古島の方言)で語るエッセイや方言講座、民謡解説、おしらせなどがあります。宮古島出身の人も、そうでない人もまーつき(一緒に)みやこふつを楽しみましょう。

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くまから・かまから vol.90

2004/12/16

■―― 宮古島方言マガジン ――――――――――――――――――――――■ 


    くまから・かまから  第1・3(木)発行 《vol.90》 2004.12.16
 
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    もくじ
    「兄を想って書いた詩6」         ワタリマリ
    「ばんたがやーぬつかふ11」投稿      武島玄正
    「ミャークフツ講座 ん(n)(m)編」  マツカニ
    「かんぬみず(神の水):井戸の話」    菜の花
    「お便りコーナー」            屋宜
    「編集後記」               松谷初美

    みなさん、こんにちは〜。
   年末ですねー。ぱんたーぱんた(忙しい)だと思いますが、
   くとぅす(今年)最後の くま・かまです。お楽しみくださいー。

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「兄を想って書いた詩6」          ワタリマリ(上野村出身)

 この詩は、脳性マヒの あざ(兄)を想って書いたものです。

     「パンダル(鼻水)」

  ボクの妹は、この季節よくパンダル(鼻水)をたらしていた
  妹の友達には、パンダル パンダルとからかわれていた

  ある日のこと、一番の友達と思っていた子から
  パンダルにはブランコかせないと言われ
  なかまはずれにされたそうだ
  聞くことしかできないボクに妹はポツリと悲しげに
  目にはあふれんばかりの涙をためて訴える

  ボクは妹のパンバルも涙も拭いてあげれないけれど
  負けるな!と声もかけられないけれど
  それでも妹はボクのそばにいる 

  ボクを兄と慕っているのだろうか 物言えぬボクだけれど
  かえってそれが幼い妹の気持ちに寄り添っているとすれば
  ボクの存在って大きな意味を成す 

  そういえば、かあちゃんだって人には言えないことなど
  涙しながらボクに話すことがあった 
  悲しかったり、悔しかったりのとき、
  ただじっとその思いを聞いてあげることって大事なんだと僕は思った
  そのためにボクはいたんだ 

  それじゃあ、嬉しいときはどうだった?
  いやその時だって妹はボクに教えてくれた 
  ただそのときには、逆にボクが悲しい気持ちになったりする 
  よかった よかったとの嬉しい気持ちを言葉で表現できなかったからね 
  この季節 今でも妹のパンダルはなおっていないそうだ 

  またあるとき、パンダルとからかわれたことを母ちゃんに告げた妹は
  なんだか落ち着かない感じで僕のところに来た 
  どうやら母ちゃんは、いじめっ子のところに出向いたようだ
  ボクがからかわれるたびに立腹していた母ちゃんは、
  健常児の妹までからかわれるのがたまらなかったのだろう 
  母ちゃんとしては当たり前のことをしたつもりかもしれないが
  妹はあまりこころよく思わなかったようだ 
  その友達っていうのは妹と大の仲良しだったからね
  気まずくなりたくなかったのだろう 

  妹は、やっぱり にいにいにだけ話せばよかったって言っていた 
  そうだよ 何も答えなくてもただ聞いているだけで
  物事や人の気持ちがうまく流れていくことだってあるんだ 
  たまたまボクは聞くことしかできなかった そのためにぼくはいたんだ

  ボクの妹はパンダルのおかげで悲しんでいる人の気持ちに
  じっと耳を傾けることができそうだといっていた 
    ぼくがそうしたように

  それはそうと、妹のパンダルはいつも ンーパンダル(青っぱな)だった

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「ばんたがやーぬつかふ11(前編)」(投稿)平良市西仲   武島玄正

 ばあやー いずなかずに ぬ なかぷや んどぅ んまりたず。(私は西仲
宗根の仲保屋で生まれた)ばっしらいん とぅくまあ うたきとぅ かーとぅ
ぱり さい。(忘れられないのは御嶽と井戸と畑です。)
 今回は、主に御嶽について書きます。

 生家と10mくらい離れたところに「あぶやま御嶽」がある。ムンガマギー
(くわのはえのき)の大木とハマイヌビワの根っこの下に香炉があった。そこ
でゆーさ(ぶらんこ)、うーんま(おにごっこ)、とぅみやーがっふぃ(かく
れんぼ)をして遊んだ。ムンガマギーの実は竹鉄砲の弾になり、橙に熟れて食
べた。イチジクの実に似たハマイヌビワの実は黒く熟れおいしかった。その御
嶽は、友恵アパートのにす(北)、玄仁まっちゃ(商店)のかふつ(家庭菜園)
の ぱい(南)にあり、大きな プクズギー(ふくぎ)があって御嶽の道に黄
色い実を落とした。その実はいちょうのようなウンチのにおいがしていやだっ
た。現在この木はなし。ムンガマギーは健在で、直径が50センチくらい、高
さが10メートル以上はあるだろう。ハマイヌビワは現在はなくなり、香炉は
ブロックで囲われている。

 私の生家は、友恵アパートの間にある細い「あぶやま御嶽」への道を挟んで
いず(西)にあり、道より3段くらいの低い敷地だったが、いまは埋土されて
平らになり駐車場になっている。西隣の敷地は戦争中台湾へ疎開して祖母と母
が亡くなり、台湾人に預けられた弟を引き取るための費用に兄が売り払った。
生家の南にサッフィ(浜の名前)へ行く道を挟んでまいばら(南隣)は天理教
で太鼓の歌を聴いて育った。この元天理教は更地になっていて、その西角にあ
った御嶽は健在で、大きなドゥムタギー(さきしまはまごう)があり、ここで
もよく遊んだ。
 
 この御嶽を過ぎて サッフィへ向かい西に行くとT字路があり、このT字路を
北に行けば「真玉御嶽」へ行ける。T字路北角には「あこーぎー御嶽」があり、
ドゥフキギー(でいご)の大木とあこうの大木があった。サッフィへ行く通り
だったのでよく知っている御嶽だ。

 小学校6年になって家が台風で吹き飛ばされ あがずがーに(東川根)の叔
母の家の1間を借り高校2年まで住んだ。近くに「みーがまやー」という高い
石垣と「つんぷん(屋敷と門の間にある塀)」のある家があり、台湾の疎開か
ら帰った同級生の一家が間借りしていた。現在NTTの塔が立っているところ
である。塔のある敷地の東にプクズギーで囲まれた てぃゆ かみず ぴとぅ
まいうらん がらやー(手を合わせる人もいないのか)ゴミ捨て場のような御
嶽がある。「平良市史第九巻 資料編 御嶽編」を見て驚いた。ここは、「大
親主(うぷうやしゅー)ぬとぅくる」(白川氏)で、三代続いたウプウヤをま
つる御嶽であった。「みーがまやー」はその子孫の屋敷だというではないか。
豊見親制の廃止後、王府から在番が派遣され宮古は ぴさら(平良)、しもじ
(下地)、うるか(砂川)の3間切に分け、おのおの頭をおいて在番が監督し
た。頭は首里大屋子と名乗らせ通称ウプウヤである。(宮古史伝より)
 
 現在の北市場のところに、ぷかまうたき「外間御嶽」があった。ばんたー 
「ぷかまざー」てぃどぅ あずじうたず(私達はぷかまざーと呼んでいた)。
市場の東北の隅に香炉がある。香炉があるだけありがたいと思わなくてはいけ
ないだろうか。「ぷかまざー」が どのように切り縮められていったかは、前
出の「御嶽編」を参照たれたい。クイチャーをする広場と1段上がったところ
に拝所があった。なかずうにとぅゆみゃ(仲宗根豊見親)の骨を盗まれないよ
うに(死んだ人にあやかろうと骨を盗むことがあったらしい)こっそり「ぷか
まざー」に埋めたと聞いたことがある。「御嶽編」では とぅゆみゃーの先代
の人たちの墓所だったとある。この御嶽の周りはガズマギー(ガジュマル)、
プクズギー、ドゥフキギーの大木で囲まれていた。この大木が空襲で全滅した
とは考えられない。まわりにある拝所は青木で囲まれ健在だから。あの大木を
切った人や、切るように頼んだ人はどのような気持ちだったのだろう。
 
 現在の仲宗根家は、屋根が ぶりんき(くずれおち)ていた。ここの高い石
垣は東は なかやーんつ(中屋通りー北市場の西の道)から西は祥雲寺から下
崎行く道まで続いていた。この高い石垣に囲まれて東と西に つんぷんのある
二つの入り口があり、東の入り口が むとぅぬゆうびんと呼んだ「仲宗根家」
で、西の入り口は「おおむら」と呼んでいた。現在、「おおむら」と呼んだ屋
敷の北側にブロックで囲われ道に面した「旧仲宗根家裏の御嶽」がある。どう
見ても「おおむら」の敷地内にあった御嶽を分筆して切り売りしたに違いない。
「つんぷん」が残っているだけでもいいということかなー。
 知人が「ぶりんきた屋根を整理する金も工面できない。土地は担保に入って
いる。建物は大正時代のもので文化財的な価値はないとのことだ」と言ってい
た。シルバーセンターの人たちが雑草や枝の刈り払いをしていた。
 
 豊見親の後裔忠導氏一門のつながりは とぅゆみゃばか(仲宗根豊見親の墓、
国宝に指定されている)の維持だけで、しーみー(清明ー先祖祭り)などは年
寄りが死んでしまい、それぞれが生きることで精一杯でそれどころでなくなっ
たであろう。そうでなければ土地を切り売りし、屋敷まで担保に入れるほど落
ちぶれなかったであろう。私の兄は父と同じように とぅいみゃばかに入るは
ずだったが、畑、屋敷を売り払って沖縄本島に小さな墓を作り、そこに入って
いる。

 あがい なだぬどぅ うてぃず たびぬ ぴとお のーまい あずずあいん
(涙が出る。 離れること日々に疎し) 

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「ミャークフツ講座 「ん(n)(m)」編 マツカニ(上野村高田出身)

 日本語をローマ字にして 後ろのほうがmなら唇を閉じてm音(wel comeの
meの音)nなら日本語と同じように唇を閉じない発音になる、そんなみゃーく
ふつがいろいろあります。日本語の語尾が「な行」か、「ま行」かで みゃー
くふつの「ん」の発音が変わる。うむっしやー(面白いですね)。

 (ん(n)の音)            (ん(m)の音)

  犬  inu   いん       海  umi   いん
  蟹  kani  かん       芋  imo  んん
  瓶  bin   ぶずん      弓  yumi   ゆん
  着物 kimono き゜ん      読む yomu  ゆん
   死ぬ shinu   すん       噛む kamu   かん
  天  ten   てぃん      神  kami   かん
                  飲む nomu   ぬん
                  ノミ nomi   ぬん
                   波  nami  なん
                  桃  momo   むん
                  摘む tumu   つん
                  病む yamu   やん


 そして、その音の後ろに付く助詞は、vol.84でひさぼうさんが紹介したよう
に、nは「な行」に、mは「ま行」になる。

(例)ばんたが いん(in)な(na) んん む(mu) ふぃいるばどぅ 
   ぷからっさ っす (家のワンちゃんは、芋をあげると 喜ぶ)
 
(例)んん む(mu)まい かん ぬ(nu)まい ふぃってぃ うったーとぅ
   いきばどぅ とうまいうらったん(芋も蟹もあげようとわざわざ行った
   のに誰もいなかった)

(例)き゜ん な(na)きし いん む(mu)みーがよーてぃ ぷりどぅやあ
   らんな(着物を着て海を見にとは、おかしいんじゃないかー)

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「かんぬみず(神の水):井戸の話」      菜の花(伊良部町出身)

 私が生まれ育った いらうずま(伊良部島)に水道がひかれたのは昭和41年
頃である。それ以前の生活用水は主に かーぬみず(井戸水)だった。私の実
家のある仲地の ぱいなぎ(南方)は、ういなぎ(北方)に比べ海抜が低く 
かー(井戸)が掘り易いため各家庭に井戸があった。

 ぱんてぃが やー んまい(我が家にも)みなは(庭)の一角に父が たう
きーしー(一人で)掘ったという深さ4メートル位の井戸があった。水道が使
われるようになっても井戸は以前と同じように使われていた。井戸水は夏は 
ぴい゜ぐるーてぃ(冷たく)ぬどう(喉)を潤し、冬は湯気が微かに上がり、
つみゃーす(心地良い)ぬふさ(温かさ)だった。日中の陽射しで温められた
タライの水で行水もした。井戸端で みどうんっふぁ(女の子)どうし ぶっ
そうーぎー(ハイビスカス)の葉を やまっさ(沢山)とういっちー(取って
きて)洗面器の中で揉んで泡立て自然のシャンプーにして髪も洗った。(これ
で洗うと、髪は黒く艶やかになるので女の子の遊びとしては人気があった。)

 井戸の壁にはこけや羊歯が生え、水中にはイモリやカニ、あまざい゜(直訳
では雨エビ:淡水エビのこと)もいた。やらびぬきゃー(こどもたちは)イモ
リのことを かーぬぬす(井戸の主)と呼んでいた。井戸の中は時間も動きも
止まったような静寂な世界で いみーみぬ(小さな)生き物の むゆつ(動き)
で時折水面が揺れる。

 井戸の底見たさにロッククライミングのように井戸の壁に足を掛けて降りた
こともある。壁は水気を含んで湿っており、音の無い世界と思われた井戸の中
で私の息がこだまし、壁を這っていたカニが水に落ちる音は大きく響いた。わ
ーら(上)を見上げると、眩しい夏の空に、何事も起こってはいないようにの
んびりと流れていく雲が見える。下を見るとこけの生えた水面近くの石に真っ
黒なイモリがはりついているのが見え、私を睨んでいるようだ。その時、地中
の奥深く引きずり込まれていくような恐怖を感じた。急いで井戸の壁を登り、
いつもの熱気のある外に出たが、あれ以来二度と井戸に降りることはしなくな
った。

 我が家の隣にあった、父方のおばあ家の かーぷい゜(井戸掘り)も覚えて
いる。おじさん達数人が、長い鉄のこん棒で掛け声と共に ずー(地面)を掘
っていく。岩は真っ白で太陽の光を反射していた。(伊良部の地層は石灰岩で
ある)4〜5メートル位掘ったところで乳白色に濁った地下水が滲みだしてく
る。湧き出た水は数日おいて水が澄むのを待ち、使いはじめる日には みずぬ
かん(水の神)に、水を湧かせたお礼と、この水を飲んでも使っても害となら
ず、健康でいさせてください、水を枯らさないで下さいと かんにがい(神願
い)をする。

 母から聞いた話だと てぃんがなす(天の神)へのかんにがい(神願い)に
は、こう(お香)には火をつけるが、いんぬうがん(海の御願)、かーぬうが
ん(井戸の御願)など、水に関する神願いの時は こう(お香)には、うまつ
(火)をつけないで祈りを奉げるという。みずぬかん(水の神)の対極にある
火は禁忌ということか?

 井戸は以前から数多くあるものだと うむいじ ぶたーすぅが(思っていた
が)、んきーんな(昔は)集落ごとに あまーがー(直訳では雨井戸となるが、
雨=水の意を持つ)と呼ばれた共同井戸を使っていたという。そこは ばは(
若い)びきどぅんみどぅん(男女)にとっては社交の場となり、しゅじゅがま
(若い娘)は、かーうり(井戸下り=水汲み、洗濯など)をし、しーにん(青
年)は、ぬーま(馬)や うす(牛)のどぅ(体)を洗ったり、水を呑ませた
りしながら、男女で即興であやぐを歌ったりして楽しんだという。ぱるすぐぅ
とぅ(畑仕事)での ぶがり(疲れ)も生活の きばんさ(貧しさ)も んー
な(全て)を忘れさせてくれるほど かーうりは楽しかったと、やがて90歳に
なろうとする伯母は話す。

 共同井戸から家庭井戸へ、そして水道へと変わってきた今でも、「水」は人
にとっては大切な命の源であり、自然界からの贈り物であることに変わりはな
い。おばあ家の井戸は今でも大切に使われ、旱魃でも水が枯れたことがない。
井戸に湧く水は私の思う限りやはり かんぬみず(神の水)ぬつぬみず(命の
水)である。

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「お便りコーナー」            宜野湾市在住 屋宜さんより

 こんにちは、松谷さん。

 またまた笑わせてくれました。「阪急近鉄沿線」。事務所でつい吹き出して
しまい後輩から危ない目で見られてしまいました、それにしても面白い体験ば
かりする人ですね、神童さんってウラマスムヌ。(合ってますか?)

 ※まーんてぃ うらやましいですねー。うらやましいは、「うう"ゃーます
  むぬー」か「すぅんざきむぬー」が良いと思いますー。でも、「ウラマス
  ムヌ」と言いそうな気持ちも分かりますね。

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「編集後記」                      松谷初美

 今年最後のくま・かまは、のーしがやたーがらー(いかがでしたでしょう
か)?

 ワタリマリの「兄を想って書いた詩」も6回目となりました。相手への想像
力を持つことの大切さ感じますね。それにしても んきゃーん(昔)の子ども
はみんな、んーぱんだる(あおっぱな)だったなー。

 「ばんたがやーぬつかふ」に投稿してくださった武島さんは、現在長野県に
お住まいで、先月宮古に帰ってきたそうです。西仲は、宮古の中でも古い歴史
を有した場所ですが、知らないことが多く勉強になりました。武島さんは、く
ま・かまで紹介したそれぞれの「ばんたがやーぬつかふ」を宮古の地形図に記
入しているそうです。そういう話を聞くと、まーんてぃ ぷからすむぬ(うれ
しいですね)。やって良かったなーと思います。後編は、vol.92で紹介する予
定です。お楽しみに。武島さん、投稿たんでぃがーたんでぃ でした。

 口を閉じない、「ん(n)」と閉じる「ん(m)」があるのは、しっしどぅ
たーすぅが(知っていたが)、それが、日本語の発音と関係があったとは。
みなさんも ふつん いだしー あっじみーるよー(皆さんも声にだして、言
ってみてね)。 

 菜の花は、今回、伊良部のぱなす(話)。各家庭に井戸があるというのは、
宮古の中でも珍しいくとぅや あらんびゃー(珍しいことだと思いますねー)
でも、井戸への感謝の気持ちは、んざーまい かーらんやー(どこでも変わり
ませんね)。

 菜の花とは、高校以来からのつきあいだが、最近、彼女の使う いらうふつ
が面白くてしょうがない。(高校時代は方言はしゃべらなかったからねぇ)。
伊良部のことも知らないことが多く、来年には、ぜひ、伊良部特集をしようと
計画中です。それに続けて、池間、大神、多良間、来間もできたらよいなーと
思っています。皆さんからの投稿もお待ちしていますので、ぜひよろしくお願
いしますねー。

 ライヴのおしらせがありまーす。
 
 〔おしらせ〕
   くとぅすまい(今年も)、宮古でカウントダウンライヴが行われるそう
  ですよ〜。実力派ぞろいの っずみ!ライヴになりそう〜。みなさん、ぜ
  ひおでかけくださいー。
  
  「カウントダウン・ライヴ 2004」
 
  日時:12月31日(金)20:00〜24:30
  場所:ドイツ村イベント広場
  出演:下地勇、のひなひろし、アコースティックM、たまちゃん&まさる
     gulff(ガルフ)、かつ吉 他のみなさん。
  入場:無料
  問い合わせ:JANG JANG 山口七重 0980-73-8668(夜間)

  主催:うえのドイツ文化村・JANG JANG
  協力:イーウェイブ


 さて、次号は、お正月号となりますが、宮古とみゃーくふつについてのクイ
ズでお楽しみいただこうかと思っています。答えはその次の号で掲載しますの
で、みなさんぜひ、挑戦してください。一番正解の多かった方に、くま・かま
オリジナルTシャツをプレゼントしまーす。マツカニさんデザインの上等Tシ
ャツどー。

 くぅとぅす(今年)一年まい(も)、くま・かまをご愛読いただきまして、
まーんてぃたんでぃがーたんでぃでした。感想や投稿、励ましのメールは私達
のやる気のもと、励みとなりました。来年もまたどうぞよろしくお願いいたし
ます。

   ご意見・ご感想・投稿 宛て先〕
   2235445501@jcom.home.ne.jp

 次号は、1月6日(木)発行予定です。お楽しみに!
 皆様、良いお年を んかいさまちよー(お迎えくださいねー)。
 あつかー、また来年いらー。お元気でー。

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   編集・発行  : 松谷初美
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