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37歳で「ダスティンホフマンになれなかったよ」「めぐり逢い紡いで」などの名曲を遺して亡くなったシンガーソングライター大塚博堂が大好きな仲間達、その同好会の広報マガジン。

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大塚博堂倶楽部44

発行日:6/25

◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《大塚博堂倶楽部通信》NO.44
大塚博堂を語り継いで ・その44
特集♪博堂伝道師「山田友人」を追いかけて!
                            
  北斎                 
◇◆◇◆◇◆◇大塚博堂倶楽部10周年 発行05・6・21
博堂のふるさとに来し卯月風/風説となってはならぬ永遠(と
わ)の歌声(こえ) 北斎
前号でご紹介した4月23日(土)博堂生誕の地別府で、大塚
博堂音楽祭が盛大に開催されました。そこで、東京からは会員
の江畠、金井夫妻、本間、早川、秋岡、北斎と名古屋からは木
本、大阪からは竹9名が参加して今年も墓参をかねたツアーで
した、詳細は次号でご紹介します。
また、「♪博堂伝道師「山田友人」を追いかけて!」木本名古
屋支部長の一大レポートが届いておりますので、今号では先に
掲載いたします。
♪7月例会のご案内
と き 7月4日(日)午後2時〜5時         
ところ 三鷹北口・パスポート0422-52-2301
   (JR中央線三鷹駅北口線路沿い右側すぐ武蔵野
    芸能劇場横入る、徒歩1分)
内 容 1♪大塚博堂を歌う小松原ルナライブ 
2♪向井じゅんと歌う会員有志によるライブ
会 費  会員 4000円(軽食・ドリンク付)
     一般 5000円(軽食・ドリンク付)
*出席される方は、前日迄に下記へご連絡ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

申込先 大塚博堂倶楽部/Fax(留守電可)03−5827−
0360
・メールでの例会申込先 hakudo-k@mail.goo.ne.jp・緊急時
新携帯090−5442−8345
★CD情報〜協力大塚博堂倶楽部
「風の伝説」山田友人〜博堂を歌い継ぐ伝道師珠玉のトリビュ
ートアルバム・オーディックより絶賛発売中。
「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」ほか名曲10曲オ
リジナル「博堂は風に吹かれて」収録した話題作。
販売価格2300円(税込)のところサイン付・会員価格20
00円+郵送費300円にて取扱中。
振込先 武蔵野浪漫倶楽部 太平信用金庫本店・普通1089
580 入金確認次第ご送付いたします。
★★9月18日・例年秋の名古屋での「大塚博堂メモリアルラ
イブ」のチラシが出来ましたので、ご案内します。
「♪博堂伝道師「山田友人」を追いかけて!」    大塚博
堂倶楽部名古屋支部長 木本博久
(1)ライブの前
平成17年4月21日(金)午後9時、名古屋発の夜行バスで
福岡へ向かいました。東京への高速バスには数回乗っていまし
たが、今回はほぼ倍の11〜12時間もの長旅となりました。
家内からは“もう歳なんだから、楽な飛行機で行ったらいいの
に!”と言われましたが・・・。若い頃から一人で山登りに行
く時は、必ず夜行列車を利用していましたから”一人旅には夜
行列車(夜行バス)が似合うのだ!“とかナンとか、強がりを
言っていました。しかし本音は、バス代は飛行機の半額以下な
ので、年金生活者の私にピッタリの旅行なのでした。

福岡市中洲近くの冷泉公園横に、勤めていた会社の福岡支店が
あり、また福岡空港への途中に発送センター、福岡市内の西新
や藤崎に社宅・独身寮などがありました。それで、総務部を担
当していた頃には何回か福岡へ出張で来ていました。
昨年5月には「突然の出会いに」「夜迷星」の作詞者、井手剛
一(ごいち)氏に会うために、そして12月には「大塚博堂メ
モリアルコンサートin福岡」を聴くために、久しぶりに福岡を
訪問しました。
今回の四ヶ月ぶりの福岡は綺麗に晴れ渡り、汗ばむくらいの上
天気でした。山田友人ライブの開始は夜ですので、朝から久留
米や博多の街を散策しましたが、遅かった桜の花ももう終わり
、赤いツツジや白いハナミズキの花が印象的でした。
そして夕方には福岡市の繁華街、天神のライブハウス「BUZ
Z」に行きました。昨年12月にコンサートが行われた「ブル
ーノート・福岡」から徒歩5分ほどの所で、定員40名ほどの
会場がほぼ満員の盛況でした。
たまたま私の前に座っていた方を井手さんが紹介してくれたら
、元KBC(九州朝日放送)の名プロデューサーだったという
岸川氏(68歳)でした。井手さんが博堂の亡くなった後、福
岡で「博堂追悼コンサート」を企画した時にお世話になり、ま
た山田友人さんが昨年、福岡のマスコミで取り上げてもらった
時も大変お世話になったみたいでした。生前の博堂も福岡に来
た時は岸川氏にお世話になっていたという、博堂にすごく縁の
深い方と知り合う事が出来ました。当然、全国のラジオ局に知
人が多く、私の住んでいる名古屋では東海ラジオにもよく知っ
ている人がいたそうです。
また、博堂没後の6月8日に札幌市民会館で予定されていた「
大塚博堂コンサート」を中止にせず、「大塚博堂・追悼の夕べ
」を呼びかけたというHBCラジオ(北海道放送)の河原多恵
子アナウンサーもよく知っているとの事でビックリしました。
  生前からの熱烈な博堂ファンにとっては、この札幌の博堂フ
ァンによる「追悼コンサート」は伝説的な話しとして伝わって
います。その中心となった河原アナウンサーはイ
ンターネットで調べたら、今でも毎週月曜から金曜までHBC
ラジオで「多恵子の今夜もふたり言」という番組などで活躍し
ている現役でした。
 名古屋へ帰ったあと井手さんにお礼の電話をした時、井手さ
んは“岸川さんは博多の音楽業界では有名人で、博多のライブ
ハウス「照和」で活躍した井上陽水、武田鉄也、長渕剛などの
大物歌手を育てたと言ってもいい名プロデューサーです”との
ことで、あらためてビックリ!でした。博堂以外の音楽業界を
あまり知らないので、井手さんの電話の後すぐインタネットで
調べたら「照和」は博多の伝説的な有名ライブハウスでした。
(たまたま我が家の前の家のご主人が東海ラジオ勤務なので、
旅行後に聞いてみたら“岸川さんは業界では有名人ですよ。「
照和」での武田鉄也や財津和夫との話も有名です。岸川さんの
知っているという鈴木氏は、今でも東海ラジオの子会社社長で
す”と言っていました)
ライブ終了後の余韻の残る中、岸川氏の隣りに座っていた50
代?の男性と名刺交換したら“「大塚博堂倶楽部通信」などの
ホームページを見ているので、木本さんの名前は存じ上げてい
ます“と言われてしまいました。福岡の博堂ファンとの新しい
「めぐり逢い」でした。

(2)山田友人ライブ報告
(別途報告)
(3)ライブ終了後・・・スナック「萌」にて
 今回のライブの案内を井手さんから手紙で貰った時、19時
からライブハウス「BUZZ」で、21時からスナック「萌」
にてゲストライブとだけ書いてありました。
しかし、ライブの中で友人さんが語っていたように“地震、雷
、火事より怖いマネージャー「ごいち」さん”が、その後の2
3時からもピアノラウンジ「カフェド・トワレ」でのライブを
企画していました。
 そしてナント、日付が変わってからも四次会としてダイニン
グバー「楽」へ行くことになっていました。それだけ、山田友
人さんの福岡でのライブを待っているファンが多く、いろんな
ところから声をかけてもらえるのでしょう。さすが、博堂が歌
手デビューする前に博多でジャズシンガーとして過ごし、博多
を「第二の故郷」としていた土地のファンは心強いです。
 「BUZZ」でのライブ終了後、友人さんの新しいCD「風
の伝説」や5月15日の「イマジンホール」での山田友人コン
サートを企画した(株)オーディックの木戸社長や、福岡のプ
ロダクション(株)スタープロジェクトの原社長などと一緒に
、中州にあるスナック「萌」にタクシーで向かいました。
 この店のマスター渕信晴さんとは、昨年12月の福岡メモリ
アルライブの打上げ会で会っていましたので4ヶ月ぶりの再会
でした。渕さんは元歌手と聞いていましたが、友人さんライブ
の途中でギターの弾き語りで「ダスティンホフマンになれなか
ったよ」を素晴らしい声で唄ってくれました。
 我々が「萌」に到着した時には常連さんで店はいっぱいでし
たが、スクランブルダスティンバンドの名ギタリスト、岩村義
道さんがすでにスタンバイしていました。岩村さんとも4ヶ月
ぶりの再会でした。
実はこの店で、昨年12月に福岡で知り合った博堂ファンの寺
坂氏(日立キャピタル)と会うことになっていたのです。彼は
4月からポストが変わり、仕事が忙しくて19時からのライブ
ハウスにはとても間に合わないから、21時からの「萌」ライ
ブに参加すると聞いていたのです。
私達より少し遅れて到着した寺坂氏から、早速「お土産」を貰
いました。それはナント、博堂の合宿中の「録音テープ」とい
う貴重なものでした。テープのラベルには「昭和52年4月1
2日 岩原合宿」と書かれていました。寺坂氏はこのテープを
10日ほど前に岩村氏から入手したばかりで、名古屋から出て
くる私のために、仕事で忙しい中をダビングしてくれていたの
でした。(寺坂氏には12月に知り合った後、博堂の「福島市
民会館コンサート」の録音テープも貰っていました)
新潟県湯沢町岩原に渡辺プロの施設があって、そこで博堂が合
宿をしながらコンサートの練習していた時の録音テープとの事
でした。その時のメンバーはリードギターの岩村義道氏、フル
ートの山中サトシ氏、ベースの藤沢ひでゆき氏の3名でした。
私がすでに入手している昭和52年3月5日の「別府ライブ」
(合宿の1ヶ月ほど前)の時、バックはギターの岩村氏一人だ
けでした。この直後にフルートの山中サトシ氏が博多から呼ば
れ、藤沢氏も加わって博堂組(スクランブルダスティンバンド
の前身)と呼ばれることになる直前の合宿だったみたいです。
なお岩村氏の話では、ベースの藤沢氏は数ヶ月間だけ加わった
メンバーだそうです。因みに、この年の秋に行われた福島市民
会館コンサートのバックでのベースは竹村進二氏になっていま
す。
名古屋へ帰った日からこの貴重なテープを聴きながら、福岡・
別府の報告記を書き始めましたが、レコード化されていないス
テージ曲「黄色いリンゴ」や「カラス」も収録されている貴重
なものでした。全部で16曲収録されていますが、練習中なの
で博堂の「しゃべり」なども入っているのかな!と期待して聴
いてみましたが、1曲が終わるたびにテープを止めていたみた
いでした。終わったあとできっと反省などを話し合っていたと
思いますが … 、始める合図の“ワン・ツー・スリー”とか“
サー行くよ”と言うような言葉が一瞬入っているだけでした。
ホント、残念!!
 翌日に別府で会った新潟出身の江畠さん(博堂倶楽部)に、
博堂が新潟県の「イワハラ」で合宿していた時の貴重なテープ
を入手した、と自慢げに話したら“木本さん、それは「イワッ
パラ」と読むのよ!”と怒られてしまいました。関東の人なら
岩原スキー場を知っているのだと思いますが、名古屋の私は岐
阜県か長野県のスキー場しか行ったことがないのです。岩原ス
キー場なんて名前は聞いたこともありませんでした。
インターネットで調べたら、渡辺プロのホームページに子会社
の岩原観光(株)のことが載っていました。その会社はスキー
場などを経営し、掲載されていた古い建物の写真に“知る人ぞ
知る、今はなき「岩原スキーロッヂ」”との説明が書いてあり
ました。多分、その「ロッジ」での合宿だったのではないでし
ょうか。
「萌」では岩村氏がバックで演奏してくれましたが、友人さん
にとっては昨年12月の福岡メモリアルコンサート以来の2度
目ということで、感激して唄っていました。

(4)ピアノラウンジ「カフェド・トワレ」にて
友人さんの本日2回目のライブ終了後、今度は井手さんの運転
する車で南区大橋のピアノラウンジ「カフェド・トワレ」に2
3時30分頃に行きました。なお、この店は友人さんが福岡で
初めてライブをした会場だそうです。
この店で、やはり昨年12月に福岡で知り合った博堂ファンの
田中氏(MPロジステック)と会うことになっていました。彼
は4月から異動となり、引継ぎや挨拶などで非常に忙しく「B
UZZ」や「萌」のライブには行けず、ということで三次会の
「カフェド・トワレ」で会うことになっていたのです。彼は3
月までは親会社の三菱ウエルファーマ(株)九州支店長で、同
業の私の勤めていた会社の福岡支店長をよく知っていました。
 「カフェド・トワレ」に着いた時はカントリーウエスタンバ
ンドが演奏していましたが、花の金曜日ということもあって午
後11時半過ぎというのに、まだ沢山のお客さんがいました。
カントリーバンドが演奏を中断してくれ、早速、友人さんの本
日3回目のライブが始まりました。
 店内の奥の方の席に着いたらすぐ、最近、大塚博堂倶楽部に
入会したという竹中さんが挨拶に来られました。名刺交換した
ら、また“木本さんの名前は知っています!”と言われてしま
いました。彼女の名刺には大野城市と書かれていましたが、福
岡県の何処にあるのか分からずで、後で調べたら大宰府のそば
で春日市の隣りでした。春日市には会社の独身寮があって、6
〜7年前に福岡市藤崎に新しい独身寮を建てたので、春日市の
土地を売却する交渉で行ったことがありました。 彼女は昨年
、福岡での山田友人さんライブで初めて大塚博堂を知り、それ
から博堂の歌を聴いて嵌ってしまい、とうとう博堂倶楽部にも
入会してしまったとのことでした。新しい博堂ファンとのめぐ
り逢いが、素敵な店「カフェド・トワレ」でも出来ました。
  友人さんの本日3回目のライブが終った後、お客さんのリク
エストに応えて「カフェド・トワレ」のママ、宮原智津子さん
がピアノの弾き語りで博堂曲を唄ってくれました。すごく透き
通った高音の素晴らしい歌声でした。
 次の店に行こうとしていたら、「BUZZ」ライブに来てく
れていた方達が入って来られたので、午前0時を過ぎてから本
日4回目のミニライブとなりました。それで次の店、中央区大
名のダイニングバー「楽」に着いたのは午前0時45分でした

(5)ダイニングバー「楽」にて
この店のママ、井上千鶴子さんが友人さんや井手さん達スタッ
フのために、美味しい料理を用意して待っていてくれました。
  井手さんは“お昼を早めに食べたので、半日振りに食事にあ
りつけるな!”と言いながら、本日のライブ無事終了の乾杯を
しました。友人さんも本日予定のライブがすべて終わり、気持
ちよく飲みながら美味しい料理を食べていました。
私も井手さん達と一緒について回らせてもらい、福岡の博堂フ
ァン、友人ファンとの「めぐり逢い」を楽しませてもらいまし
た。そして私もお腹がいっぱいになり、気が付いたら午前2時
少し前!! 本日泊まる予定のホテルに、チェックインが遅く
なると伝えてはありましたが・・・やはり心配になり、私だけ
先に失礼しました。
(翌日、別府で友人さんに会ったら“木本さんが帰った後、ま
たギターを取り出して本日5回目のライブをやってしまった”
とのことでした。1回、聴き損ねて残念!!)

(6)福岡から別府への2時間半の旅
 翌朝、福岡発の高速バスで別府へ向かいましたが、昨夜のラ
イブ会場で入手したばかりの友人さんの新CD「風の伝説」を
聴くために、ポータブルCDプレイヤーを持参していました。
(ライブの案内チラシに「先行販売」する旨が書かれていたの
で・・)
お陰さまで別府までの2時間半を退屈せずに、新緑の日田山中
を走り抜ける高速バスの車窓から見える景色を楽しみながら、
友人さんの「風の伝説」を聴いていました。
CDジャケットの表面は、サングラスをかけた友人さんが淡い
パステル調で二重に写っているという洒落たデザインです。裏
面は博堂と友人さんのモノクロ写真と「ジャパネットたかた」
のロゴマークをデザインしたデザイナー、平松聖悟氏の書『博
堂の魂が友人の輪をつむぐ』が載っています。そして歌詞カー
ドの最後のページには、制作に携わった人達や協力者達の名前
の中に「大塚博堂倶楽部」の名前も書かれていました!!
そして、このCDの宣伝キャッチコピー『 孤高のアーティス
ト大塚博堂。 生誕60年、没後四半世紀を経て 今甦る。 
博堂を歌い継ぐ伝道師 山田友人。珠玉のトリビュートアルバ
ム 』というのが、ホント泣かせるではありませんか。
1曲目の「ダスティンホフマンになれなかったよ」から10曲
目の「過ぎ去りし想い
出は」まではすべて博堂曲で、ラストはボーナス曲として、昨
年12月の福岡メモリアルコンサートで発表した「博堂の風に
吹かれて」(作詞:藤公之介、作曲:山田友人)が収録されて
います。
今回のCD制作のためにギターの岩村義道氏の他に、キーボー
ドの逸見良造氏(今でもNHK「のど自慢」伴奏などで活躍中
)、ベースの竹村進二氏など、元「スクランブルダスティンバ
ンド」のメンバーが駆けつけてくれ、また、博堂のチーフマネ
ージャーだった松岡保男氏のお嬢さん、松岡志保さんもバイオ
リンで参加しています。昔の博堂を支えた人達が一丸となって
、今度は友人さんのために動いてくれているのがひしひしと伝
わってくる「風の伝説」CDです。

(7)「博堂村」にて
12時に大塚郷さんのお兄さん、義則氏が今月から始めたとい
う「博堂村」に行きました。この店で東京から参加の北村会長
、金井ご夫妻、本間氏、早川さん、秋岡さん、江畠さん、そし
て大阪から参加の竹さんと落ち合うことになっていたのです。
私が着いた時は博堂倶楽部の人達はまだ来てなくて、昨夜お世
話になった岩村氏が奥様と一緒に来ていました。奥様とは昨年
5月の「長崎メモリアルライブ」以来、1年ぶりの対面でした
。岩村さんは13時からのリハーサルのために、食事後すぐに
別府中央公民館(店から徒歩で15分くらい)に向かいました

あとで義則氏の奥様から“岩村氏は自分が使っていたスクラン
ブルダスティンバンド時代の貴重な譜面などを沢山持参してく
れた”と聞きました。岩村氏が「博堂記念館」でもあるこの「
博堂村」に貴重な資料を寄付されたのでした。
今回は参加者の飛行機がバラバラだったので、着いた人から順
に「博堂村」自慢の美味しいランチを食べました。なお義則氏
は「博堂村」の村長ではあるが、今までのお勤めはそのままと
のことで、店長は義則氏の奥様の弟である荒木田光氏が勤めて
います。博堂が若くして亡くなったので、出す料理なども体に
良いものにするなど気をつけているとのことでした。
奥さんとお店のことを話していたら、店をオープンした頃に若
い子が入り口に貼ってあるチラシの博堂の写真を見て“あっ!
カリスマ美容師の美容室がオープンしたみたい!”と真剣に話
していたそうです。やはり別府でも残念ながら、若い子は博堂
を知らないようです。
店内には博堂がレコード会社から貰った賞状や盾、博堂の使用
していたギター、博堂の着ていたセーター、博堂の写真、博堂
が描いた絵、楽譜集などがいっぱい飾られています。ぜひ、全
国の博堂ファンに訪ねて行ってもらいたいなと思いました。
(この後、博堂の眠るお墓や仏壇のある大塚家、博堂生誕地な
どを巡り、夕方には「大塚博堂音楽祭」を聴き、その後の打上
げ会にも参加しました。また翌朝には皆で湯布院観光に行きま
した)

(8)杵築「坂の城下町」
大塚博堂音楽祭の翌日は朝から皆で湯布院まで行き、昼食後に
阿蘇・黒川温泉へ行く金井ご夫妻と別れて別府に戻りました。
そして夕方の飛行機で東京へ帰る会長、江畠さん、早川さん、
秋岡さんと大分空港への途中にある杵築(きつき)市へ行きま
した。「坂道の城下町」と呼ばれるすごく情緒のある坂道を散
策しましたが、正直なところ私は「杵築」という地名も読み方
も知りませんでしたが・・・。
杵築城の前の広大な河口が干上がって、潮干狩の人達でいっぱ
いでした。その時、私が知ったかぶりで値段の高いことで有名
な「城下カレイ」は、この杵築城の下の海で獲れるのだと言っ
てしまいました。帰ってからよく調べたら、その城は杵築城で
はなく杵築市のすぐ手前の日出(ひじ)町の「暘谷(ようこく
)城」でした。その城の直下の海で獲れる「マコガレイ」のこ
とを「城下カレイ」と言うのでした。
 地名も読めないような難しい名前ばかりで、歴史を感じる古
い町でした。今度別府に来る時はもっとゆっくり散策したいな
、と思うほど良かった観光お勧めポイントです。

(9)博堂村ライブ
杵築で東京へ帰る人達と別れ、今夜は湯布院に泊まる本間氏と
「博堂村」に戻りました。そこで昨日の昼、我々が博堂村を出
る時に入って来られた埼玉県児玉郡から来たという二人連れの
女性と再会しました。美容室をやっている小林さんは博堂のコ
ンサートには行っていないが生前からの大ファンで、島野さん
は渋谷と松本市のコンサートを聴いた事がある大ファンでした
。埼玉の島野さんが何故松本市でのコンサートを?と聞いたら
、たまたま旅行で行っていた松本で博堂コンサートがあるのを
知って、急遽参加したのだそうです。
これと似たような話しを以前に聞いたことがありました。生前
の博堂の「追っかけ」をしていたという“元祖博堂ファン”の
杉本会員が、東京からスキーで山形?へ行っていた時に、帰る
翌日に博堂のコンサートがあるのを知ったそうです。でも仲間
と一緒に行った旅行なので、泣く泣く帰って来てしまったそう
です。
お二人は同級生で、つい最近になって博堂のことをもっと知り
たくてパソコンを買ってしまい、入力方法などを覚えたらすぐ
に「大塚博堂」で検索したそうです。そして今日の大塚博堂記
念音楽祭や博堂村の事を知って申し込んだのでした。またまた
博堂村で、博堂病に罹った博堂ファンと「めぐり逢う」ことが
出来ました。
昨夜も博堂音楽祭の始まる直前、郷さんの控え室へ挨拶に行っ
たら“私のところに愛知県犬山市の長瀬さんという方からチケ
ットの申し込みがあった”と聞きました。それですぐに場内ア
ナウンスで長瀬氏を呼び出してもらい、コンサート後の打ち上
げ会への参加を誘いました。名刺を出したら長瀬氏からも“木
本さんの名前は知っています”と言われてしまいました。まさ
か私と同じ愛知県から聴きに来ている人がいるなんて思いもし
ませんでしたから、これも天国で眠る博堂の導きに拠る「めぐ
り逢い」でしょう。
また、昨夜の打上げ会には、地元臼杵市の博堂ファンである中
嶋氏も参加してくれました。彼とは4年前の博堂倶楽部墓参ツ
アーの時に知り合い、昨年3月のメモリアルコンサート、今年
と博堂倶楽部の別府訪問時には毎回お会いしています。打上げ
会の後にはホテルまで送ってくれるなど、博堂の縁でいつもお
世話になっています。
午後7時からのライブの始まる前に前座として、別府でストリ
ートミュージシャンとして頑張っている幸生(こうせい)君が
オリジナル曲を熱唱してくれました。
そしてライブのトップバッター大塚郷さんは「結婚する気もな
いのに」から唄い始めました。郷さんがオリジナル曲を唄って
いる時には、1歳3ヶ月と大きくなった音和(とわ)チャンの
元気な声が聞こえたりして、アットホームなライブでした。
郷さんのラスト曲「ダスティンホフマンになれなかったよ」で
は、昨日岩村義道氏が大塚家に寄付した、博堂がコンサートな
どで使用していたという「カポタスト」(ギターの弦をネック
部分で押さえて、キーを調整する器具)を使って唄いました。

次に登場したのは、大分市で「MORE」というスナックをや
っている三浦公資氏でした。三浦さんは若い頃に歌声喫茶でロ
シア民謡などを唄っていて、菅原洋一さんにスカウトされてシ
ャンソン歌手としてデビューしたそうです。その後、故郷の大
分に戻りシャンソンや博堂曲などを唄う傍らスナックを始めた
のです。岩村義道氏などの協力を得て、博堂曲だけで3枚のC
Dを発売しています。
福山千恵子さんのキーボード伴奏で「季節の中に埋もれて」と
「めぐり逢い紡いで」を唄い、ラスト曲はシャンソンの「愛は
限りなく」を切々と謳い上げました。私は以前、シャンソンな
んて聴いた事もなかったのですが、いろんなシャンソン歌手が
博堂曲を歌い継いでいるということから聴くようになりました
。その中で「愛は限りなく」は好きな代表曲なので、三浦さん
の熱唱が聴けてラッキーでした。
私はその夜、別府北浜午後8時15分発の名古屋行き夜行バス
に乗ることになっていました。最後の山田友人さんのライブが
始まったのは午後7時55分!! 途中で“今夜は友人さんの
歌はとても聴けないかな?”と半分は諦めていましたが、なん
とか1曲目の「色エンピツの花束」を最後まで聴くことが出来
ました。そして唄い終わったばかりの友人さんへの挨拶もそこ
そこに、店を出たのが午後8時05分でした。
バス停までは「博堂村」から徒歩3分という、非常に好都合な
ところでしたので十分に間に合いました。そして翌朝7時36
分に名古屋バスセンターに無事到着。
今年も本当に博堂三昧の、楽しい四泊三日?の「旅でもしよう
か」でした!! 

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