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[chronique:00428] 生・政治的な入れ墨を拒否する

発行日:1/23

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       哲学クロニクル 第424号
           (2004年1月23日)
       生・政治的な入れ墨を拒否する
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寒くなりましたね。ほんとに大寒だと、今年は実感しています。
今回は、昨日お約束しましたように、アガンベンの論説をご紹介します。

================
生・政治的な入れ墨を拒否する
ジョルジオ・アガンベン、ル・モンド、2004年1月11日号
http://abonnes.lemonde.fr/web/imprimer_article/0,1-0@2-3232,36-348677,0.html

新聞報道は疑問の余地なく示している。これからビザを取得してアメリカ合衆国
を訪問しようとする者は、入国する際に指紋をディジタル方式で採取される。わ
たし個人としては、このような手続きに従うつもりはまったくない。わたしが三
月にニューヨーク大学で開校するはずだった講義をキャンセルしたのはそのため
である。

ここでわたしがこれを拒む理由を説明したい。わたしは何年も前から、アメリカ
の大学の同僚たちや学生たちと親しい関係を築いてきたが、わたしの今回の決定
は必要であり、決定的なものである。そしてわたしはヨーロッパの他の知識人や
教育者も、わたしのこの決定に同調してほしいと心から願うものである。

ずっと長い間、刑事罰の犯罪者と政治犯に適用されてきた指紋の採取という手続
きを拒否するのは、過敏な反応と思われるかもしれないが、そうではないのであ
る。それだけであれば、現在多くの人間が直面している屈辱的な条件に、いわば
連帯の気持ちをもって、道徳的に屈することもできるだろう。

しかし中心となるのは、そうした道徳的なふるまいではない。この問題は個人的
な感受性の限度をこえた問題なのだ。わたしたちが生活している民主的と呼ばれ
る国家における市民の法的・政治的な地位にかかわる問題、かんたんに言えば
〈生・政治的な〉問題なのである。

それまでつねに例外的で、きわめて非人間的なものとみなされてきた管理方式を
わたしたちの存在の正常で人間的な次元のものとして、人々にうけいれさせよう
とする試みが、しばらく前から行われてきた。

わたしたちが利用するクレジット・カードや携帯電話などの電子装置の情報から、
国が個人を管理していること、そしてこの管理の背景にある意図に疑念を抱かざ
るをえないところまできていることは、周知のことだろう。

とはいえ、こうした管理と身体の操作には、越えてはならない〈しきい〉のよう
なものがあるのだ。これを越えてしまうと、わたしたちは新しい〈生・政治的な〉
時代に突入することになる。ミシェル・フーコーはこの新しい時代のことを、き
わめて微細な技術を行使した人間の段階的な動物化と呼んでいたが、わたしたち
はそれが実現されるのを目撃しようとしているのである。

指紋と網膜をディジタル情報としてデータベース化すること、いわば皮膚の下に
目にみえない入れ墨を彫りこむこと、こうした方式は、この〈しきい〉を定め、
これを越えるための一歩となる。こうした方式を正当化するために、セキュリティ
のためという理由が語られるが、これにはまったく説得力がない。セキュリティ
とは無関係の事柄なのだ。これまでの歴史からも、最初は外国人だけに適用され
た管理方式が、やがてすべての国民に適用されるようになることは明らかなので
ある。

いままさに、国家と市民の間に新たな「正常な」生・政治的な関係が築かれよう
としている。この新しい関係は、政治的な領域における自由で能動的な参加とは、
まったくかかわりがない。個人のもっとも私秘的で、伝達できない要素を記録し、
データベース化しようとする試みなのである。身体の生物学的な生にかかわるの
だ。

メディアの装置が、身体のない公的な言葉を管理し、操作するとすれば、こうし
た技術的な装置は、言葉にされない人々の裸の生を記録し、同定しようとするも
のだ。身体のない言葉と、言葉のない身体というこの両極のあわいで、かつて政
治的な空間と呼ばれていた領域が、ますます小さくなり、ますます狭苦しいもの
なりつつある。

こうした技術と装置は、最初は危険な階級の人々に適用されるために発明された
ものだがそれがやがて市民に、むしろ人間そのものに適用されるようになる。そ
して政治的な生の場所を構築するはずの国家は、そこから容疑者を作り出し、人
間性そのものが、危険な階級となろうとしているのである。

数年前にわたしは、西洋の政治的なパラダイムはもはやポリスのような都市では
なく、強制収容所となったこと、すなわちわたしたちはアテナイからアウシュヴィッ
ツに移動したことを指摘したことがある。もちろんこれは、歴史的な物語でなく、
哲学的なテーゼとして理解していただきたい。しっかりと見分けて区別すべきさ
まざまな現象を、混同してはならないからだ。

こうした入れ墨は、アウシュヴィッツにおいて、強制収容所に収容された人々の
記録と登録を規制するためにごく通常の経済的な方法として採用されていたこと
を思い出していただきたい。アメリカ合衆国が自国の領土に入ろうとする人々に
強制しようとしているこの生・政治的な入れ墨は、いずれ国家の機構と装置にお
いて、善き市民としての身元を記録する正常なやりかたとして、うけいれること
を求められるだろう。アメリカの要求はその先触れにすぎない。だからこそ、こ
れに反対すべきなのだ。


=======

読者の方から監視社会についての感想をいただきました。

====以下引用です

「監視社会」、本当に嫌な社会のあり方ですね。ぼくも個人的にはそんな社会のあり
方はとても窮屈で緊張を強いられ、個人の自由というものが排除されるのではないか
という心配はもっております。

ただ、個人的に考えていることがありまして(と言いましても、おそらくは哲学や思
想といった事に深くかかわることは避けられないことだと思いますが)、それは、
「わが監視社会」においても中心となっている問題の個人と言うことについてなので
すが、近代における個人というありかたと、同時に、ここでも問題となっている監視
の対象としての個人は、おそらく、両者の考えが前提としているところは、つまると
ころは同根なのではないかと思うのです。

確かに、近代(現代)にとって、監視社会は個人には不愉快極まりない社会のあり方
だと思います。しかし、逆に考えると、近代における個人が前提とするところは、ま
さに個人の同一性といいますか、一貫した自己が必ず確保されうる、あるいは当然確
保されているのだとという、そういった前提があらかじめ確保されないかぎり成立し
ないのが近代的な個人のあり方だと思うのですね。それが無ければ、個人の同一性な
り、そういった個人をいつも監視する事がシステムによって可能だという、いわゆる
監視社会のようなあり方は、いずれにしても両者とも、成立することはできないと思
うのです。

個人というものが必ずいつも安定して確保されている、あるいは、個々人がそういっ
た前提をそもそもは前提としているがゆえに、監視社会への不快さも、あるいは、そ
ういった個人を監視する側のある種の快も、はじめて成り立っているのだと思うので
す。

さまざまな個人の経験の固有性というものが、経験というもの自体へではなく、それ
を経験する個々人に固着し、個々人がそういった自分自身が経験した事へ、自己同一
性を重ね合わさないかぎり(例えばそれは、自分の名前を呼ばれることで、呼ばれた
側の人間は、自分自身が呼ばれていると、自ら確信を持ってあの人は自分を呼んでい
ると理解することと同じ)、いわゆる社会における個人の自由というものも、あるい
は社会における監視社会も、そもそも可能にはならないのではないでしょうか。

「わが監視社会」への対抗は、「わが監視社会」が前提とする事を個人が共有して行
うのではなく、そもそも我々が前提とするところを批判的に考察し、考えていくこと
なのではないかと思います。

======引用ここまでです。
ご意見、ありがとうございました。近代社会というのは、いわば調教された個人
で作られているのですし、監獄に始まる監視は社会の根幹にあるものですよね。
ですからぼくたちの社会は最初から監視社会として成立しているとも言えると思
います。それだけに警戒が必要なのだとも。
またご意見をお寄せいただけるとうれしいです。
ではでは。


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 (c)中山 元
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