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蔵元日記

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蔵元日記【酒蔵取り壊し】

2009/07/27


蔵元日記【酒蔵取り壊し】
 

刺激的な題名ですが、一昨年から取り掛かっています酒蔵の増改築工事
の二期工事が始まり現在の仕込み蔵を取り壊し始めました。この建物は
昭和50年に前社長の父の手で建てられた鉄筋コンクリート製の一部二
階の平屋建ての酒蔵ですが、手狭になったもので延べ床面積800坪弱
の三階建てに建て替えを決意したものです。
 
職人さんたちが取り付いてまず電気関係から外し始めましたが、その作
業を見ていると感慨深いものがあります。
 
昭和50年というと史上最高に日本酒が売れた年で、現在300万石台
に落ちている日本酒の売り上げが950万石を記録し1000万石も夢
ではないといわれていた年です。当然、父の立てた酒蔵も当時の「行け、
行け、どんどん」気分を濃厚に持つ普通酒専用の大型仕込方式の酒蔵で
した。
 
しかし、私が父の死去とともに酒蔵を継いだ昭和59年にはすでに全国
で日本酒は退潮期に入っておりました。その上、旭酒造は近隣の酒蔵と
の販売競争に一人負けの状態で昭和50年の売り上げに対して6割減。
前年比では85%という最悪の状態でした。
 
当然、決算も最悪で毎日の資金繰りに終われる毎日。そのまだ新しさの
残る仕込み蔵と実質債務超過の決算書を眺めながら、「何でこんな馬鹿
な建物を建てたんだろう。この金があったらなあ」と父のことを恨んだ
ことを思い出します。
 
しかし、いくら亡き人を恨んでいても解決しません。とにかく廃業した
酒蔵から小仕込に使える小型タンクを安く譲ってもらい、トラックを自
分で運転して積んで帰りそれまでの大型タンクと入れ替えたり、タンク
の周囲にエプロンのようなものを作って氷を周囲に詰めて冷やせるよう
にしたり、もちろんそれだけでなく氷蓄熱槽のような当時の旭酒造にと
っての年間の設備投資能力を一つで超えてしまうような身の丈に余る過
大な設備投資もしながら、さまざまな改造を加えました。
 
実際に金繰りに苦しんだのもこの頃です。毎月の月末は綱渡り状態。
にもかかわらず、設備投資資金や人件費などの会社の経費は湯水のよう
に出て行って。(今でも女房にこのころのことを言われると首をすくめ
ています)深夜目が覚めて、隣で眠る子供たちの寝顔を見ながら「この
子たちが大きくなるまでこの酒蔵が倒産せずに持つだろうか?」と眠れ
なくなったものです。それでも、身を削るような思いで設備投資といく
らしても定着しない人材投資を続けながら10数年をこのコンクリート
製の仕込み蔵とともに過ごしました。
 
それでも、何とかかんとかそのつらい時期をやり過ごし、気がついてみ
ると曲りなりに小規模仕込用のタンクもそろい、タンク毎の冷却装置も
きれいに配管され、それなりに酒蔵らしい体裁を整えてきました。
 
売り上げも増え始め、杜氏制度ではなく若手の社員による通勤制の仕込
みも定着し、なんとなく上手く行き始めました。ところがコストの安い
大型仕込からわざわざ手のかかる小型仕込に変えていますからいくら販
売量が増えても冬季に一度に沢山造る昔の方式には戻れません。
 
仕込み期間は結果として前後に長くするしかありません。秋と春の温度
の高い時期にどうやって仕込み蔵の温度を低温に維持するかが課題にな
り始めた頃。知り合いの電気屋さんが「あれっ、この冷房機は5度まで
下げられますよ」と教えてくれました。
 
なんと、夏場の酒の貯蔵室のクーラーとして利用していた冷房機がそれ
以上に冷やす能力を持っていたんです。もちろん、建物は断熱してある
わけではありませんから外気温が20度を超すようなときには無理です
がそれ以下の時期なら電気代さえ無視すれば5度前後に保つことも可能
だったんです。
 
実は私は父の死去とともに社外から突然社長になったものでこのあたり
の個別の設備の能力とか使い方はその時点の担当者の言うがままで、そ
の意味ではせっかくの設備をそのまま死蔵しているものや使いきってい
なかったものも多かったんです。
 
それからは一瀉千里。次の年にはまず一室に断熱用発泡スチロールを室
内に吹き付けて簡易の冷蔵仕込み室とし、結果が上々なのを見て翌年に
は主醗酵室。翌々年には酒母室。その間には冷却機も最新のものを加え、
見た目のしょぼさを別にすれば能力的にも最新型の冷蔵仕込み蔵と遜色
ないものになりました。
 
ある業界関係者からは「外気と遮断された要塞のような酒蔵。金がある
蔵は違うねぇ」と皮肉られました。それまで100円ショップとホーム
センターで手に入るものを基本的に使用するというポリシーを掲げ、素
人のやっつけ仕事に毛の生えたような改造を繰り返してきた私としては
反対に褒められたようななんとも面映い言葉でした。
 
気がついてみれば恨みの的だったあの仕込み蔵が私を救い支えてくれた
んです。ある方が「前の仕込み蔵の壁なり屋根なり一部でいいから切り
取って新しい蔵のどこかにはめ込んだら」と提案してくれました。
 
早速、工事責任者のところに言ってこの案を話してみました。「いいで
すよ。できますよ。歴史として残すんでしょ」と快諾してくれました。
変な話ですが、その途端に25年のこの仕込み蔵との歳月が思い出され
て、顔を見られたくなくて大急ぎでその場を後にしました。

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創刊日:2001-01-30  
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