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Wing-Mel No.1739 吉田松陰先生 パート2(天下の無法松)

2010/09/13


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            天下の無法松「幕末の人物シリーズ」
             第2弾「吉田松陰先生 パート2」
                                                  
■■転送歓迎■■ No.1739 ■■ H22.09.13 ■■ 9,213 部 ■■


今週も先週に引き続いて「吉田松陰先生」への無法松の思いを皆様へ伝えていこうと思います。

先週は「松陰先生」とはあまり関係の無いことを話してしまいましたので、今週は「松陰先生」の御幼少の頃について少しばかり述べて参ります。

吉田松陰先生は良く知られているように幼名を「杉虎之助」と言い、長州藩士・杉百合之助の次男として生まれ、幼少の時代は今の山口県萩市の団子岩と呼ばれる萩市を見下ろせる小高い丘の上にある杉家で育ちました。

この幼少の時代の生家は今は残っておりませんが、その周辺は畳百畳以上?ある広場となっており、産湯に使われたと言われている井戸の跡などがあり、また、その直ぐ隣の敷地には松陰先生や先生に関係した人々の墓があり、いつもそれらの墓には花が絶えることがありません。また、その墓と生家のあった広場の間には、萩の城下を見下ろすように松陰先生とあの金子重輔の銅像が立っております。

この団子岩は松陰神社の裏手にあり、神社に向かって右側の路地を歩いて10分程度?(車で数分)の上り坂の頂点にあり、途中には松下村塾で学んだことのある初代総理大臣となった伊藤博文の生家や松陰先生の叔父にあたる玉木文之進の生家などがあり、それらを見て回りながら行くと1時間はかかるかも知れません。(車でも行くことはできますが、細い路地ですので対向車には気を付けられて下さい。)

なぜ、杉虎之助が「吉田松陰先生」として神社に祭られるほどの人物になっていったのかと言うと、それはやはり、杉家の父母・兄弟の家族愛に満ちた家族に囲まれて育ったことと、先に述べた叔父の玉木文之進の熱烈たる尊皇の憂国の至情を叩き込まれたことからであります。

幼少の頃の松陰先生と玉木文之進との間で有名な話があります。それは松陰先生が玉木文之進の講義を受けている最中に、一匹の蚊が飛んできて、幼少の松陰先生を刺したときに、玉木文之進が松陰先生の蚊に気を取られている様子を見て、「これから我が国を救おうという人間がそんな一匹の蚊ごときを気にしてどうするのか!!」と烈火のごとく松陰先生を叱ったと言う逸話です。

今時、このように蚊が体を刺してそれに気を取られただけで、烈火のごとく叱ることのできる人物がどこにいるでありましょうか。(天下の無法松もそこまではできません。そうありたいものです。)このように幼少の頃の松陰先生の周りには優れた人々が大勢おられたのであります。

これから考えるには、国を救うことのできる優れた人物を育成するには、やはりまず初めに愛に満ちた賢い父・母が必要で、次に志(こころざし)を持った立派な教育者が必要です。(実を言うと無法松は教育者の端くれで、キーボードを打ちながら自分自身に色々と問い掛けております。)

以上が松陰先生の御幼少の頃の状況ですが、長くなりますので今週はこれで終わり、来週には松陰神社について述べたいと思います。(参考までにこのURLをクリックしてみて下さい。
http://www.yoshida-shoin.com/ )


■無法松の戯言■

いよいよ今週の火曜日には天下分け目の平成の関ヶ原が、民主党(一般大衆党?)と呼ばれている一時的に政権を担っている政党の中で行われますが、その結果がどうなろうとも日本国がこの民主党政権のままでは坂道を転げ落ちるように衰退していくのは必至であります。

では国を憂うる人々はここで何をしていくべきなのでありましょう。町に出てデモをするべきでありましょうか。率先して署名活動や街宣活動を行っていくべきでありましょうか。それも良いでありましょう。(そのことによって街の周辺の人々にだけは幾らかの影響を与えることができるかもしれませんし、拉致事件のようにマスコミへ訴えることもできるかもしれません。)

しかし、無法松自身はもうそのような手段は諦めました。今、無法松はあの太平洋上に散って行かれた神風特攻隊や戦艦大和の乗員の人々・硫黄島他で戦われた人々の心境が痛いほど分かってきたつもりでおります。それは「この戦いは負ける。しかし、負け戦を見事に戦うことによって次の世代に何かを残して行こう。」と言われた遺書などの言葉に表われている心境です。

つまり、少なくともこれから先10年から30年は残念ながら我が日本国は衰退の一途を辿っていきます。(国を救えるような人物が今居たとしても、あまりにその数が少ないからです。)しかし、それだからといって何もしないでいては、先陣の人々に対して申し訳が立ちません。どうか、今、我が国を真に憂えている人々は我が日本国の伝統・文化を立派に残していくようにお願いします。

それにはまず己に与えられた仕事を責任を持って立派に成し得ていくことであり、人の父・母であるならば子供を愛情を持ってしっかりと育て、教育者ならば人の子を立派に育て、大人ならば地域の子供達に関心を持って立派に育てていき、政治家ならば私心を捨てて少しでも地域社会・日本国の為に働いていく、このような姿勢が今の日本人に最も必要です。

そしてまた、それには「教養」が必要です。「教養」の無い人間は例え国を憂えて街でデモをしたり、署名・街宣活動をしたとしても、それは口だけのことであり、そのような人々は単なる右翼にしか過ぎなくなってしまいます。そのような人々よりもある地方のある町で一所懸命(一生懸命は本来は誤字です。)誠実に働いているある学校の用務員さん、ある病院でタクシーに患者さんを一所懸命誠実に誘導しながら載せている人など、街の片隅で一所懸命誠実に働いている人々の方が、ずっと憂国の志であります。

つまり、無法松の言う「教養」とは「誠実」であり、「一所懸命」働くということであり、人を裏切らない(例え裏切ったとしてもそのことを謝る)と言うことであり、何も知識や行動範囲を広げてそのことを自慢することでは決してありません。

どうか、国際派日本人養成講座のメールマガジンをお読みの方々は、この無法松の言う「教養」を身に付けられて(「教養」とは自分自身に時間と金を投資して、自分自身を「志」を持った立派な人間にしていくということでもあります。)、無法松と共に、これからの世の中を胸を張って生きて行こうではありませんか。


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  • 名無しさん2010/09/13

    伊勢正臣 先生

     何時も貴重な御意見を拝読しまして勉強させていただいています、岡山県在住の男でございます。

     メルマ256号の「無法松の戯言」を拝見しまして、どうしても得心致しかねる点がありますので一言申し上げる失礼をお許しください。



     文中で「国を憂うる人々はここでなにをしていくべきなのでありましょう。町に出てデモをするべきであのましょうか。それも良いではありましょう。(そのことによって街の周辺の人々にだけは幾らかの影響を与えることができるかもしれませんし、拉致事件のようにマスコミへ訴えることもできるかもしれません。)しかし無法松自身はもうそのような手段は諦めました。今、無法松はあの太平洋上に散って行ったー中略ーと言われた遺書などの言葉に表れている心境ですー中略ー街の片隅で一所懸命誠実に働いている人々の方が、ずっと憂国の志であります。そしてなにも知識や行動範囲を広げてそのことを自慢することではありません。とまで書いておられます。



     これは小生にとっては「亡国思想で一人平和主義の亡国思想である」としか考えられません。暑い中、街頭に出て我が国の前途に無関心な人たちに現状を訴え、我が国を誇りある国に建て直そうとする努力を嘲り笑う言葉にしか聞こえません。

     

     斯く申す小生は「憂国の街頭行動は執拗に根気よく続けねばならない」との考えで民主党が政権を簒奪してからの今年の二月から二月に一度、第何回かの日曜日に街頭に出て「救国」のための街頭行動を主宰し、毎回30人から60人の参加を得て、横断幕や幟を押し立てて市内をアピール行進しています。威力を誇示するためのデモ行進でなくて市民にアピールするためのアピール行動なのです。



     直近では8月22日の炎暑の中実行して40数人の参加がありました。次回は10月3日に実行します。街ゆく人も手をたたいたり手を振ったりしての反応を示してくれる人が増えてきています。

     しかしそのことを自慢する気持ちは更々ありません。唯 現下の危機を認識して正当な反応を示してもらいたいとの一心でおこなっていのです。



     だから失礼ながら、無法松様の戯言は気力を失った人の亡国思想にしか見えません。「教養」のある御方からは、我々の行動が「口先だけのことであり、そのような人々は単なる右翼にしか過ぎなくなってしまい、誠実に弱者のために一所懸命に働いている人々のほうが、ずっと憂国の志であります」と言っておられるのは紛れもなく亡国思想であると断ぜざるを得ません。

     言論で影響力のある御方は、もう少し言辞に責任を持って戴きたいものだと痛感いたします。そして前言を取り消して何らかの訂正をお願いしたいと思います。 さもないと汗水たらして私欲のためでなく、国の前途を憂いて行動している人たちへの冒涜ですらあります。



     斯く申す小生は、終戦時 海軍潜水学校で二人乗り特殊潜航艇「海龍」の取扱講習を受けていた昭和2年生まれの82歳の男で、20歳までの死を覚悟していた者であります。 御反論があれば下記へお願いします。teruji@mrh.biglobe.ne.jp 西川晃男



  • 名無しさん2010/09/13

    「この団子岩は」という解説が唐突に出てきますが、ひょっとして1つ前のパラグラフが欠けているようなことはないでしょうか?