お酒・ワイン

蔵元日記

毎月第1金曜日と第3金曜日に酒蔵の出来事など楽しい記事をメールマガジンでお送りします。

全て表示する >

蔵元日記【飲酒と健康】

2009/10/11


蔵元日記【飲酒と健康】
 
自民党政権で主要閣僚を歴任した政治家が先日亡くなりました。発言
は硬派で波風の立つことも多かったんですが、真剣に国の行く末を考
えていると思えた数少ない政治家でした。
だからこそ、酒の上の武勇伝が洩れ聞こえてくると眉をひそめたもの
です。最後にはおそらく飲酒が原因ではと思える大失態をやらかして
辞任に追い込まれました。嫌いな政治家ではなかったがためにその辞
任のタイミングミスも残念なものでした。
 
死因は色々言われているようですが、結局長年の飲酒が原因という見
方が大勢のようです。酒ってこんな有為の人の人生も奪ってしまうこ
とがあるんです。旭酒造は「酒ってたくさん飲むから偉いんじゃない。
楽しむ酒をほどほどに飲んでほしい」と言い続けてきました。それは
こんな経験をずいぶんしてきたからです。
 
父の死後(注)、旭酒造の社長になった時代はまだ一級・二級のある
時代でした。その二級酒が突然売れなくなる店があるんです。原因を
調べてみるとほとんどは二級の小瓶が売れなくなっていました。
 
実は二級の小瓶を買うお客さんというのは酒量の多い方、つまり自分
でコントロールできにくい方が多かったんです。大体日本酒というよ
りアルコールの魅力で飲むわけですから、銘柄は酒屋さんの言うがま
ま。ですから酒蔵にとってもある意味都合のいいお客さんです。一回
の食事に300mlか720mlを一本。300mlの間はまだいい
んですが720mllになるとほとんどは一年以内に売り上げがとまり
ます。
 
「なぜ、この店の売り上げが落ちたのか?」と聞く私に「飲んでくれ
てるお客さんが入院した」とかひどいのは「亡くなった」と答えるセ
ールス。それに対しただ「売れなくなって残念」としか感じない社長
の私。なんとも情けない姿でした。
 
こんな経験がいくつもいくつも重なって、販売競争に血道を上げて売
り上げを追いかける酒蔵から、「とにかく量じゃない」「たくさん売
れなくてもいいから、お客様の楽しい人生のお手伝いをする酒」「量
より質の酒を」と現在の純米大吟醸しか造らない蔵に変わって行った
んです。
 
地元中心から東京中心の販売にシフトしたこともあいまって、「地元
を無視するのか。俺たちの売る酒や飲む酒は造らないのか」と不満を
持つ地元の酒屋さんやお客さんと軋轢を起こしながらも無理やり転換
してきました。その意味では楽な道ではありませんでした。それでも
「お客様の健康」つまり「幸せ」と矛盾する酒蔵であり続けることは
我慢できないことでした。
 
しかし、しかし、実はもう一つ違う矛盾を抱えることになりました。
つまり量より質の転換を目指して酒を磨き上げてきたわけですが、磨
き上げれば磨き上げるほど、突き詰めれば突き詰めるほど・・・・・、
言われるんです。
 
「獺祭って、香りもあるし飲み始めに飲むのに最適と思うんだけど、
それだけじゃなくてだらだらといつまでも飲めちゃうんだよね」「
(量を追いかけるはずの)普通酒はたくさん飲めないけど、(量を追
わないはずの)獺祭はいくらでも飲めちゃう」「下手に食中酒を標榜
する酒よりいつまでも飲める」と私の狙いと反対のことを言われるお
客様が多いんです。私も皮肉なことに「それはあるなぁ」と感じてい
ます。
 
旭酒造では、口に含んだときガツンとくるアタックよりも、最初はす
っと入ってその後で魅せるバランスと余韻を大事にしています。しか
し、理想の酒にむいて努力すればするほど、どこまでも飲める酒にな
っていきます。この矛盾、どうしたらいいんでしょう。
 
 
【注というか番外編/親子の相克】
実は61歳で死んだ父の死もアルコールによる緩慢な自殺のようなも
のでした。医者の言うことをまったく聞かず、死後、父の座っていた
座の下から酒の空き瓶が何本も!!まぁ、考えてみればわかるような。
気持ちがわかるだけに息子としては忸怩たる思いです。
 
太平洋戦争後復員して酒蔵に戻った父は経済復興期・高度成長期と社
会の追い風もあって順調に酒蔵を伸ばしてきました。しかし、第一次
オイルショックのころから日本酒の市場が縮み始めると、それまでの
「セールスがただ頑張ればいい」というビジネスモデルからさらに価
格競争の厳しい「縮む市場の中での他社蹴落とし競争」の状況になり
ました。そんな中で、家庭的にも必ずしも幸せではありませんでした。
 
長男が酒蔵を出てしまったんですから。私に言わせれば「首になった
から酒蔵を出た」と思っていますが、父にしてみたら「(首にした覚
えはない)、何かわからないけど出て行った。(あいつは敵前逃亡だ)
」と周囲の人に話していました。しかもちょうどそのころから販売競
争が熾烈になり、酒は思うように売れない晩年でした。
 
高度成長期のいくらでも酒の売れる時代に経営者として過半の時間を
過ごした父にとってみれば、自分の人生設計があっちでもこっちでも
崩れてしまい、酒でも飲まなければやってられなかったのかもしれま
せん。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-01-30  
最終発行日:  
発行周期:第1・第3金曜日  
Score!: 93 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。